少女と彼女
そろそろ夏も終わろうかとする頃、人界では近くにある大きな神社で祭りなるものが開かれているらしい。
冥界にはそのような催しは存在せず、たこやき・からあげ・やきそばなどの嗜好品と巡り合うにはやはり人界へと足を運ばねばならない。
だが、祭の場所が鬼門なところで本来、死神が神社に近付くのは大変危険な行為で、下手をすれば浄化されてしまう。
「うわ……、凄い……」
いつものゴスロリで人界に降りたった少女。すぐさま死神モードを解除する。こうすれば、神社が放つ霊査網も潜れるからだ。
神社がどれだけ危険な存在といえようとも、『冥界最強』と揶揄される少女にとって現代の技術の霊媒師・陰陽師など敵ではない。
かの有名な安倍晴明を冥界に招いたのも少女だった。
勿論、死神側の被害も尋常ではなかったのだが。
「……えっと」
少女はひとまず、神社の本殿に向かう事にした。
さながら敵の本陣まで堂々と来るのは冥界最強である自負心から――とかではなく、単純に恋の相談を神にしにきただけである。
自分も有る意味で神なのでおかしな話だが、なんでもこの神社に祀ってある神は恋愛成就の神であるらしい。
ゴスロリ姿はやはり目立つ。周りからチラチラ見られたりするが、少女はどこ吹く風だ。
とても大きな神社なので賽銭箱も大きめで、一気に何人も祈祷していた。隣にいる大学生が真剣な表情で「彼女下さい、可愛い彼女を下さい」とお願いしているのを横目で見ながら、習って手を合わせてお願いする。
『どうか、彼に告白出来ますように』
少女はこの夏で大切な事を学んだ。なのでそれに触れないよう、今回も一計を謀ったのだった。
☆☆☆☆
綿菓子を一つ、狐のお面を一つ購入。
次にたこやきを二つ購入。
もう一つは友人にお裾分けするつもりだ。
少女は近くの森へと向かって、手頃な場所で腰を下ろす。
計画通りに行くならここで待っていれば良いはずだ。
「はなび、はなび……」
下調べは完璧である。ここは花火が綺麗に見える隠れスポットなのである。
綿菓子をかじりながら花火を待っていると、視界に移る黒い影。
それは霊と呼ばれる、人間に害をもたらす敵だった。
人を殺して、その魂を食べて少しずつ強力になっていく化け物で、死神の狩りの対象だった。
だが、神社でその姿を現してしまったらもう後は無いだろう――と考えていたら、周囲に人の気配がするのに気付く。
「貴方があの霊を呼び寄せたのでしょう?」
周りを見渡せば白装束の男達に取り囲まれていた。先頭を切って歩くのは若い女性だった。
少女は本能的に敵であると理解する。
なんといっても、胸がデカい。
「無言で肯定ですか。まだまだ余裕があるじゃありませんか!」
少女がどうでもいい事を考えている間にどんどん誤解が増えていく。といっても、自分が死神だと言っても祓われる存在に変わりないのだが。
「行きますよ……」
巨乳女の合図と共に男達が袖から紙を取り出す。
呪符、と言われれば馴染みがあるだろうソレを空中に一斉に投げ捨てた。呪符の類は生き物のように独立して動きだし、六角形を描くように空中に布陣した。
少しもしない間に、六角形の渦の中心が黒く歪み始める。グチャグチャと音を立て、時折電流が走るようにして開く闇。
六道と言えば、数世紀前に安倍晴明を迎えに行った際に死神の大軍団に甚大な被害をもたらした陰陽師の術式の一つだ。
「いでよ、式神六道!」
六つ浮遊する一つからは、辺りを神々しく照らす光が。
天上道、と呼ばれる六つの羽を生やした天使の姿をした化け物が現れる。
赤い光を放ちながら現れたのは白装束に身を包む人型の化け物。青い光を放ちながら現れた、腕を六本、顔を三つ持つ仏像の化け物。
人間道と修羅道だ。
続く、黄、黒、緑の光はそれぞれ、幼い童女の化け物、餓鬼道。牛の化け物、畜生道。鬼の化け物、地獄道である。
どれをとっても死神一人を浄化してしまうのには充分過ぎる化け物である。
「我が家名において命ずる。この者を打ち払え!」
巨乳女の指示に一斉に六道が飛びかかる。
戦陣を切ったのは畜生道だった。真っ直ぐこちらへと凄い速度で突っ込んでくる。
少女はそれを右に回避する。が、その先には人間道と餓鬼道が術式を整えて待っていた。
「……くっ…………」
一瞬の判断の後、死神化して空中へと回避する。先程少女が立っていた場所を、眩い閃光が通り抜けた。わずかに遅れて、持っていたナイロンの袋の端が溶ける。
少女は袋と閃光を見て、苦い顔をした。
上空から攻勢に出ようとする。だが、それも六道の手のひらの上だった。上空には天上道が六つの羽を羽ばたかせて待っていた。
羽一つ一つが鋭利な刃物となりて、少女を八つ裂きにしようと襲いかかる。
少女は回避のために距離をとる、がそれすらも六道の予測通り。
地獄道が金棒で背後を狙っていた。
焦りを覚えつつ、少女は空いている片手で冥界の鎌を具現化。
振り向きざまに一閃する。しかし、片手で振った上に体制の悪かった今の現状では冥界の鎌は本来の力の一割も出せず地獄道を切り裂く程度に収まった。
しかし、修羅道が少女に接近し、自慢の手で多種多様な攻撃を繰り出す。サーベル、剣、刀、槍、クロスボウ、爪。それらを交互に挟み込むことにより、反撃の隙を許さない。
阿修羅道に気取られていた隙を狙われて、他の六道が遠距離攻撃を仕掛ける。
少女がドキリとして、鎌をそちらへと振り下ろすがやはり片手だから閃光を切り刻んだ。
流石にその姿に陰陽師達は焦りを与える。
「ならば、召喚するしかないわね。外道を!」
巨乳女の言葉を聞いて男達が口々に辺りに指示を飛ばし始めた。
外道、といえば死神の軍勢を一挙に屠った化け物の中の化け物。正真正銘の怪物である。
「六道を生け贄に捧げます。さぁ、我が下に姿を現しなさい」
六道達が突然動くのをやめ、地に伏す。やがて真っ黒な闇へと代わり、空中に溶けていった。
バンッ、バンッ!と背後で鳴り響く音。
少女は振り返ると、そこには満開の花、花、花。
花火が始まったのだ。
だが、その花が不気味に歪む。結界が張られたようだ。
「逃がさないわ。高位の陰陽師十人で組んだ最強の結界よ!」
口に笑みを浮かべて巨乳女は勝ち誇ったように言った。
そして、辺りが食い潰されたかのように歪み始める。
「いでよ、外道!」
外道、と呼ばれた怪物は小さな赤ん坊の形をしていた。だが、肌は真っ黒で、さながら闇と呼べる存在。
外道は真っ直ぐこちらへと進み、短い爪を振るう。
そして、外道を境に地が抉られた。結界がビリビリと震えてそれを外界へ漏らさぬよう押し留める。
それは少女に向かって一直線に進む。
回避できぬまま、それを体で受け止めてしまう。
そして……………………
持っていた袋どころか、お気に入りのゴスロリが破れてもなお、少女はそこに立っていた。
「なっ……」
流石に陰陽師達も驚きを隠せず声を漏らす。
「な、ならばもう一度よ!」
外道が再び爪を振るう。
それをぼんやり見つめながら、少女は両手で冥界の鎌を構える。
そして、少女が冥界の鎌を振り下ろす。
それで勝負は終わりだった。
その斬撃で外道もろとも結界をやすやすと破壊し、天を綺麗に裂いた。
花火を眺めていた人は、突然花火が綺麗にズレた事に驚いただろう。だが、沢山打ち上げられる他の花火に打ち消され、やがて見間違いとして記憶されないこととなる。
腰を抜かして座り込む巨乳女を一瞥する。それだけで自信満々だった巨乳女の顔が恐怖に歪んだ。
しかし、少女は気にした風も無くその場を去った。
「……たこやき、また買わないと…………」
そう、呟きを残して。
☆☆☆☆
「あちゃー、花火は終わっちまったか」
本日、他の二人は所用で来れなかったので一人での祭であった。
本来は始まる前に行きたかったのだが、指定場所の特定が出来なくて、あちこち歩き回っていたのだ。
というのも、一緒に見たい、と差出人不明で手紙が届けられていたのだ。
最初はイタズラの類かと思ったが、丁寧な字であったり郵便入れに直接入れられていたりしたせいで、奥手な女性であると予想した。
それがどうであろうと、女性の誘いを無断で断るのはいささか失礼であろう。もし仮に悪友二人の仕業であれば、その場で土下座するまで殴り続ける――もとい、親睦を深めれば良い。
なんて事を考えていると、道ばたで人が倒れていた。慌ててかけより、助け起こす。
「ん? この人、神社の神主様じゃないか!?」
近くで気絶している姿に見覚えがあった。何度かお世話になった事のある少女の父親だったのである。
慌てて彼は周囲を見渡す。するとその先に、倒れた美少女の姿があった。
「笹船さ、ん!?」
巨乳女――もとい、笹船 雪輪は、助け起こされて突然、彼の顔が目の前にあり驚く。
彼は、笹船が呼び出したのか、と頭の中で整理した。
周りにいるのはおつきの者だろうか?
雪輪は混乱の余り、胸が高鳴る。もしかして、あの魔を祓ってくれて私たちを助けてくれたのかもしれない。
☆☆☆☆
少女は図らずも、吊り橋効果によって二人にフラグを立ててしまった。つまり、自ら敵を増やしてしまったのである。
後にそれを知った少女は悔しくて、世界を破壊して作り直そうと冥界で大暴れするが、犯魂の魔法の効力はせいぜい一時間までだ。
案の定、友人とハーデスに全力で止められ、諭され、泣き寝入りをするのである。
結局、直したい時間は巻き戻せ無いのである。
これで夏編は終わりです。
因みに、少女が攻撃を避けていたのはたこ焼きを守るためで、たこ焼きが食べれなくなったので反撃した、という少女らしい理由です。