少女と海
夏です、海です!
そして死神少女です。
キンキンに冷えた麦茶が入ったグラスの氷が波紋をたててカランカランと風流な音を立てる。窓から見える景色は既に夏一色で、遠方に麦畑が並んでいる。庭に植えていた向日葵が今日も太陽目指して大輪を咲かせていた。
人界のテレビが、ここ十年で一番暑い年と報道しているのを聞き流しながら丸い小さなテーブルにうつ伏している少女は、小さく呟いた。
「太陽、危険……」
暑苦しいにも関わらず、未だに漆黒のゴスロリに身を包み続ける少女は鬱陶しそうに空を見ながら呻く。
別にゴスロリを着るポリシーがあるわけでも、着なければならない制約があるわけでもない。
ただ、単純な話。
それしか着る服が無かったのだ。
同じ柄のゴスロリ服を五種類。
それが少女の持つ服の全てだった。
服などに興味がない少女にとって、たまたま気に入ったデザインのゴスロリ服をまとめ買いして以降、他の服に興味は移らなくなったわけだ。
勿論、コーディネートを極めた可愛い服も上下セットのゴスロリを着ていても男性から得られる好感度が似たり寄ったりという理由も、無いとは言い切れないが。
しかしながら、その好感度を得られるのが一部の男性にだけ、という事実に気付かないのは、少女らしいといえば少女らしい。
「はぁ……」
重いため息が口からこぼれる。
それもこれも原因が少女にあるのだから、余計に質が悪く、発散できないでいる。他人が悪いのなら、そいつを言及をすればいいのだが、今回の場合、少女が少女自身を責めるという負のサイクルに陥ってしまっている。
その原因とは、初夏に『町を消し飛ばした』という事を両手の指では足りない程しでかした為に、冥界の管理者・ハーデスから謹慎を貰っていたのだった。
が、そんなことはどうでもいい。
一番ショックだったのは、友人のこの言葉だった。
『え? アンタ、この言葉の意味ちゃんと理解してる?』
どうにも少女は『不意打ちで告白』を、『不意打ちをして告白』と勘違いしていたらしかった。
勘違いしていた恥ずかしさよりも、今までの少女の努力が一切無駄になっていたショックの方が大きいようである。
「うぅ……」
夏と言えば、彼氏や彼女が出来やすい時期、だと聞いた事がある。
なんでも、祭りを乗り越えた後も付き合うカップルが真のカップルだとか。
大抵は祭りを境に別れるらしい。
「次の夏は……一年後……」
今年を逃せば、次の夏まで一年も待たなければならない。
しかし、今は自宅謹慎中なので人界に行くとまたハーデスから小言を貰うかもしれない。
そんな少女の葛藤をあざ笑うかのように、人界のテレビ局が海を映し出した。
女子アナは水着姿で、楽しそうに遊びに来た客へとマイクを向ける。
いいなぁ、私も海に行きたいなぁ、きっと気持ちいいだろうなぁ、でも今謹慎中だしなぁ、と頭の中でぼんやりと考えていた少女の目が不意にカッ!と見開かれる。
体を起きあがらせ、目を凝らす。
「……あっ!」
一瞬。
一瞬、笑顔でマイクに答える男女カップルの背後を歩く三人の男。
……間違いない。あの人だ。
カメラの視界から消えるまで、テレビを凝視した後少女は立ち上がる。
財布を持って、自室を飛び出していった。
言うまでもなく、既に少女の頭から『謹慎』の文字は無い。代わりに、あの人の顔が浮かんでいるのだった。
☆☆☆☆
早速、彼がいた海へと着いた――正確には降臨したのだが、流石にゴスロリは目立つ。
――という考えが無いのは流石少女だった。駐車場から女子ロッカーへと向かう少女は遊びに来た男女問わず釘付けにしたが、気にせず女子ロッカーへと向かった。
遠くから、「いつまで見てるのよ!」とか「私、もう帰るわね!」という声がどこからか聞こえた。それに続く情けない男性の声は耳からシャットアウトしておいた。
ゴスロリを脱ぎ捨てる。
砂浜にゴスロリが似合わないという感性は無く、ただ暑い上に服が塗れるのが嫌であるという至極合理的過ぎる理由からである。
先ほど買ってきた水着を ガサガサとナイロン袋から取り出した。
それは口下手な少女が水着をボーッと眺めていると、大型ショッピングモールのある店の店員が選んでくれたものだった。
それをしばし無言で眺める。
旧世代の最高傑作。
とある男たちがそう呼び、崇める旧スクール水着だった。そもそもどうしてそんなものが大型ショッピングモールにあるのかはなただ疑問である。また、どんな意図をくんで店員がこれを少女に押しつけたのかは更に疑問である。
しかし、そんな事を知る由の無い少女は無言でそのまま水着を身につけた。
着心地は悪くはない。
そんな感じで、少女は頷く。
ロッカーを出て三歩で男に声をかけられた。が、安定の無視で砂浜を歩く。
無視された男達は次々にその場で膝を付いてヒドく落ち込んだのだが、そんなことを少女がわざわざ気にすることでもない。
「……えーっと」
少女はしばらく歩いて立ち止まる。
決して、少女が謹慎であるということを思い出したわけではない。
次の行動に迷っただけである。
ついさっきまでは『彼がいる海に行く』という目的の下に水着を買ったり、海に来たりしたが『どうやって彼の気をひくか』という点を考慮に入れてなかった。
残念な事にそれに関する本を現状、持っていないために次に何をすればいいのか分からないのだ。
「うーん……」
実際、『魅力』という点において、この砂浜どころか町周辺を探してもなかなかお目にかかれない程整った顔と、旧スクール水着の破壊力は流石『冥界で最強』に相応しいものといえる。
が、それに気付かないのも少女だった。
「お嬢ちゃん、どうしたの?」
不意に、声をかけられた。ヒゲを生やした体を真っ黒に焼いた男。
周囲に視線を送ると、中年くらいの大の男が五人私を囲むように立っていた。
「あっ……うっ、えっと……」
話すのが苦手なために口がたどたどしくなる。そんな少女を見て、男達は優しげな笑みを浮かべた。
男達を見回しても彼はいなかった。だから、この場離れようとした矢先の事である。
「おい、お前ら何してる!」
ドクン、と荒立つ少女の胸。
「俺の妹に何してるんだ!」
それは、少女が愛してやまない愛しい愛しい彼の声。
「やっ、小さなお嬢さんが一人でいたのでね。迷子になってないかと心配になったのさ」
「そうですか。別に取り囲むように立つ必要も無いと思いますけどね」
「そう見えたか? ソイツは悪かったな」
ヒゲを生やした男はそう言って少女から遠ざかっていった。
愛しの彼が目の前にいる。
それだけで心臓が暴れ出しそうだ。
「へぇ、可愛いじゃん! どうしたの?」
「ゴスロリ金髪キター!!!」
髪を赤く染めたオールバックの男と、なにやらわけの分からない事を叫びながらはしゃぎ回る前髪で顔を隠す男がこちらに駆け寄ってくるが、彼があの二人を海に蹴飛ばした。
「気にしないでね。君、大丈夫だった? 怖いことされてない?」
「……されて、ない……です」
のぞき込む彼の瞳は優しげだった。このまま想いを吐き出せばいいのだろうか?
「ごめんね、変な嘘吐いちゃって」
「ぜんぜ、ん。いい……です」
息が荒くなってくる。でも、そんなことさえ悟られたくない。
顔を下にして俯く。彼の顔を見ていると顔が赤くなってしまうからだ。
「お父さんとお母さんは? 迷子になっちゃったの?」
「あの、大丈夫です、……から」
続く彼の言葉にとうとう耐えきれず、言葉を残して少女は走り出した。
背後から呼び止める声が聞こえる。が、構ってられない。そんな事をしてしまえば、少女の心が悟られてしまう。
☆☆☆☆
しばらく走り続けると、再び大人達に取り囲まれてしまった。
「おや、お嬢ちゃん。また会ったね」
「……う、あぅ……」
話そうとしても、口下手なせいで言葉が出ない。
だが、そんな少女の姿を見て男達は怯えたと思いこんだようだ。
「お嬢ちゃん、岩陰においで。一緒にお父さんとお母さんを探してあげよう」
下品な汚い欲望が丸見えの言葉だった。
死神は胎生などでは無い。『虚空から生まれる』から、親や兄弟などは存在しないのだ、と見当違いな反論をしようとして少女はやめた。
周囲を見渡すと、まだ場所は開けた砂浜。周りには人が大勢いる。
助けを求める事は出来た。
しかし、あえて少女はそれに従う。
先ほどのように彼が助けに来てくれるかも知れないという淡い期待を抱いて。
☆☆☆☆
結果は言うまでもない。
そんな偶然が何度も起きる程、世の中は甘くなかった。
結果、少女は汚い男共の欲望に潰される――事無く、男達を岩陰のシミに変えた後、誤って全力で放ってしまった太平洋をモーザの如く分断した。
それによって重大な津波被害が生じ、地球全体に深刻なダメージを与えてしまった。
故に少女は『冥界の頂点のみが許される魔法』である還魂魔法を唱える結果となり、結論として海での出会いは無かったことになった。
しかし、少女を襲おうとした男達は近々、同僚の死神の手によって冥界の管理者・ハーデスの元へ召喚される事を追記しておく。
今回もリセットさせて頂きました。
基本的に、こんな感じで進んでいくと思います。
『着心地は悪くはない』
いやいや、着心地なんて知りませんカラ!