少女と理解者
「死」と「生」の管理者である死神が不死に近き力を得て地界・天界から一目置かれていようとも、最大の天敵と言えばやはり人間だ。人間は個々では貧弱なのにも関わらず、群となせば死神ですら危うい。
数百年も昔に冥界を揺るがした安倍晴明という存在も人間であった。
そんな事があって、新年の神社への参拝は図らずも回避すべき事であった。依然、単独で神社の敷地内に押し入った事が冥界の王・ハーデスにバレたこともあってか、今回は友人が監視役で来ていた。
「まったく。少女は万の神々が住まう世界と冥界で戦争させる気なの?」
珍しく、友人の呆れた声。こればっかりは、少女も反省せざるを得ない。
人界を隔てて、下に地界、上に天界。そして、人界と同じ座標で違う次元にある冥界。
そして最後に、八百万の神々が住まう『神界』。それは、地球を飛び出して宇宙にあるとされる界位で、全ての界位の頂点にある。冥界の王・ハーデス、天界の帝・ゼウス、地界の長・サタン。コイツらは神々の住まう神界から遣わされた『界の管理者』だ。
『神』を冠する者など、一端の死神や天使、悪魔などでは秒殺の『秒』すら保つかも怪しい程絶大な力を持つ。冥界の王・ハーデスが、いくら神界出身の者であったとしても、地球に派遣されるような神など神界の中ではそれほど有力ではないのだろう。
本気を出せば分からない。
が、遊び半分の力でもっても絶大な『冥界最強の力』に不意打ちを慌てて応戦出来てしまうハーデスは、決してこの四界では無能ではない。では、神界に住む事の許される神々はどれほどの力なのか?
神の力の片鱗を味わった事のある少女は、苦い思い出だ。
「別に、そんなつもりは無かった……」
これは本音だ。そんなこと、少しも気にしてはいない。
本当はただ、彼と一緒に初詣とやらをしてみたかっただけなのだ。
「気持ちは分かる。でもね、安倍晴明の時なんて召喚されたのが「神に仕えし式」じゃなくて気まぐれで「神」が召喚されたのよ。あれで、どれだけの死神が浄化されたか分かってる?」
「安倍は……強かった」
結局、術者である安倍晴明の命を刈り取った事で寄代を失った「神」は消えたのだが。
「全くもう。本当に少女は手がかかるわね」
「ごめんなさい」
二人並んでベッドに座っていた少女は姿勢を正して、スッと頭を下げる。
「いや、分かってたら良いのよ。反省してる人を問い詰めても得られるものは無いわ」
片手を振って、素っ気なく返す友人。
「それにしても少女が彼に惚れてから大分経つわねぇ。昔はまさか、この子の家に居候することになるなんて思いもよらなかったわね」
「…………うん」
「一番最初なんて、少女が町を吹き飛ばすわ、還魂魔法を使うわ。冥界は大混乱だったのよ?」
昔を懐かしむ友人の頭には、突然大量発生した魂を刈り取るかで大揉めして、その間に還魂魔法を使われて、ハーデスも頭を抱えていた情景が映し出された。地位的に上司にあたるのだが、ハーデスが狼狽する姿はかなり愉快だったので、グッジョブという気持ちもあったりする。
「テレビを見ていたハーデスが真っ青な顔をして、謹慎中の少女の部屋を見てこい! なんていうから何事かと思えば、部屋にいないし!」
「………………うん」
「まぁ、もう過去の事だけれど。夏はかなり積極的にアタックしてたみたいだけど、結果はどうだったの?」
「カッコイイってことは、………………よく分かった」
少女は、プールの水質管理室で閉じ込められた事を思い出している。彼はやっぱり、彼だった。
「後は……夏祭りで――」
と言いかけて、あれは失敗に終わったんだった。省略しよう。
「…………そうだ。狭間に服を貰った」
「服? ゴスロリじゃなくて?」
頷いて、クローゼットに仕舞われている服を一式取り出した。黒と藍色が入った縦縞のニーソックス、リボンを二つ、薔薇が一輪咲いた真っ黒なワンピース。それをいそいそと着替えてみる。
「似合ってる! 超可愛い! ペロペロしたい!」
「え?」
「いや。言い間違えた。とにかく、凄く良いよ!」
ご飯でも無いのによだれを拭いた友人を疑問に思うが、特に指摘はしなかった。
「…………………一緒に、住みだしてからも、大変、だった」
少女が暴走してしまった一件以降、少しだけギクシャクした関係になってしまった彼と少女。しかしそれも、雨流のおかげで彼が少女の見方が変わったことを知った。
最近は元の関係になりつつある気がするが、それでも彼の気持ちを捕まえようと色々と試しているのだ。
「この前、雑誌で、男の心を掴むのは、料理だって言ってた、から」
「もしかして、作ったの!?」
「うん。お遣いを頼まれて、お魚買ってきたのと……、後は、お皿に、盛りつけてあ、るのを、机に運ん、だ!」
「あ。そ、そうなんだ……」
それのどこが『料理』があるのか謎だが、誇らしげに(無い)胸を張る少女にそんなことは言えない。務めて笑顔を作る苦労人・友人。
「喜んで、褒めてくれた。なでなで……」
決してそれは料理の『お手伝い』をしたことに対してであって『料理』に関してではないのだろうが。
最近は崩れだしている少女の無表情フェイスが嬉しそうに頬を持ち上げた。思わず友人は、少女の背後に咲き誇る花を幻視した。正直、先ほど思ったことはどうでもよくなった。
あぁ、少女は可愛いなぁ。
「わっ、え?」
「あー、もう! 可愛いなぁ……」
突然抱き寄せられた少女は驚くも抵抗はしない。髪をくしゃくしゃと撫でられて目をぱちくりさせてる少女。なんとなく、友人のふくよかな胸に顔を埋めても悪い気はしない。
抱きしめる手が少しだけ緩み、少女は抱きしめた友人の顔を覗き込む。
必然的にその瞳は『上目遣い』と呼ばれるもので、少女を愛する友人をノックアウトするのに十分すぎた。
☆ ☆ ☆ ☆
「……大丈夫?」
鼻からこぼれ出る血をティッシュでふき取ったとき少女は友人を見詰めてそんなことを言った。
「あは、ありがと!」
そんな言葉に友人は笑顔を浮かべた。それでも少女は見詰め続ける。
「少女? どうかした?」
「…………泣いてる」
「えっ?」
友人は自分の頬を触れた。確かに、滴が伝った後がある。
いや、今もだ。
「少女」
「ん?」
「私ね、どうして少女をこんなに応援しちゃうんだろう、って思ってた」
「………………えっ?」
突然の告白に驚く少女。
「確かに親しい。けど、少女が喜ぶ姿を見ると私も一緒に嬉しくなっちゃう。どうしてだろう、って思ったのよ」
それは。
唐突に起きた。
「う、ん」
戸惑う少女。
『それ』は、目の前で泣く友人の体が少しずつ薄くなっている。
「その原因が知りた×なって冥界の図書館で調べたの。そ×を見て、愕然としたわ。××の全てが書いてあった。読ま×きゃ良かった、って×××」
「あ、あの……大丈夫っ!?」
慌てた少女の声。しかし、友人は笑ったまま話を続けた。
なんとなく、嫌な予感がした。
「で×、それは××××だっ×」
どんどん薄れていく友人。ただ困惑する少女。
「どこに、行くの……?」
声が聞こえないのか、友人は話すのを止めない。
少女はもうはかなげに残る輪郭しかない友人に近寄るが、その手は友人を捉えない。
どんどん色を失っていく友人はもう、何を言っているのか分からなかった。
「え、うぇ、私を、おいて………いかない、で……」
思えば数千年生きた少女にとって、唯一話しかけ続けてくれた相手だった。
『冥界で最強』と言われてもなお、親しく話しかけてくれえた大切な、大切なただ一人の『友人』だ。
「少女」
ブワッと。
体を包み込んでくれるのは、確かにあの友人。
そして。
友人は。
「×××××、×××××」
そう言い残して消えた。
少女は誰もいない家で絶叫した。それは、人間が聞くだけで魂が抜かれた。それは、近くにある物を平等に破壊した。
余りに突然過ぎる、理解不能な謎の別れ。
少女は自分を抑えられないまま死神化して、その可憐で真っ白な幼い右手には不釣合いな程巨大な冥界の鎌を手繰り寄せる。
そして。
少女は。
たった一人しかいない友人を取り返すために、地球を吹き飛ばした。