少女と戦争
『学校』。それは学生を閉じこめる収容施設。そこに彼は通っていた。今日の天気は曇り空。だが、少女はそれに負けないくらい心は曇天だった。
少女の悩みの種は前方を歩く一団にある。
一人は愛しの彼。
今日も他愛もない事を話し合い、優しく笑っている。
二人は前長髪とオールバック。
正直、どうでもいい。彼の取り巻き程度だ。
そう。
問題なのは最後の一人。
巨乳女。
今までは男二人と彼で登校していたので、奥手な私もどこかで安心していた節があったのだ。
しかし。
巨乳女の登場で状況は一変した。
いつもは男と話している彼も、日に日に巨乳女と親しげに話すようになっている。
そのうち手でも繋ぎそうな勢いだ。何もしなければ敗北してしまう。
「……ッ!!」
「キャッ!!」
少女は無意識の内に陰に隠れる電柱を強く握っていた。電柱はミシミシと音を立てて少女の指はめり込んでいく。
それを見ていた近くの女子高生が悲鳴を上げるが、少女は気にした風もない。
「くっ……ッ!!」
電柱を握る手に一段と力が入る。
巨乳女が転んで、彼に助け起こされているのだ。
少女は口には出さない――もとい、出せないが心で呟いた。
『絶対わざとだ……』
電柱が軋み始める。
そろそろ折れても良さそうな具合だが、少女にとってはそんなことなどどうでもいい。
照れてんの? 自分で転けて、何照れてんの? 死ぬの? 巨乳女死ぬ? と若干ヤンデレ化方向に成長しつつある乙女心。
というか、死神に『死ぬ?』と聞かれる冗談はキツいだろう。
彼らは収容施設の門に他の生徒に紛れて飲み込まれていった。
「ちょ、ちょっと警察呼んでくる!」
腰を抜かしていた女子高生が携帯に電話をかけている隙に、少女も後を追う。
言うまでもないが、もちろん。ゴスロリで。
☆ ☆ ☆ ☆
周囲の視線を気にせず、少女はズンズン進む。この収容施設は曲がり角や階段が多いため、気を抜くと見失ってしまうのだ。
だが、少女の存在は直ぐに学校では話題になる。人集りが出来て、道が通りづらくなってしまうのだ。
せめて、少女が変装のへの字でも知っていれば、この学校の服装を手に入れたりする事で誤魔化たりも出来るのだが、そこまで頭の回る少女ではない。
「この……」
人集りを押しのけるように進むが、やがて人波に押し負ける。
「君、どこから来たの?」とか「迷子?」とか「可愛い」とか「お菓子食べる?」とか。気安く頭を撫でられたり、チョコレートを差し出されたり。
少女は不愉快そうな顔――を心でしながら、素直に頭を撫でられている。もちろん、しっかりお菓子も頂いた。
「どれどれ、可愛い子は誰だーっと」
「ゴスロリ金髪キター!!!」
どこかで聞いた声。オールバックと前長髪が近寄ってくるのが見えた。ということは、つまり……。
「あれ、この娘どこかで……」
ビクリと体を揺らす。
彼が目の前に現れたからだ。
ときめく心を抑えられず、ボーッ眺める少女の目がクワッと見開かれる。
奴だ、巨乳の目狐、悪い虫だ。
「どうしたの、神月くん? 知り合い?」
「あ、うん。ちょっと少し前に縁があってね」
「え、私何かした? 凄い睨まれてるんだけど」
「別に……」
素っ気なく返す少女。ひとまず事を収拾しようとした彼だが、運悪く教師が「コラッ、そこで何をしている」と声をかけられる。
「あ、いえ! 何もありませんよ!」
前長髪が教師と私の間に入り込んだ。
「神月、この子を連れて逃げろ」
「お、了解。行こうか」
オールバックに諭されて彼が少女の手を取る。
「ちょっと、どうするつもりなのよ?」
「まぁまぁ、雪輪ちゃん。そんなことより俺と話さない?」
「馴れ馴れしいわねっ! 下名で呼んでいいのは神月くんだけよっ!」
「行こうか」
「……う、ん」
「あ、ちょっと! って、貴様はドコ触ってるんじゃゴラァ!!」
彼を引き留めようとした巨乳女はオールバックが身を持って引き受けてくれるみたいだ。
これなら邪魔されずに……き、気持ちを……伝えられる!
握る手に力が入る。その意図を知ってか知らずか、彼は少女の瞳を盗み見た。
「ヤバいな。校門には教師がいるし……、てかどうやって入ったんだ?」
「あの……」
意を決して、言う。
「屋上……行き、たい」
屋上。それほど告白に相応しい場所は無い――と友人は言っていた。
「屋上? ん、分かった」
ここで彼は、『なぜ?』と聞かなかった。
勿論、疑問に思った事には違いないが、少女の真剣な瞳からただ事ではないと悟ったのだ。
ならばここで男の取るべき行動とは?
『なぜ?』と野暮な事を聞くのではない。また、『何するの?』と無粋な事をするのでもない。
男なら。
黙って――少女を助ける。
「行こうか」
彼は小さく微笑んだ。
その笑顔に少女の心がキュンとする。
☆ ☆ ☆ ☆
「そういえば、君さ。もしかして――」
「あの、……」
ゴスロリを身にまとう少女は屋上まで連れてきてくれた彼に向き直る。とても他の話を聞ける程、余裕が無かった。
それを察してくれたのか、彼は黙って次の言葉を待った。
伝えるんだ。この気持ちを。
少女の想いを。
「気持ちを、込めるの……よ」
手の中に集約されていく想い。自分の気持ちを――具現化する。
「えっ?!」
彼は体が強ばるのを感じた。
そして、その物体と少女の表情のギャップに驚く。
「私の想いを……受け、取って……ッ!」
次の瞬間、カチリ、と音がした。直後、パンッという乾いた音。
「な、ぐっ……」
その場に崩れ落ちる彼。
「え……ッ!?」
戸惑う少女。
「あわわッッッ!!」
慌てて駆け寄る。彼の胸から血が溢れ出て、止まらない。
少女は泣きそうになりながら、叫んだ。
「どうして!? 想いを込めて撃てば、両想いになれるって――」
「それは……ぐふっ……」
彼は死にそうな顔で、こう言い残した。
「もしかして、ハートを狙い撃ちとか、そんな話……? それ、そういう意味じゃ……」
そういって彼は事切れた。
どんどん温もりを失う彼を涙で汚れる視界で捉えながら、少女は犯魂の魔法を使った。
☆ ☆ ☆ ☆
つまり、『ハートを撃て』を、愛を込めて作った弾丸を心臓に送るって意味であると思っていた、と少女は後に語った。
正直なところ、傍迷惑な話である。