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少女と彼

 ぴちゃんぴちゃん、どこかで雫が垂れる音が聞こえる。

 しかし、少女はそんな事など気にしない……否、出来ない。


「な、なぁ。大丈夫か?」

「はぇ!? あ、……あぅ」


 『はぇ』って言ってしまった。『はぇ』って言ってしまった。『はぇ』って言ってしまった。『はぇ』って言ってしまった。『はぇ』って言ってしまった。『はぇ』って言ってしまった。うぅぅぅぅぅ…………………………。


 恥ずかしさの余り、この狭い密室から逃げ出したい所だがせっかくのチャンス(?)を無駄にしたくないのだ。


「あぅ、って。大丈夫って事だよな?」

「あっ……はぃ」


 自分の声を聞かれるのも恥ずかしくて小さく返事を返してしまう。

 先程からずっと少女はこんな感じだ。

 彼が話しかければ、少女はおっかなビックリとなり。

 少女から話しかける勇気などなく、彼は黙ったままで。

 自然と、話す事も無く時間だけが無駄にたっていく。




 事の次第は数日前に遡る。




 ☆☆☆☆





 海での一悶着があった後、少女はしばらく死神としての仕事に就いていた。その時、たまたま彼の住む町で交通事故があり、魂がゴーストに食い荒らされる前に迎えに行った時の事だった。

 人界では夏休みに入っており、人通りが多かったのが幸いしたのか、彼が人混みの中にいたのを発見した。

 少女は、友人に魂の送迎の任務を押しつけると彼の近くへと近付いていった。


「ねぇねぇ、笹船の胸見た? デカくない!? 僕、あれに埋もれたい!」

「俺も。つーかあいつ、俺が口説いてもなかなか落ちないんだよなぁ。もしかしてそっち系の女か?」

「アホ。単純に笹船がお前の事を嫌いなんだろ」

「なぜだ? 金もそこそこ、顔はイケメン、成績優秀、品行公正、挙げ句の果てに運動神経抜群な俺様だぞ?」

「お前の唯一の欠点は性格だ」

「僕もそう思う」


 彼と前髪で顔を隠す男に「惜しい男め……」と言われているが、オールバックの男は気にした風も無い。


「吊り橋効果ってのはどう?」


 不意に前長髪がオールバックに言った。


「なんだそれ」

「あー、えっと。危機的状況に陥ると、人間の生存本能が反応して近くにいる異性を好きだと勘違いさせるって奴」


(……ッ!)


 少女は雷に打たれた気がした。

 その手があったのか、と。


「なるほど。なら、夏祭りにそれを実行させろや」

「お前、本当に性格だけが欠点だよなぁ……」


 少女はそう思うと、後の会話をシャットアウトしてすぐさま冥界へと飛び立つ。

 その後、愛しの彼が言ったもっとも大切な部分を聞き漏らした事にも気付かずに。





 ☆☆☆☆




 自室に戻った少女は、紙を取り出してペンで文字を綴り始めた。

 それは計画。彼を『吊り橋効果』によって自分の事を好きにさせるための計画だった。

 今までの自分はバカであったと少女は自覚する。

 自分が告白出来ないなら、告白させればいいのだ。


「……そんな……単純な、事にも……気付かない……」


 書かれた内容はいつの間にか、『どこかに閉じこめる計画』から『その後のデートの計画』になっていた。

 いくらなんでも、密室から脱出した後のデートコースは彼でも引いてしまうだろう。


 少女は無言で紙を丸めてゴミ箱に捨てる。


 そして新たに書き始める。

 数分後、内容を見て紙を丸める。

 それを十数回繰り返した後、ようやく計画らしい計画が完成した。とある隔離された場所を用意して、彼をそこに閉じこめて自分も入るというものだ。

 因みに彼は、どこか人気の無いところで気絶させるつもりである。


 これを友人に託す。

 奥手なせいか、友達を作る事は難しかった。また、『冥界で最強』と呼ばれ、絶大な魔力を持っているせいか、同僚の死神グリム・リッパーからは敬遠されえていた。

 それゆえ、友達と呼べる者は一人しかおらず、信頼出来る者も友人ただ一人だった。

 

「……うん」


 紙を小さく丸めて、友人がいる部屋へと向かう。

 この紙に自分の夢と希望と未来と期待を乗せて。 





 ☆☆☆☆





 場所は変わって、学校。水泳の授業中であった。

 少女は身を潜めて様子を伺っている。彼はどうやら見学のようだ。

 しばらく伺っていると、彼が前長髪に言われて水質管理室に歩いていくのが見えた。

 頭の中で、水質管理室がどんなところか確認する。

 湿気が多く、少し汚い場所。

 余り人が寄りつかなさそうな所なので、気絶させるにはうってつけだ。

 少女は小さく頷くと、姿を消して、彼の後に続く。




「あーぁ。どうして俺がこんな事を……」


 狭い部屋からか、彼の声が反響してあちこちで彼の声が聞こえる。

 それだけで頭がクラクラしそうだった。


 深く息を吐く。

 冥界の鎌を虚空から具現化させて、構える。

 彼は背後の少女に気付かず、金属管に付いたハンドルを回している。


 冥界の鎌を振り上げて、気持ちを落ち着かせる。少女の魔力が絶大なだけに、少しでも配分を誤ると彼を縦に真っ二つにしかねない。

 そして振り下ろそうとした瞬間、脳裏にある想いが過ぎった。

 『はたして良いのだろうか』と。

 気絶させるだけとはいえ、愛しの人物に傷を負わせるのははたして良いのだろうか。――とはいえ、『不意打ち』の件で指10本では足りない程彼を殺害していたりするのだが、そこは乙女の都合で抹消されていたりする。


 少女が一瞬違う事を考えた瞬間、状況は大きく動いた。

 突然、水質管理室の扉が閉まったのだ。


「きゃっ!」


 急に光りが無くなった驚きの余り、声を漏らしてしまう。


「おぃ!? 誰が閉めたんだ!? つーか、誰かいるのか?」


 薄暗い部屋のおかげで、こちらが誰か分からないらしい。

 ホッと安堵する少女だが、出会う度に誤って殺してしまい、記憶が消される彼にとっては初対面になるのだが、この状況でそれに気付ける少女ではない。


「……は、はぃ」

「じょ、女子か!?」


 慌てた彼の声。


「待ってろ。扉を開けるから」

「……すみま、せん……」


 彼が手を空に彷徨わせながら扉へ向かう。

 そして、ドアノブに手をかけるがびくともしないようだ。


「誰だよ、扉に鍵をかけたの。いや、だいたい予想は付くんだが……」


 彼は一人の前長髪を思い出しているのだが、少女は少女で違う事――計画を思い出していた。

 本当はここで気絶させるつもりが、ここに閉じこめられてしまった。


「…………ひぅぅ」


 心の準備が出来ていない状態でこんな事になるとは思ってもいなかった少女の心は台風の如く、荒れ乱れまくっている。


「ど、どうすっかなぁー……」


 困り果てた彼の声が、部屋に響いた。



 ☆☆☆☆




 そして冒頭に戻るのである。


「あぁー、なんだ。どうしてここにいるんだ?」


 水質管理室の部屋は湿っていて、夏にも関わらず少し肌寒い。なので、お互い背中合わせに座ろうと彼が提案した。

 少女は快諾した……までは良かったのだが、実際そうすると緊張の余り何も話せない。

 背中ごしに彼の体温が伝わってくるのだ。

 ドキドキし過ぎて心臓は暴れ回り、顔は熱を帯びてボーッとしてくる。


「……」


 何か話そうと口を開くが、歓喜やら緊張やらが入り混じって声にならなかった。


「あー、いや。気にしないでくれ」


 少女が話さないのを感じ取ったのか彼は申し訳無さそうに言った。

 そのまま沈黙がしばらく続く。

 ここに入って既に30分程経過しているが、扉が開く気配は無い。勿論、少女の手にかかればここが核フィルター内であろうと容易に吹き飛ばせるのだが。


「……。そーいや、今の状況って『吊り橋効果』みたいだな」

「え…………!?」


 まさかの核心に触れる言葉に少女は驚く。


「知ってるか、吊り橋効果。危機的状況に陥ると、人間の生存本能が近くにいる異性を好きだと思い込ませるって話」

「う、うん」


 まさにそれを実行しようとしていた、とは口を裂けても言えない。

 彼は続ける。


「ただなぁ、そんなの一時的でしかないらしいからな。そもそも、そんな事を愛と呼べるのかって話なんだが」


 それが『愛』と呼べるか。

 考えてみれば直ぐに分かる事だ。

 それが分かっていたから、少女は『惚れ薬』を作らず『恋愛魔法』にも手を出さなかったのだから。

 それなのにも関わらず……、自分は……。

 そう自分を責める少女の瞳から涙が零れ始めた。


「……あ、ぅ……ぅぅ」

「え? ど、どうした!?」


 戸惑ったのか、背中から彼の温もりが消えた。


「……ごめん、なさ…………」


 そして次に瞬間、目の前に彼の顔があった。


「泣いて、るのか?」


 少女の体は小刻みに震え、嗚咽が漏れた。今にも大声で泣きたかったが、彼の前なので耐えた。


「悪いな。俺、こんな時どうすればいいか分かんなくて」


 言った直後、彼の手が少女の頭を優しく撫でた。


「……ごめ、んなさ……い」

「……?」


 彼は少女の謝罪に覚えはなかった。だが、黙って聞き入る事にする。 頭を撫でられる度に涙が溢れた。そして、泣き疲れて体から体の力が抜けたかのように彼に身を預ける。


「よしよし、ってあれ、意外に小さい……?」


 彼の声が耳元で聞こえる。

 少女が思っていたよりも、彼は格好良かった。

 そして、やはりとっても優しかった。


 ☆☆☆☆


「おい、神月!?」


 突然、扉が開かれた。

 神月と呼ばれた青年は手元で小さくうずくまってる少女に声をかける。


「おい、扉が開いたぞ……って、いない!?」


 誰もいない空間を見て、――彼は特に気にしたりはしなかった。 

 そんなこともあるだろう、と軽く流し立ち上がる。


「おい、お前も大概にしろよな? 後でポテト奢れよ」

「悪ぃ、ちょっとした冗談のつもりがあの後教師に仕事を押し付けられてなぁ。遅れたわ」


 前長髪と軽く話をしながら彼は右手をみる。


 確かに、誰かいた。

 そして、右手で撫でた。

 それで、泣きやんだ。


「それで充分だ」



 彼は少女が思っているよりも、大きな男なのかもしれない。


 ☆☆☆☆





 少女の頭は彼の事でいっぱいだった。

 撫でてくれた事。そして自分がしてしまった事。


 少女は、急ぎすぎていたのかもしれない、と思う。

 少女は、来年の夏まで待つ必要が無い、と思う。

 少女は、明日も頑張ろう、と思った。




 少女はこの夏の経験で、一歩大人に近付いたのだった。

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