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少女と彼と雑誌

 外はほどほどの寒さを感じさせ、冬だと実感させられる頃になった。

 少女が彼の家にやってきて二ヶ月目。

 暖房の利いた部屋で、少女は少し焦っていた。輝く金色の髪を弄りながら少女の部屋のベッドの上で寝転がりながら一心不乱に雑誌を読んでいる。

 足をばたつかせるそんな少女は自分のスカートがめくれて白いパンツが見えている事に気付かない。が、部屋に入ってくるような人はいない。彼の両親は仕事で出かけているし、彼は学校とやらに行っている。


 ふと時計を見上げると、そろそろ彼が帰ってきても良い頃合いだった。

 今日こそ彼に振り向いて貰う為に何をしようかと考える。

 そういえば、友人の死神が『既成事実』とやらを勧めてくるのだが、一緒に寝ればいいのだろうか?

 チラッと自分のベッドを見て、なんとなく立ち上がる。


「……」


 先ほどまで寝転がっていたため、少しだけ乱れている。

 ぼんやりとその瞬間を想像しながらその乱れを直した。

 そのまましばらく妄想にふけっていた少女だが、玄関の扉が開く音で我に返り、ボーッとする頭を振って、迎えに出る。


 トテトテと部屋を歩く少女はさながら小動物。玄関に続く扉をちょっぴり開けて彼を出迎える。

 未だに目を合わせるのが恥ずかしい少女は、正面で迎えるようになれるのはまだまだ先の話だ。


「ただいま、少女」

「おか、えり……」


 玄関で靴を脱いで彼が上がってきた。

 ボソッと呟いた少女の頭を、通り際にポンッと頭を撫でてあげる。

 彼は鞄を居間に置くと、冷蔵庫へと向かってジュースを探していた。


「あ、あのっ」

「ん?」


 お目当てのジュースを見つけて冷蔵庫の扉を閉めて、今まさに蓋を開けようとした瞬間に声をかけられて動きを止める。


「ご飯にする? お風呂にする? それともわたーー」

「は? あ、痛ぇ!!!?」


 突然の予想外斜め上発言に彼は持っていたジュースを落とす。不幸にも足の上に落ちた。


「ど、どうしたの少女!?」


 言うだけでも恥ずかしかったのか、少女は顔を真っ赤にしてやや下の方を見ていた。彼が痛みで足を押さえるために屈んだ時、その目に握り締めていた雑誌の文字が目に入る。『出来る妻特集号』と題されていた。

 彼は嘆息しながら落ちたジュースを拾う。


「少女は、ジュース飲む?」

「むー……」


 どうやら、どうしても先ほどの問いに答えて欲しいらしかった。

 時計を見ると、彼は別に部活をしていないので五時をまわったところだ。まだ、飯には早すぎるだろう。というか、冥界に住んでいたと話す少女が食べていた料理は、人間にとって害の無い食べ物なのだろうか? そう言う意味では危険な気がした。

 外はそこそこ涼しくなってきているので、帰宅したばかりの体にお風呂は良いかもしれない。


「じゃあ、お風呂貰おうかな」

「…………うん」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……えっ?」

「?」


 可愛らしく小首を傾げる少女。台所の壁に備え付けてある湯沸かし機のボタンを確認すると、特に光ってはいなかった。お湯が張ってあれば、緑色に点滅するというに。

 では、お風呂はしていないと?

 もしやと思い、やっぱりご飯、と頼み直してみる。


「…………うん」


 やっぱり何も用意していたりはしなかった。

 いったい何がしたいのだろうか。

 空き缶を捨てながら少女に言う。


「あのね、少女」

「うん。分かり、ました」


 まだ何も言ってないぞ。

 とか思った瞬間に、少女によって彼の体は恐るべき力で片腕を握られて、まるでひきずられるように引っ張られる。彼に出来ることは転ばないように足を合わせるだけだった。

 到着したのは少女の部屋。部屋を開け放ち、中へと引き込まれる。

 なんというか、女子特有のほのかに甘い匂いがした。

 少女専用の部屋は、もともと客間だったはずだがその部屋はオレンジ色と白色に染まり、鮮やかな部屋となっている。覗いたことはたまにご飯を呼びに行くくらいで、立ち入ったのは今日が初めてといえるだろう。基本的に少女は、彼の部屋で一緒に本を読んで過ごす場合が多いので、常に一緒にいるのだが。


 何か見て欲しいものでもあったのか? と巡らしていた彼の思考は粉々に打ち砕かれる。


「しょ、少女!?」


 綺麗に整えられたベッドにそのままたたき込まれた。甘い香りが更に強く体を包み込む。

 戸惑う彼が慌てて起きあがろうとするが、それを少女が押しとどめる。普通に思えば、すぐにでも形勢が逆転しそう(別に襲うという意味ではない)ものだが、この少女の幼い体には冥界で最強と言われる恐るべき力を秘めているのだ。

 無力な人間一人が抗ったところで、結果は目に見えていた。


 救いの意味で少女の顔を見る。が、それはどうやら叶いそうに無いのを察した。

 碧く澄んだ美しい瞳は宙を泳ぎ、絹のように美しい真っ白な肌は真っ赤に茹で上がっていた。


 これは都合が悪いと聞こえない感じの顔だ。

 というか、彼が「あのね、少女」と呼んだのに対して少女は「少女」という部分だけ聞き取ってしまったのだろう。となると、最初の少女の問いに答えてしまった事になる。


「少女、誤解だっーーーッ!?」


 誤解を解こうと声を上げたのだが、それはある事に遮られた。

 少女はゆっくりと……同じベッドに体を添えてきた。

 それもお互いに顔を向け合う形で。


 花をくすぐるのは酔いそうな程甘い香り。そう言えば最近、少女がバラの香りのリンスを買っていたことを言っていたような。


「!!!?!?!」


 ゾクゾクと背中に走る感覚。

 快感、とも形容できそうなそれは頭から正常な思考を奪っていく。


 目を開けば、可愛い可愛い少女の顔。それも顔を真っ赤にしているのがまた、拍車をかける。吐息がかかりそうな距離に少女の顔があり、体がある。

 今までは『妹』として認識していた感覚が、少しずつ『女』へと変容していった。


 駄目だ、駄目だ駄目だ駄目だ!!!

 目を閉じて、これ以上の情報をシャットアウトしようと試みる。


 だが、それは限りなく失敗に近かっただろう。

 目が見えない事が、僅かに触れる少女と彼の手から余計に意識してしまうのだ。

 ふわりと小さな微風を起こす少女の吐息が彼の頬を撫でた。


 その時点で、ベッドから起きあがる事は出来た。

 だが、理性的な、自制心的な何かの向こう側がそれを拒んだ。


 それでも理性を保つ。相手は幼い少女なのだ。

 そう言い聞かせるも、その向こう側がこう切り返してきた。

 『その姿と年齢は果たして見合っているのか?』

 つまるところ、合法ロリではないか?


 その返答に息を詰まらせる。

 彼とて一般の男子高校生だ。女子に言い寄られれば少し気分も良くなってしまうし、体に触れられればドキドキもする。どこにでもいる普通の高校生だ。

 つまり、そんな事も興味があるわけで。

 一度ぐらいしてみたい、と思った事が無いわけではないわけで。






 そんな何かが弾けそうになり、目を開けた。そして……何もかもを察した。


「少女」


 今度は困惑した声でも無い、いつもの彼の優しい声だった。

 彼の目の前には、顔を真っ赤にして自身も目をキツく閉じている少女がいたのだ。汗を流して、無理をしているのが丸わかりだった。

 呼びかけに、少女はうっすら目を開ける。そして視線がバッチリ合ってしまい、また閉じてしまう。


「どうしてこんなことしたの?」


 手を伸ばして少女の頭を優しく撫でる。


「え、と。こうすれば良いって、書いてあった」


 全ての根元はあの雑誌か。

 恐らく、最後の一文辺りが「一緒にベッドで寝る」とでも書いてあったのだろう。

 逆に、その言葉の意味をストレートに書かれていたならば、少女は決してそんな事はしないはずだ。

 そんな事を思った時、少女の顔がみるみる青くなっていく。


「ごめ、んなさい」


 小さく、こぼれ出た言葉。

 しまった、と彼は思った。少し、険しい目をしてしまっていたのかもしれない、と。それを見て、迷惑をかけてしまったと思ったのだろう。

 少女は純粋だ。決して、バカではない。

 純粋さ故に事が悪く運ぶ事もあるが、鈍感な訳ではないのだ。


 今回は、その悪い側に少しだけなっただけ。

 少し、勇気を出すベクトルを間違えただけ。


「わた、し。良い…………なろうと、思って……ぐす…………それで、……は、恥ずかし、かったけど……がんばった……けど……うぇ……ぐす」

「少女」


 目の前で顔を真っ白な細い華奢な手で顔を隠す少女。手からこぼれ出る雫は真横へと流れていく。

 彼はそれを黙って見ながら、しかし少女を撫でる手は動かしながら少しの間、時間を過ごした。


 少女が落ち着いた後、彼はゆっくり言った。


「少女。気持ちは嬉しいよ。僕を喜ばそうとしてくれたんでしょ?」


 少し、縦に首が動く。


「ありがとう。僕は嬉しかったよ。でも、ちょっと強引だったんじゃないかな? 余りの事で僕もびっくりしたし、それに少女も辛かったんじゃない?」


 そんな事は無い、と言いたかった。だが実際、少女は恥ずかしすぎて、何度か気を失いそうになったぐらいだった。

 でも、それを堪え忍んでもでも、しなければならなかったのだ。


 彼に、振り向いて貰うために。


「少女。こんな事はしちゃダメだよ」

「は、い。ごめんな、さぃ…………」


 また涙がこぼれてくる。

 彼は言った。


「良く言えました」


 そういって、泣く少女を抱き寄せた。ベッドに寝たままだったので片腕は回せなかったが、それでも自分の胸元まで引き寄せた。

 やましい意味など微塵も無い。ただ、少女を安心させたいがために。


「ぐす…………ふぇ…………うぇ……ぐす」


 オプションで頭も撫でてやる。

 そんな事をしながら彼はぼんやりと考えていた。




 出版社の連絡先はどこだ、と。

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