焦り
目を開ける。
目を閉じる。
また目を開ける。
また目を閉じる。
また目を開ける。
ぼんやりする頭が少しずつ覚醒していく。
ソファーで横になっている。
どうやら借りてきたDVDを見ている途中で眠ってしまったようだ。
「んー」
ソファーから転がり落ちるようにして立ち上がる。
テレビの画面は消えている。
どうやらテレビに内蔵されているセンサーで見ている人がいないと判断して画面が消えたようだ。
最近の電化製品は凄いと思う。
「どーしよっかな」
DVDを見るためカーテンと閉じていて外が明るいのか暗いのかすぐには分からなかった。
時計を確認する。
短い針が8、長い針が6の場所にある。
どうやら時間は8時半、晩御飯を食べ終えている時間だ。
寝起きで何か用意する気にもなれないが何か食べたい。
「なんか、いつもより腹減ったな」
普段から小食でそこまで空腹を強くは感じないが、なぜか空腹を強く感じて冷蔵庫を開く。
これと言って食べるものがない。
「買いだし忘れてた」
やってしまったと頭を掻きながらとりあえず何か口に入れておきたいと何かないか探す。
別になんだってよかった。
とりあえず口に何かを入れたくて台所で食べ物を探す。
探すが食べ物は見つからない。
仕方がない、とりあえずガムでも噛もうとガムを探すことにした。
「ガムは・・・と」
台所からリビングに戻りガムをいつも置いてある机に向かう。
机の隅にガムは置いてある。
流石にガムも無かったら気分が沈んでいただろう。
「んー、やっぱりガムだな」
自分で言った言葉にガムだから当たり前だと思いながら買い出しの用意をする。
服をすばやく着替える。
財布、鍵、携帯電話をズボンのポケットに入れる。
玄関で靴を履いてから大きく息を吸って大きく吐く。
「さーて、夜の街に行くかな」
ただスーパーに買い出しに行くだけだが、少しだけ夜の外出は普段と違うワクワクがある。
この時間に外に出る時は大抵仕事の通勤か帰宅の時だけだ。
忘れ物が無いか確認してから車のキーをポケットに入れて準備完了だ。
玄関の鍵を開けて外に出る。
「ん?まぶしい?」
外に出てすぐにおかしいことに気づいた。
太陽が昇っていたのだ。
一瞬にして嫌な予感で頭がいっぱいになる。
嫌な汗が頬を伝う。
「まさか」
まさか、外が明るいということは考えられるのは一つだ。
今は夜じゃなくて朝ということだ。
朝ということは仕事に行かなければならない。
空腹とか買い出しの考えが一気に吹っ飛んで急いでリビングに戻る。
時間を確認しながら服を着替える。
「うわー!やっちまったー!!」
時間は間もなく9時になる。
いつも仕事開始より一時間早く準備しているが、今日は既にギリギリだ。
いや、ギリギリなんてものじゃない。
今から着替えていたんじゃ仕事開始が普段よりかなり遅くなる。
つまり、もう準備は完全に間に合わない状態だ。
「なんでこんな!クッソ!クソクソ!あーもう!」
仕事に遅れていることから普段は言わないような言葉が口から出る。
だが、追い詰められればそんな言葉も出るだろう。
着替えを完了して急いで外に出る。
顔を洗ったり歯を磨く余裕なんてない。
玄関の鍵を閉めてマンションの階段を駆け下りる。
この時点で暑さの汗か、それともただの冷や汗か分からないが汗でシャツが濡れている。
マンションを出て、普段は通勤に使っていないが緊急事態ということで車で仕事に行くことにした。
急いで車に向かい、素早く乗り込みシートベルトをする。
「えーっと、スタートユアエンジン!だぁー!んなこと言ってる場合じゃねぇ!」
焦りすぎて考えるより先に言葉が出てしまい焦りがイライラに変わっている。
とりあえず車で仕事場へ向かう。
車に乗るからには最低限の落ち着きが必要だ。
駐車場から公道に出る時に一時停止して深呼吸をする。
落ち着いたのを確認してから車を走らせる。
「時間は、くっ!」
なかなかにシビアなタイムだ。
気持ちが焦って少しスピードが速くなる。
大通りに出る道を走っているその時だった。
頭の中が一気にクリアになった。
(あ、これ不味い)
何故かそう思うと同時に横を見る。
そこにはスピードを落とさず横道から走ってきた車があった。
運転席側、つまり運転しているこっちに直撃するスピードとタイミングだ。
流石にこんなヒヤリともしない不味い状況になるなんて焦りすぎていたのだろう。
「やべぇ―――
言葉を言い終わるより先に車に突撃された。
―――ガツン!!―――
―――ガガガガガガガガガ!!―――
―――ガシャン!!―――
音と痛みだけは分かった。
それ以外は全く分からない。
一瞬だったかもしれない。
数分だったかもしれない。
少し目を開けていたが、意識が少しずつ遠のいていく。
(ほけん・・・きくかな・・・?)
どこか的外れなことを考えているように思いながら、最後には完全に意識を失ってしまった。