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少女が家出・下

 死ね、殺せ、消えろ、居なくなれ、去れ。

 飛び上がった時、囲んでたほとんどの人間が少女を目で追っていた。


 いや、人間ではない。人間に憑依したゴーストだ。

 例えどれほど束になろうと、少女が万全の状態ならば恐るに足らない。

 だが、少女の状態は理想とはほど遠いものだった。


 寒さで体は震え、心は痛みで震え。


 飛ぶと、目立ちすぎる。見上げられると直ぐに見つかってしまうからだ。

 少女はそれを察すると直ぐに地上へと舞い戻った。死神化していれば、それだけでバレてしまう。

 死神化を解けば、沢山の恩恵を失うのだが、それでも人間に紛れた方が得策な気がした。足に力を込めて懸命に走る。


 何度も足がもつれて転びそうになる。冷たいアスファルトを裸足で走れば痛みが伴うものだが、既にその感覚も失っている。

 少女は泣きたかった。

 彼には拒絶され、まるで世界から不要だとでも言われているような気がした。


「もう、死んでもいい、かも」


 口元が笑みを象る。この世に失望した、絶望の笑み。

 走っていた足から力が少しずつ抜けていく。

 路上で立ち尽くし、後ろを振り返る。


 ゴースト達は一度少女を見失ってしまったらしく、辺りをきょろきょろしていた。

 一抹の安堵と失望を感じたその時だった。


 手を掴まれて、強引に引っ張られる。

 あぁ、見つかった。


 もう、良い。死んでも、良い。




 引っ張り込まれたのは人目の少ない裏路地だった。

 少女は抵抗する事無く、黙ってされるがままになっている。

 と、突然男が止まった。


「ゴスロリ金髪キター!!!」


 そう、叫ばれた。




 ☆ ☆ ☆ ☆




 出会ったのは前長髪だった。

 名前は時永 雨流。少し前、ゴーストに体を乗っ取られて彼を殺そうとした張本人だ。

 しかし、雨流はその瞬間を覚えていないし、この件は彼に詳しく説明してある。

 それ以外にも何度か出会っているのだが、その度に世界を作り直していたので、実際に出会うことになるのは初めてだった。


「大丈夫だったか?」

「は、い」

「そいつは良かった。幼女を追い回すなんてなんて危ない奴らなんだ。警察に通報しようか迷ったが、俺が助けた方が早かったから助けた」


 今、雨流の家にいる少女は温かいハニーティーを頂いていた。


「まぁ、俺が言うのもあれだけどな。男……に限らず見知らぬ人の家に勝手に言っちゃダメだって親御さんに教わらなかったか? なんか、警官とかも混ざっていたから警察も危険だと思ったんだが」

「?」


 愛らしく小さく小首を傾げる少女。直後、雨流の鼻から赤い液体がこぼれ出た。


「あぁ、すまんすまん。気にしないでくれ。生理現象だ」


 取り乱した様子もなく、自然な感じで鼻にティッシュを詰めていく雨流。

 この人も、友人と同士なのだろうか?


「大、丈夫。私、知って、る」

「ん? 俺の知り合いだったか? 俺に外国人の知り合いはいなかったはずだが。ご両親のお名前を聞いていいか?」

「あ、神月……」

「神月……といえば、朱火のとこか!? 驚いた、どういう理由で純日本人から金髪が産まれるんだ?」

「それは……知ら、ない」

「……流石に、朱火の母さんに限ってなぁ……。いや、これは余計な事、か」


 なにやら一人でぶつぶつ言っていた雨流に少女は素朴な疑問をぶつけた。


「あの、どうして、助けて、くれ、たんですか?」

「ん? あぁ、そりゃ困ってる幼女……もとい人がいれば助けるだろ? 俺は『紳士』だからな」


 良い人で良かった、と純粋な少女は思った。

 他人から見れば、この状況で一番危険なのが雨流と分かるのだが。


「ともあれ、そんな格好でいるってことは家出か何かしたか? ダメだぞ、親御さんに迷惑かけちゃ。それに、朱火だって……」


 親御さん、と言われて二人の顔が思い浮かぶ。が、『彼』の名前を出されて首を振った。


「嫌われ、た、から」

「はぁ!? あいつが人を嫌うって……。いやいや、そんなまさかな。いったい何があったんだ? 良ければ教えてくれないか?」


 少女は小さく頷いて、自分がしてしまった事を話した。

 無理矢理押し倒した事。それ以来彼の様子が変な事。そして、何度も怒られた事。

 それを携帯で『朱火にメールを書きながら』静かに聞いていた。








「なんとも羨ましい」


 雨流の第一声はそれだった。

 少女が不思議そうな顔で首を傾げたのを見て、彼は「いや、気にするな」と場を取り繕い直す。


「なるほどな、それはお嬢ちゃんの勘違いだよ。でも、朱火も悪いな」

「勘違いじゃ……。それに、悪くは……」

「いや、勘違いだし、朱火も悪い」


 雨流は断言した。


「確かにお嬢ちゃんも悪い。だが、その件は既に朱火が許している。そうだろ?」

「でも、それから、私に冷たい……もん」


 少し拗ねたような口調になる少女。


「それはお嬢ちゃんが原因だな」

「わた、しが?」


 そこまで話して雨流はどうしたものか、と考える。

 朱火の気持ちをここで洗いざらい話してしまうのは簡単だ。だが、それは朱火に後で文句を言われるに決まっている。それに少女にストレートに言うのもよろしくない気がする。


「そう。お嬢ちゃんは『子供』から『大人』として見られるようになったんだよ」

「わたしが、大人?」


 少女は数千年間もこの体だ。成長する所など無いというに。

 だが、少し意味合いが違った。


「朱火の中で、お嬢ちゃんが『大人』って扱いになったんだよ。ほら、子供の頃には許されていた事が大人になったら許されないとか、そんなことだ」

「う、ん」


 少女に子供時代など無かったし、将来に大人時代も無いのだが、知識としては知っていたために頷いておく。


「淑女としてのたしなみって言うのか? お嬢ちゃんが気にしないちょっとした事でも、『大人』から見たらダメな事だったんじゃないか?」


 事の顛末はこうだ。

 恐らく朱火はベッドでの一件でお嬢ちゃんを「幼女」から「一人の女性」として意識するようになった。だから、挙動の一つ一つに反応するようになってしまい、そして余りに無防備過ぎるお嬢ちゃんの行動を怒ったのだろう。言うなれば、ただの照れ隠しだ。

 それに付け込んであれこれしない姿勢は真の変態紳士(ネオ・ロリコン)としては立派だろうが、幼女に不安を与えるのは頂けないな。

 というか、あいつは変態紳士ロリコンになったのか。これは同士が増えた。


 そんな事を思っていると、携帯が震えた。

『分かった。助かる。待ってろ、直ぐ行くからな。ふざけた事しやがったら、マジで殺すからな(笑)』

 絶対に笑ってないな、コレ。


「つまるところ、朱火のわがままだ」

「わがまま?」

「そうだ。別に冷たく当たってるわけじゃないし、お嬢ちゃんを嫌いになった訳じゃ無いからな? 安心していいぞ。それに、本当に朱火はベッドの件を許している。それを何度も掘り返されると、少し苛立っちまうのが人間ってもんだ」

「それが、人間……」


 なんか意味深に返された。

 直後、扉を蹴破りそうな程の大きな音が聞こえた。

 ビクッと震える少女。


「いや、普通にインターホン押せよ!」


 雨流の焦った声に、玄関を蹴る音が止む。


「ほら、お迎えだ。もう、帰れるだろ?」

「う、ん」


 少女を引き連れて玄関へと向かい、鍵を開けた。

 コンマ1秒で開かれた。


「少女!!!!!!」


 雨流を押しのけて入ってきたのは、彼だった。パジャマ姿に上着を羽織っただけ。息は切れ切れでふらふらだった。

 そして、……その瞳はこれまでに無いほど怒っていた。


 彼は手を振り上げると、少女の頬を叩いた。

 大した威力は無かったけれど、それで少女は悟った。


 あぁ、帰ろうと思ったのに。彼に会いたいと思ったのに。

 これで。

 これで、本当に。

 本当に、彼に嫌われてしまった……。


「少女!!!!!」


 また名前を呼ばれる。

 少女はもう一度叩かれると思った。

 しかし、違った。


「おま、え。心配させやがって! 僕が、僕がどれだけ探したと思ってるんだ!」


 膝を付いて、目線を同じにして。

 彼は泣いていた。

 少女を抱きしめながら。


「町で何かイザコザがあったっていうし、まさか誘拐されたかと思ったじゃねーか!!!」


 強く、強く。


「無事で、良かった……」

「ふぇ、……ごめん、なさい!!!」


 雨流はそれを笑って見ていた。

 彼は少女を抱きしめながら泣いた。


 少女は。


 彼を抱きしめ返しながら。


 頬の痛みと彼の優しさを感じながら。





 少女もまた泣いた。

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