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少女と味方 上

「いいかしら? 彼の心を掴むには、少女は純粋過ぎるのよ!」


 少女の自室に興奮じみた声が反響する。

 だが、この声の主は少女ではなく――少女の友人の声だった。

 自称、『少女の笑顔ハンター』である友人は、『これ以上悲しむ少女の顔を見たくない』(やっぱり、笑顔が見たい)という邪な想いも混み込みで恋をレクチャーする役を買ってでたのだ。


「…………うん」

「あ、違うのよ!? 別にそんな、少女が純粋な事に悪いんじゃなくって……」


 なんたる失態。少女を落ち込ませてしまったではないか。

 友人は自分の失言を悔いつつ、フォローに回る。


「…………わたし、……ダメなの、かなぁ……」


 少女がポツリと漏らしたその言葉。

 その一言は、友人の心を揺さぶるのに十分過ぎた。


「少女ッ!」


 大声を出して、少女の両肩を強く掴む。

 ビクッと思わず体を小さくする少女。だが、友人はあえて無視をする。


「恋愛はね! 諦めたらそこでおしまいなのよ! 少しでも『あぁ、あの人には勝てないなぁ』なんて思ってしまった時点で負けてるのよっ!」

「…………」

「好きな相手がいるなら全力で手に入れようとしなさい! ライバルがいるなら正々堂々全力で迎え撃ちなさい! 他人の『幸せ』を願っていて、自分が『幸せ』になれるとでも!?」


 奥手な少女は、結局は何かと理由を付けて諦めてしまう気がする。

 『自分に自信が無いから』。そんな理由で今ある大切な恋を手放すなんて、ダメだ。

 だから、こそ。

 だからこそ友人は心を鬼にして、少女を叱りつける。

 例え嫌われようと、それでも少女には『幸せ』を掴んで欲しいから。


「『幸せ』ってのは与えられる物だったかしら!? 違うわよ! 『幸せ』は自分で、自分の力で、勝ち取るものよっ!」

「…………うぅ」


 今まで他人に怒られた事の無い――しかも唯一無二に、だ――少女は、その言葉を聞いてたまらず涙をこぼした。

 少女は、悪口に含まれる応援や、説教に含まれる優しさに気付けない。だって少女は『純粋』だから。


「くっ!」


 その愛しい少女の労しい姿を見て、友人は心の葛藤に苅られる。

 あぁ、直ぐにその涙を拭いてあげたい。側で慰めてあげたい。ついでに、強く言ってごめんねって謝って――ついでに、頭を撫でれたらいいなぁ――ハッ!?


「し、しまった!」


 小さく、少女に聞こえぬ声でボソッと声を出す。

 手は勝手に空へと伸ばされ、鼻の辺りがほんのり暖かい。右手で触れると案の定、真っ赤な血が付いていた。

 慌ててティッシュで拭き取ろうとした、その時。

 くすくすと控え目な笑みが聞こえた。


「うん。……ごめん、ね。私…………頑張る、から」


 少女は、そう言った。

 ゴスロリの裾で涙を拭き取り、それでも仄かに瞳を涙で濡らしながら、少女は静かに、しかし確かに、そう言ったのだ。


 今までとは違う、明らかな決意表明。

 少女は立ち直った。少女は成長したのだ。


 しかし。

 だが、しかし。


「これは反則並の可愛さブバァ!!!!」


 目尻に涙を浮かべて、少ししおらしいながらも微笑を讃え、上目遣いに真っ直ぐ友人を見る少女の姿は、200キロ並の軟球のストレートを顔面に受けたように吹き出た。

 少女の笑顔(ボール)鼻に詰めたテッシュ(ミット)を突き破り、友人を血の海に沈めることとなる。



 薄れゆく意識の中で、友人は思った。









 ――何故、私はここまで少女に尽くすのだろう、と。




 ☆ ☆ ☆ ☆






 なんとか血の海に沈んだ友人を助け起こした少女に、友人が策を授ける。

 『外堀から埋めていきましょう』。

 つまり、取り巻きから味方に引き入れていこうという事である。


「…………出来る、かな……」


 いつも彼らが通る道のいつもの電柱に身を潜めて様子を伺う。


 今日は珍しく彼はおらず、男二人だけだ。

 彼は委員長である巨乳女と夕方遅くまで、クラスの仕事があるらしい。彼は、きっちり予定を部屋に飾ってあるカレンダーに書き込む几帳面な人なのだ。私は常に、チェックしているので彼が今何をしているのかは手に取るように分かる。


 率直に、巨乳女が彼を職務につけ回すのは酷いと思う。しかし、今回はそれが幸か不幸か彼と『その他』を引き剥がすキッカケとなった。

 本当なら、学校を消し飛ばしたい所だが今回は多めに見てやることにした。

 しかし、あの巨乳女と彼が時間を共にするのは頂けない。

 この冥界の鎌で、今後の輪廻転成を含む平行世界含むありとあらゆる世界から抹消してやろうかと思うが、『正々堂々』と友人と約束したからには卑怯な事は出来ない。


「お嬢ちゃん。ちょっといいかな?」


 身を潜めて隠れてると、背後から声をかけられた。

 見ると中年の男が優しそうな笑みを浮かべて立っていた。


「おじさんね。道を聞きたくって。ここらの道、分かるかな?」


 警察に行け、と思うが口には出さない。

 奥手なのもあるが。


「…………どこ……?」

「うーん。ちょっとこっち来てくれない? たぶん合ってると思うんだけどなぁ」


 そのままその男に付き添う形で路地に入りそうになった時、少女の手を誰かが掴んだ。


「ちょい待ち」


 振り返ると彼の取り巻き一号、二号だった。

 一号ことオールバックは疑惑の目を浮かべながら男に詰め寄る。


「おいアンタ。何自然な感じに裏路地へと連れ込もうとしてんだ?」

「わたしはただ、道を聞こうとしただけだ!」

「なら、どうして連れ込もうとしてんだ? あ?」

「メンチ切ってどうするんだ……」


 二号こと前長髪のつっこみを無視して、オールバックは睨むのをやめない。


「そんな。おじさん、困ったなぁ、ははは」

「さては、最近噂の少女ばかり狙うロリコンか?」

「え? そんな噂ぐはっ!」


 前長髪が何か言おうとすると、それを遮るようにオールバックが前長髪の腹を殴った。


「し、知らんぞ。わたしは知らんぞ!」


 それを聞いて顔色を変えて逃げるように去っていく男。

 その姿が視界から消えるまで睨んでいたオールバックはボソッと呟いた。


「いや、俺も知らねーよ」

「だ、だよねー……」


 悶絶していた前長髪が納得したように頷く。そして、少女と目が合いこう行った。


「ゴスロリ金髪キターぐへぇっ!!」

「お嬢ちゃん、知らない人について行っちゃダメだよって習わなかったか?」


 笑顔で前長髪を再び殴って、オールバックが少女に諭す。


「…………」

「ほらほら、お前の髪型オールバックが怖いからビビっちゃってるじゃないかー」

「お前のその鬱陶しい前髪もなんとかしろってんだ」

「…………すみま、せん……」

「いやいや、覚えてたならそれで良いから。じゃあな、変な輩に気をつけろよ」

「バイバイ、おじょーちゃん」


 そう言って少女の前から去ろうとする二人の姿を呆然と見続ける。

 あぁ、手を伸ばさねば。

 あぁ、チャンスが失われる。

 でも、怖い。

 彼以外の男なんて怖い。


 一度瞳を閉じ、胸に両手を添えて深呼吸。

 脳裏残った友人の言葉。



 ――『幸せ』は自分で、自分の力で、勝ち取るものよっ!



 少なくともこのまま彼らを見送れば、次の機会は遠いかも知れない。それを待っている内に彼と巨乳女が恋人同士になるかもしれない。


「…………そんなの、……イヤ」


 自分の決意を新たにする。

 少女はここで一歩踏み出さなければならない。


 その一歩は、本当の一歩だ。

 それでも、少女には勇気のいる一歩だ。

 さぁ、二人は遠くに行ってしまう。




 ならば、少女は?

 走り出す少女。

 そして、


「――――――――」

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