少女とクリスマス
冬も深まり、後僅かで年始となる今日はクリスマスだった。
彼の家では、今年は少女がいるから、ということで彼が幼い頃には使われていたクリスマスの飾り付けが行われていた。
「少女。サンタクロースって冥界にいないの?」
昔は毎年のように飾っていたクリスマスツリーに懐かしみながら綿を適当に飾り付けをしていた彼は、ふとあのハロウィンの火を思い出して言った。
「会いたい、の?」
その言葉に、電飾コードを同じく飾っていた少女の手がぴたりと止まる。
「いや……いるならあってみたい気もするだけ、だけど」
「いない」
頭をかきながら少し恥ずかしそうに言う彼はばっさりとその一言によって切り裂かれた。
彼は力尽きたようにその場に崩れ落ちる。
「そもそも、サンタクロースの伝承は4世紀頃の東ローマ帝国・小アジアのミラの司教、教父聖ニコラウスの伝説が起源。『ある日ニコラウスは、貧しいので娘を身売りしそうになった家を知る。ニコラウスは真夜中にその家を訪れ、金貨を投げ入れる。このとき暖炉には靴下が下げられていたから、金貨は靴下の中に入っていた。この金貨のおかげで娘は身売りを避けられた』。ここから、靴下にプレゼントが入ってるっていうのが定着、した……」
「少女……。い、いつになく饒舌だね……」
何食わぬ顔で作業を再開した少女。しかし、ほんのわずかに頬が上がっているのは気のせいだろうか?
思わぬ少女の饒舌ポイントに彼は驚く。最近は少女が色んな表情を見せてくれるようになったが、それでも今日の表情はいつもとは違う。
なんというのだろうか……満足そうな顔というか、得意げというか……世にいう「ドヤ顔」に近いかもしれない。
そういえば、ハロウィンのあの日も少女はいつもより長く話していた気がする。もしかして、お祭りやパーティーなんてことは興味があって詳しいのだろうか?
少女は冥界最強……なんて言われていた気がするが、少女は見た目通りな『少女の部分』もあるのだろう。
そういえば、わりかしクリスマスツリーの飾り付けもノリノリだった気がする。
「サンタクロースが赤と白であるイメージを植え付けたのって、あの炭酸飲料の会社のおかげだってね」
ふと、思い出した雑学をポロリとこぼしたのが運の尽きだった。
少女の作業していた手が……止まる。
「違う」
「え、何が」
突然動きが止まったかと思うと、急にこちらを見詰められたことに彼はドキリとする。
そんな彼の心など知らず、少女は顔で迫りながらこう言った。
「今あるサンタクロースの姿をより定着させた、が正しい」
「お、おう……」
思わぬ迫力に、有無を言い出せない彼。
まさか、自分ですら『いない』と認めている相手にこれほど熱くなるとは思わなかったので、彼の戸惑いようはうなぎ上りだ。
まったく嬉しくない。
「そんな……間違った知識を振りかざすような、人になっちゃ、ダメ」
「す、すみません」
少女の真面目な表情に思わず口が勝手に動く。
それで満足したのか、少女はようやく顔を離した。
吐息がかかりそうな距離まで近づいていた為に彼の心臓はバクバクだ。
普段はこの役回りはまったくをもって逆なのだが、怒り心頭だった少女にはまったく意識外の事だった。
☆ ☆ ☆ ☆
というわけで、飾り付けが終わり、その夕食の少し前。
彼の母親がケーキを買うのを忘れたらしく、そのお遣いを頼まれたのだった。
今日の少女の服装はいつものゴスロリではなく、依然彼の親友……村雨 狭間にプレゼントされた服一式だ。
「可愛い?」
道すがら、勇気を振り絞って彼に聞いてみる。
彼は振り返って、「うん、凄く似合ってる」という月並みの言葉を述べた。
「え、へ……」
それだけで少女の心は満たされた気になる。胸はふわふわするし、上機嫌になる。
だが。
「あ……、ちょっと朱火くん!」
心臓がドキリとなった。幸せな気分を吹き飛ばされる。
「あ、どうも。雪輪さん」
揺れる駄肉。少女の敵……笹船 雪輪だった。
少女は心の中で思う。
『雪輪さん』? 初登場は名字で呼ばれてるようなモブキャラだった癖に、私がいない所でそこまで親しくなりやがって。
負けじと彼の腰に抱きついて、巨乳女の魔の手から彼を守ろうとする。
「えっと……、この娘はどちらさん?」
彼の将来の妻です。
と、少女は頭の中で思った。そして、勝手に赤面する。
「あ、えーっと。俺の……妹? うん、妹」
「ハジメマシテ」
無愛想をこれでもかと詰め込んで形だけの挨拶をする。
「へぇ、妹さんなのね。って、あれ? 会ったこと……無いわよね?」
覗き込む巨乳女の顔から逃れるように彼の背中側に回り込む。
そういえば、夏の終わりにボコボコにしたのだった。
「一瞬で負けた、モブキャラめ……」
背中で聞こえないようにボソッと呟いたのは言うまでもない。
「気のせい、か。それより朱火くん。見て見て、今日の服。冬は巫女服を厚手にして貰ってるのよ」
その格好を見て、平安時代の貴族の娘を迎えに行った時の事を思い出した。
赤と白の涼しそうな服だが、中は十二単のように中に何重も着込んでいるようだ。
袖から漏れる控えめながらもカラフルな色を覗かせている。
緋と白の以外の色を身に纏ってていいのか? あぁ?
「へぇ。可愛くて、似合ってるね!」
「うふふ、そうでしょ?」
少女は口を尖らせる。勿論、背後にいるから彼には分からないのだが。
だから、彼の横腹を抓っておく。
笑顔がひきつりだした彼に気付かず、巨乳女は話を続けた。
「そうそう! うちの神社、毎年ケーキを作って出してるのよ。どれも、神社にいる巫女が手作りしたものよ? 機械なんてものは一切入ってないし、原料は全部うちの神社が懇意にしている所から取り寄せたものだから、変なものも入ってない! 味も保証するわ!」
彼はその姿を見て、合点が行く。
神社の敷地内ではないのにも関わらず、巫女がいるのはそういう理由だったからか。
「いいね。それじゃ、頂こうかな」
「あは☆ ありがと!」
巫女が占領する一角に少女を引き連れて歩いていく彼。
今まさに敵地のど真ん中に少女を連れていこうとしているのだが、その事を彼が分かるはずがない。
まぁ、微弱ながら力を行使する巫女が例え何人いようとも、この諸島を地図から消す事が出来るぐらいの力を持つ少女にとってさしたる問題は無いのだが。
「はい、どうぞ」
彼と少女が選んだケーキを巨乳女に手渡すと、返ってきたのは綺麗にラッピングされた箱だった。
「え? 別にラッピングは頼んでないよ?」
「いいのよいいのよ。サービスだって。今日はクリスマスよ?」
「あ。あぁー! 巫女さんの服と、サンタとかけてるのね?」
合点がいった彼の言葉に、巨乳女も顔を赤くして嬉しそうに頷いた。
端から見れば微笑ましい風景……悪く言えばいちゃつく二人。だが、少女にとってはどちらでもなく、ただ落ち込むばかりだった。
思わず、吹き飛ばしてやろうか、と思う。
「少女、どうしたの?」
簡単な別れを告げて彼と共に家に向かって歩き出す。少し歩いていたところで、彼が少女の不満そうな顔に気付いた。
「ぶー……」
はてさて、どうしたものか。と彼は思った。
何とか打開策を模索したが、どうにも機嫌の直し方が分からない。というのも、何に不満なのかが分からないのだ。
そんな少女は、突然立ち止まった。
どうしたの? と声をかけても反応は薄く、少女は一点を見詰めていた。
そこには、大型ショッピングモールの入り口。バイトだろうか、客寄せのぬいぐるみが通り行く客にティッシュを配っている。
少女は震える指で。
しかし、瞳を輝かせながら。
客寄せするぬいぐるみを指さして。
珍しく抑揚ある声で、こう……言った。
「サンタクロースが……いた!!!」
☆ ☆ ☆ ☆
その後、少女は驚くべき速さでサンタクロースに駆け寄ると、ぬいぐるみに集まる小さな子供に混じって真っ白な袋から取り出したポケットティッシュをサンタから受け取っていた。
彼含む家族が用意したプレゼントよりも、そのポケットティッシュが一番のお気に入りであるのは……はて。彼の一生涯の謎である。
しかし。
そんなことよりも。
小さな子供に混ざる少女の背中は、年相応で、幼くて、可愛くて。
冥界最強なんて言葉の似合わない、ただの『少女』だった。
更新するのを、忘れてました(;´Д`)