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少女と味方 中

「……やっちまった」


 俺の部屋に敷いてやった布団でぐっすり眠る小さな少女を見る。


「『家に泊めて下さい』か……」


 ため息の一つくらいつきたくなるもんだ。

 この小学生くらいの少女は、突然俺の服の裾を掴んだと思うと、そんなことを言い出しやがった。


 まさかロリコンで、しかも金髪のゴスロリ好きという時永ときなが 羽流うりゅうには任せられない。

 一番の宛である奴は笹舟と一緒に学校でイチャイチャしてやがるときた。

 遺憾ながら、路上に行く先の無さそうな少女(オプションで涙を浮かべてるときたもんだ)を放置するという訳にも行かず、ひとまず俺の部屋で事情を聞く事にした。

 そしたら、だ。


「ぐっすり寝やがってこのやろう」


 毒を吐いても誰も答えない。

 面倒な事に、名前も知らない少女は穏やかな笑みを浮かべつつ、無防備に眠っていた。

 この娘の両親は、知らない人の家で寝てはいけないと教えなかったのだろうか。いや、前提として家まで着いてくのがおかしいか。だが、俺はこの少女に頼まれたのであって、決してやましい意味があった訳ではない。しかし、家出援助とかで警察が喚くのだろうか。


「そもそも誰に弁明してんだ、俺」


 世の皆様か、っと苦笑しながら時計を見上げた。時計の針は、そろそろ十時を指す頃だった。

 会話をしても俯いて終始黙っていたので、適当にテレビを点けて一緒に見ていたら時間を忘れてしまった。

 アイツの元へ送りつけるにしても、時間が遅すぎる。それにどうしても不審になってしまうため、警察に見つかった時のいいわけが無い。

 やましいことなど何一つとしてないが、面倒なことだらけだ。


「やれやれ。明日は休日だし、今日はここに泊めて明日警察に突き出すなり、アイツに押しつけるなりするか」

「…………んっ」


 少女が小さく寝返りをうった。そこで掛けていたタオルケットがズレ落ちる。

 俺はため息を一つついて、かけ直してやろうとタオルを持ち上げる。


「……あー、なんだ」


 目のやり場に非常に困る状況だ。

 流石にゴスロリータの服で寝かせる訳にもいかないため、風呂場で自分の下着だけ洗わせて残りは洗濯に出した。今来ているのは俺の予備用に買い置きしておいたTシャツだ。

 俺のズボンはサイズが合わない。しかしTシャツがデカいためワンピースのように着せていたのだが、その服から除く握れば簡単に潰れてしまいそうな程華奢で、雪のように真っ白な肌が見えた。

 思わず、息を呑む。


「はぁ、俺はロリコンかっての……」


 自分に言い聞かせるようにわざと大声を出した。

 これが年上だったら悪戯と称して色々するところだが、少女趣味は無い。

 床で寝かすのも不憫なので、左腕で首と腰を支え、右腕を足に通してベッドへと運んだ。

 まだまだそろそろ秋とはいえ、まだまだ毛布は不要だろう。タオルケットを掛け直して、俺はリビングに向かいソファに寝ころんだ。



 ソファに寝転がると、疲れが襲ってきた。体を動かすのも怠い。


 ソファでなど寝付けないと思っていたが、案外眠れるものだな。





 ☆ ☆ ☆ ☆





 目が覚めると、見知らぬ場所にいた。

 ベッドの上に寝転がっている。


「…………あれ」


 おっかなびっくり。

 昨日の出来事を反芻して、ようやく合点がいった。

 少女は勇気を振り絞って、オールバック――村雨むらさめ 狭間はざまの家に泊めて貰ったのだ。


「……」


 少女は自分がベッドの上にいる事に顔を真っ赤にして、体のアチコチを触る。


 特に何もされていない事を確認すると、無言で立ち上がり、部屋を出る。

 廊下は無く、直ぐにリビングへと繋がっており、そこでソファの上で眠る家主を見つけ出す。


「…………あの……」


 控え目に声をかけるが、か細過ぎて眠っている狭間の耳には届かないようだ。

 もしかして私が寝たから狭間はベッドで寝なかったのでは?と思うと、申し訳なくなってくる。


「……え、ええと」


 そして少女は若干、涙目になる。

 これからどうしよう、と頭を抱えたくなる。


 一時の勢いに身を任せてとんでもないことを言ってしまった。

 昨日は必死でそんなことを考えるほど余裕が無かったのだが、冷静になってみて、大変なことをしてしまった、と自覚する。


「お? おぉー……あ?」


 狭間はそんな声を上げたかと思うと、少し寝ぼけた顔で少女をみた後、顔つきが険しくなる。鋭く、睨むような視線に少女の涙腺がとうとう崩壊しそうになった時……彼は納得したような顔をした。


「あー、そういや止めたんだっけな。……悪いな。俺は少し寝起きは機嫌が悪いんだ、気にするな。飯食うだろ?」


 ソファから起き上がり、少女の頭を軽くポンポンと撫でながら台所へと向かった。

 少女は黙ったまま頷いた。


「よしよし。なら、簡単に飯を作るから待ってろよ」


 そういうなり狭間は立ち上がり、キッチンへと向かった。


「…………」

「どうした? 座ってていいんだぞ?」

「…………手伝、う」

「んー。そーか、分かった。なら、これを頼む」


 卵が割られたボールと箸を手渡される。

 少女はそれを受け取ると、しっかり左手でボールを押さえて箸でかき混ぜる。


「んじゃ、俺も」


 狭間はフライパンを取り出して火にかける。次に冷蔵庫からベーコンを取り出すと適当にフライパンに放り込んだ。

 ジュワァ……、と肉が焼ける音と香ばしい香りがしてくる。

 狭間が無言で手を伸ばすので、少女は持っていたたボールを手渡した。かき混ぜられた卵は、フライパンに敷き詰められる。


「こんなもんでいいか。皿を取ってきてくれ。その棚の二番目だ」

「…………う、ん」


 いい具合に仕上がってきたのか、狭間はそんな事を言った。

 少女は身長的にフライパンの中が覗けないが、美味しそうな匂いが期待を裏切らないことを証明している。

 狭間は少女が取り出した皿を受け取ると、それに盛り付けていく。

 次にテーブルに並べるように手渡し、少女が皿を並べている間に狭間はご飯を茶碗に盛りつけていた。それも少女が受け取って並べた頃に、狭間は箸を揃え、朝食は整った。


「んじゃ、食うか。いただきます」

「……ます」


 小さく手を合わせて少女は少しずつ口に入れていく。

 チビチビ、と少しずつご飯を咀嚼する姿を見ながら、狭間がこう会話を切り出した。


「まだ、名前は聞いてなかったな。なんて言うんだ?」

「………………………………ない」


 長い沈黙の末に言った後に、少女は後悔した。

 それも、凄く。


 折角気を遣ってくれていた狭間の会話を、ぶった切ってしまった。


「それは有り得ないだろー……」

「……皆、『少女』って、…………呼んでる」

「捻りも何もねーそのままだな、オイ」


 狭間の突っ込みにも反応を見せず、ただ淡々と食事を進めていく。


「家出か? ご両親は?」

「家出…………じゃない、かも?」



 その返答に、狭間は眉を潜めた。

 親の方には反応を示さなかったが、この状況を家出と呼ばずなんと呼ぶのだろう。

 だが、家出をするには目的があるはずだ。

 服を洗濯する際に家族と連絡の取り合えるような電子機器は持っていなかった。

 こんな幼い、それも大人しそうな子が家出をするなんて相当の訳ありとみた方がいい。

 勿論、この年で()()()()()の常習犯だったら話は別だが。


「やれやれ。かなり面倒な事に首を突っ込んじまったか?」

「…………?」


 狭間の呟きに少女は小首を傾げるばかりだ。


「しょ、少女?」

「………………ん?」


 長らくの沈黙の後、少女が再び小首を傾けて狭間を真っ直ぐ見る。

 その純粋過ぎる目つきに思わず、狭間が何か後ろめたい事をしている気にすらなってしまうが、邪念だと振り払った。


「どうしてこんなところにいるんだ?」

「…………………………………………」


 再び長い沈黙。

 地雷だったか、と狭間の頬に嫌な汗が伝った。


「……人に、会う…………ため」


 ようやく動き始めた口からこぼれた僅かな音を聞き漏らさず受け取る。


「ある人、ねぇ。……って、ん? そういえば、どこかで会った事無いか?」


 眉を潜める狭間。

 少女からすれば毎日のように会っているのだが、その9.9割以上は(結果的に)殺害しているので、記憶は無いはずだ。

 なので、少女は狭間がどの記憶の事を行っているのか検討が付いていない。


「学校で……いや、違うな。もしかして、海だったか?」

「う、……ん?」


 取り敢えず、よくわからないが頷いておく。

 興味のない事にはとことん無関心な少女なのである。


「となると、その人って朱火の事か?」

「しゅ、か?」

「あぁ、そっか。そりゃ、名前を知るわけないもんな。アイツは神月かみつき 朱火しゅかっていって、黒髪で普通の髪の――ってはいはい。分かったわ」


 狭間が朱火の説明をすればするほど、少女に変化が訪れる。

 相変わらず体は最低限の動きでご飯を食べているし、無言だし、顔は無表情だ。しかし、その少女の瞳が急に生き生きとしだした。十中八九、朱火に用があるとみて間違いない。

 というか、むしろ違ったら詐欺だ。

 それだけの演技力があれば、この娘は劇団に入れるだろう。勿論、あれば、だが。


「へぇ、お礼でも言いにか?」

「………………」


 輝いていた瞳が、元の色に戻った。どうやら、違うらしい。

 が、これは地雷を踏んだ時の反応ではない。今まで幾千の女性を相手取っていた俺にとって、それぐらいの判断は容易い。

 安心して、追撃の手を増やす。


「じゃあ、……惚れた、とか?」

「――ッ!?」


 今度は大きく反応した。

 無表情を貫いてた顔が、朱色に赤みを帯びた。

 一発目で大当たり。

 だが、湧き上がるのは喜びなどなく、子供が秘める心を大人げなく暴いてしまった味気なさが残る。


「つまるところ、告白しにでもきたってわけか」

「……は、い」


 箸を止めて、目尻に涙をため、顔を真っ赤に染めながらも狭間の瞳を見て、そこだけはしっかり答えた。


 朱火も難儀なもんだな、と簡単に流す。


「なら、飯食ったら出掛けるか。お膳立てぐらいはしてやる」

「……えっ」


 訳が分からないとオロオロとしだした少女をみて、思わず頬が緩む。

 俺は食い終わった皿を手に席を立つ。流しで皿を洗いながら、言った。


「服、乾いてるから着ておけよ」


 少女は戸惑っていたが、その一言に小さく頷いた。

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