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少女が家出・上

 彼が電話で誰かに罵詈雑言の限りを怒鳴りつけた日からしばらく、ますます風は冷たくなり、とうとう冬の到来を感じさせる季節となった。

 いつものように少女は暖房の付いた彼の部屋で身も心もぽかぽかしていたその時だった。


「少女、なんか近くない?」

「えっ?」


 彼の膝の上に寝転がるようにして本を読んでいた少女の目が、彼の目と交錯する。


「あ、いや。別に、何でもない」

「……」


 無言で彼の膝の上から退く少女。

 やはり足をばたつかせて本を読んでいた為に、スカートがめくれ上がっていた。

 白いパンツが顔を覗かせて、思わず彼は目線を逸らす。


「ほら、少女。パンツ見えてるから。ちゃんと隠しなさい」

「は、い」


 心が少し、チクリと痛んだ。

 彼は今まで、少女と話すときに目線など逸らした事は無かったのに。

 時計を見たら、まだ八時だった。普段は十時まで彼の部屋で本を読んでいる。

 彼は一緒に本を読んでいたり、ノートに向かって何かを書いていたり、携帯を触っていたりとさまざまだが、それでも話には応じてくれた。

 それだけで嬉しかった。

 だが、少し前……少女が勝手に暴走して彼を怒らせた日以来、少女に対する対応がよそよそしくなった。

 完全に自業自得だ。全て、少女が悪い。


 だから。

 だから仕方がないのだ。

 彼が、この冬の風のように、接するのだ。



 そもそも。

 本当は、彼と同じ部屋にいるだけで幸せだったはずなのに。

 一緒に本を読んでいるだけで、楽しいはずだったのに。


 なのになんだ。

 彼を独占したいと考え、彼に触れたいと考え、彼と話したいと考え。

 最近の自分は欲張りでは無いか?

 少女はそう思うようになった。


「あの。やっぱり……前のを……怒って……」

「少女!」

「ひっ!!」


 逸らされていた目が、突然少女を捉えた。目を逸らしていた為に少女は彼の顔を見ていたのだが、不意を突かれたせいでバッチリ目があってしまう。


「何度言ったら分かるの! 僕、一度でもそんな事を言った!?」


 さながら蛇に睨まれた蛙。彼に怒られた少女。

 怒気を含んだ彼の言葉に、少女は泣きそうになる。

 そう、『何度目』だ。このやりとりは。


「いい加減にしてよ。いつも僕は言ってるでしょ? そもそも、僕は怒っていないって!」


 ビクリと少女の体が震える。

 涙を堪えて、俯いた。


「むしろ、怒るならこの事だよ。どうして、僕を信じてくれないの?」


 『僕を信じてくれないの?』

 その言葉は少女の胸を貫いた。思わず顔を上げた目に逸らす事のない彼の目がぶつかる。


「ごめ、んなさい」


 震えそうな声で、少女は小さく呟いた。


「もう、寝ま、す。本当に、ごめんなさい」

「あ、少ーー」


 そして、逃げるように彼の部屋を後にした。そうやって、戻ってきた少女の部屋。

 少女の笑顔のような明るいオレンジは、今の少女の心に相応しくない。

 夜風に合いたくて、窓を開け放つ。ブワッと、冷たい冷気が部屋に入ってきた。


 少し肌寒い。でも、これぐらいがちょうどいい。

 少し、少女には温かすぎた。

 この家は。あの彼は。


「……」


 空を見上げると、ビル群よりも更に上に丸く輝く月があった。

 今日はどうやら満月のようだ。月明かりは闇を照らすが、それに負けじと地上からも光で満ちあふれていた。

 逃げ、出したい。


 少女は少しだけ、そう思った。


「……神月 朱火」


 それは、愛しの……彼の名前だった。

 辛い時、名前を呟くと心がぽかぽかしてくる魔法の言葉。


 でも。


「……」


 風が部屋へと吹き抜ける。

 少女は両手をまだ成長途中の胸の前で組んだ。そして、縮こまる。


「寒い」


 勿論、窓を閉めればいいだけの話だ。

 でも、そうじゃなかった。


 彼の名前を呟けば、彼は優しく微笑んで『少女』と呼んでくれる。

 しかし、最近は怒られてばっかりだ。そのせいか、彼はいつ見ても不機嫌そうな顔に見える。

 少女は……私はやっぱりいらない子だったのだろうか。


「お外、……か」


 少女はピンク柄の可愛いパジャマのまま、窓に足をかけた。

 そのまま、力強く踏み出す。


 重力に従って落ちそうになる体を、死神化して質量を無くした。それにより空中へと浮遊出来るようになる。

 そのままゆっくりと地面へと降り立つと死神化したまま、まだまだ光溢れる町へと歩いていった。



 ☆ ☆ ☆ ☆



 町は魅力で満ちあふれていた。

 今まで、近くのスーパーへ彼と一緒にいった事しか無かった少女にとって、小さな町程度でも好奇心がくすぐられる。

 巨大ショッピングモールや、大きなビル。

 そんな町を、人間を避ける事無く歩いていく。人間が少女にぶつかっても、少女の体をすり抜けていく。

 また、風が少女を凪いだ。


「うぅ……」


 寒い、孤独だ。

 誰も少女を見つけられない。


 体は少しずつ温度を失っていき、次第に指先の感覚も無くなっていく。

 窓から飛び出たのだ、靴すら履いていない。


「お嬢さん、どうしたの?」


 ふと、道を歩くサラリーマン風の男が声をかけてきた。


「道でも迷ったのかしら?」


 OL風の女がそのサラリーマンの隣に立った。


「お嬢ちゃん。ちょっと交番まで着て貰えるかな?」


 警官が。


「あらあら寒そうに。大丈夫?」


 主婦が。


「どうしたんだ? 迷子になったか?」


 高校生が。


 誰もが笑いながら、少女の四方八方を取り囲んだ。

 そして、手を伸ばされて少女の体を掴もうとする。


「くっ……」


 慌てて冥界の鎌を取り出して、振るう。

 しかし、指先の感覚が無くなった手では上手く鎌をもてない。


「チャンスだ。殺せ!」


 高校生が。


「ごめんねぇ。貴方の存在は我々にとって邪魔なの」


 主婦が。


「飛び上がったぞ。追え!」


 警官が。


 まるで。

 生きとし生けるもの全てが少女の命を狙うかのように襲いかかってきた。

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