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少女と彼とハロウィン

挿絵(By みてみん)

 少女の「初めまして、死神です」を最後まで聞いた彼は一度大きく頷き、「なんだ、夢か……」と感想を漏らして布団に戻ろうとする。それを少女は涙目で必死に引き留めて、事の次第を話した。心優しい彼は涙目になる少女を放っておけず、やむなく一晩だけ自室に泊めることを承諾する。

 それは、端から見れば彼の善意に付け込んだ姑息な手段ともとれるが、純粋を極めた存在である少女はそれを素でやってのけるので、なんとも厄介この上ない。


 そんなこんなで一日泊めた翌日、何故か『今日まで一緒に住んでいたかのように振る舞う両親』に彼は驚かされることになる。

 ーーーー曰く、少女は死神らしい。




 そんな同居生活(と、少なくとも少女は思いこんでいる)が始まってしばらくした頃、世では10月31日……通称ハロウィンを迎えた。そんな日は多少料理が豪華でもいいだろう、という彼の母の提案によって、二人は揃って近くのスーパーまで買い物に出て、頼まれた食材を買い込み、ついでにお菓子もいくつか買った。

 少女と彼は帰り道の歩道を一列になって歩く。


「なんか少女って、妹みたいだねー。『設定』だと、留学してきたらしいけど」

「……」

「いったい、どこの国から来たんだか……」


 彼のやや呆れを含んだ声は、服の裾を掴んで彼の真後ろを歩いていた少女の耳に届かななかった。

 少女の脳内では「彼の手、握りたい。握りたい。握りたいよぅ。でも、変な子って思われちゃうかな? でも、ここで行かないと巨乳女に負けちゃう。でも、恥ずかしいし。人前だし。でも、握ってみたいし」とまぁ、至極どうでもいい思考に没頭していたせいだ。


「少女?」

「わわっ!?」


 返答の無かった少女を心配して立ち止まった彼にぶつかり、とてっと小さく尻餅を付いた。


「大丈夫? 顔、赤いよ? 季節の変わり目だし、風邪でも引いたかな?」


 スッと、彼の手が少女の額に伸びてくる。ピタッと少女の額に触れた彼の手は、寒い10月の風のせいか少し冷たかった。

 「はわわわっ。彼に触られてる……。彼の顔がこんな間近に、間近に、間近に、間近に……!!!!?!?!」っと、脳内がショート寸前まで高速回転し、顔の温度が平均で1℃くらい上昇した。


「んー? 熱かなぁ」

「な、な……」

「な?」

「なん、でもない、ですっ!」


 顔を真っ赤にして叫ぶ少女。端から見れば、ただ強がりしているだけの子供なのだが、彼は笑って従う事にした。

 彼の手がゆっくりと額を離れていく。少女はその手を名残惜しそうに見つめていると、その手が空中で止まった。


「?」


 少女が小首を傾げると、彼はまた笑って「ほら、握って」ともう一度差し出した。

 それを見て、少女はその手を取って取る『羞恥心』と『好奇心』が脳内で派手な戦争を起こした挙げ句、好奇心が勝利した。

 手を取り、体を起こす間は、お互いの手が触れている。心臓が血管を破りそうなくらいの速さで血を巡らせ、この心臓の音が彼に聞こえていたら恥ずかしい、なんて考えてしまう。


「疲れたら、おぶってあげるからね」


 彼の優しい言葉にまた少女の心拍が跳ね上がる。

 少女的にはむしろ、おぶられた方が倒れる方に直結するのだが、まぁある意味でそれで死んでも本望では無いのか。いや、そうだとしても……とどうでもいい妄想に入り始めたので、以下は省略する。


「そういえば、少女。『ジャック・ランタン』って知ってる?」


 沈黙の訪れを予期したのか、彼はふいにそんな事を言い出した。

 つくづく、気の利く男である。


「この話は国によって諸説はあるんだけど。まぁ、大体一緒だね。ジャックっていう極悪非道の人間がいたんだけど、ジャックはある時、瀕死に陥って地獄の手前まで行ってしまうんだよ。だけど、ジャックは悪知恵を働かせて門番をしていた小鬼を騙して、小鬼の持っていたランタンを奪ってしまうんだ。で、困った小鬼に、ランタンを返す代わりに、ジャックは『俺を地獄に入れない』って約束を取り付けるんだよ」


 少女は茹だっている頭でぼんやりとその言葉を受け止める。

 というか、無表情が売りの少女ですら『彼と一緒に歩いて買い物』という状況はニヤケたくてたまらないのだ。基本的に口数が少ない少女に現在、話す余裕など無い。

 少女の無言を、聞いていると判断したらしい彼は話を続けた。


「で、その約束の後、彼は九死に一生を得て生還するんだよ。でも、結局生き返っても悪いことばかりして、行いを改めなかったんだ。でも、老いには勝てなくて、とうとう寿命で死んじゃうんだ。その時、彼は地獄に堕ちなかったんだけど、そんな悪人を天国に入れられないって天使に言われて。結局彼は、地獄と天国の狭間をいつまでも彷徨ってる、って話だよ」

「…………ん……ジャック・ランタン、会いたい?」

「へ?」


 突然の少女の言葉に、彼は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。

 少女は言葉不足だったと反省し、言葉を重ねた。


「その狭間……『冥界』。彼、今でも彷徨ってる。………………会う?」

「全力で遠慮します!」


 生前の罰を受けているジャック・ランタンを連れ出す事が出来るのは死神グリム・リッパーだけだが、そんなことすれば冥界の王・ハーデスのお冠が目に見えている。

 まぁ、彼が望むのなら別にしても構わないのだが、杞憂に終わった。


「…………ところで少女って。やっぱり死神なの?」

「うん」

「飛べたりするの?」

「………………飛びたい、の?」

「あ、別にそういうわけではないんだけど」


 苦笑を浮かべる彼を見ていた少女の目の色が変わる。

 この感覚は……。


「……………………きた」

「へ?」


 彼の手を強引に引っ張り、通行人を押し退けて道を駆ける。

 まさか、こんな人通りの多い所でどんぱちするわけにはいかない。

 勿論、彼の社会的地位な意味で。


「何、アレ!?」

「ウィル・オー・ザ・ウィスプ。鬼火みたいなもの…………です」


 蝋燭のように空中に灯る、それらは全てゴースト

 ウィル・オー・ザ・ウィスプ達は、少女達を追いながら辺りを廻って歌い出す。


『さぁさぁ、我らが我らがジャック様。どうぞ小娘を血祭りに』

『さぁさぁ、愛しの愛しのジャック様。どうぞ小僧を神隠しに』


『『『『Trick o(悪戯されるか)r Treat!!!(おもてなしするか)』』』』


『悪戯されるなら、小僧を冥界へと神隠し!』

『おもてなしなら、小娘の首をちょうだい!』


 不愉快な歌を歌いながら、走る私たちを取り囲むウィル・オー・ザ・ウィスプ。

 ただの人間には見えていないが、少女が近くにいるために彼は見えるらしい。

 人目を避けるのと広い場所を確保するために、近くの公園へと駆け込んだ。


「え、やっぱ少女ってマジで死神なの!?」

「うん」


 入ったその公園の一角を睨みつつ、少女は答える。

 そこは空間に裂け目が出来ており、少しずつ広がっていく。


「何百年ぶりのシャバだぁ、オイ!?」


 その狭間から現れたのは、人間……の分類に当てはめて良いのか分からない。

 スーツ服を来た……体型からして男だろうが、その頭が異様だった。細身の体に不釣り合いな程大きなカボチャを被っている。そのカボチャの直径は両肩に届くか否か、だ。くり貫かれた口元が突然、変容し表情を象り始めた。ニヤリと、真横に裂けるように。

 それはまるで、顔をカボチャに変えられた、と思えてしまう。

 穴の空いたカボチャが、少女を捉えた。


 当の少女は、走る際に彼の手を取ってしまったことにようやく気付いて顔を真っ赤に染めて明後日の方向を向いていた。


「はぁ!!? ラスボス級の俺様の登場を、無視するとはどういう了見だぁ!?」


 ジャック・ランタンは激昂して、手にウィル・オー・ザ・ウィスプを作り出す。それを少女に向かって投げつけた。

 それを少女は難なく冥界の鎌で一薙する。切り裂かれたウィル・オー・ザ・ウィスプは…………消滅しない。

 少女の顔が驚愕に染まる。ウィル・オー・ザ・ウィスプはそのまま少女を取り囲んで少女の動きを拘束した。


「はははははは! 俺様、何百年も生きてるんだぜ!? ただの人間と一緒にされちゃ、困るぜ!!」


 ウィル・オー・ザ・ウィスプに取り囲まれた少女はその言葉を聞いてふと連想する。

 あぁ、猫も百年生きれば猫又になるのと一緒か。


『小娘を焼いてやりましょう』『小娘は喰ってやりましょう』『小娘は潰してやりましょう』

「おいおい。ウィル・オー・ザ・ウィスプ共! そいつはちっと、寂し過ぎねぇか!?」


 少女の捕らえて口々に歌い出すウィル・オー・ザ・ウィスプ。

 それに対して、ジャック・ランタンが吠える。


Trick and(悪戯ついでに) Treat!!!(もてなせよ) 欲張りな子供達ウィル・オー・ザ・ウィスプも大喜びだぜ!!!!」


 直後、ジャック・ランタンの手元にウィル・オー・ザ・ウィスプが宿る。それを躊躇いもなく、彼に向かって放った。しかし、それは彼へとたどり着くことはない。

 彼へと真っ直ぐ突き進むウィル・オー・ザ・ウィスプを滅したのは、少女だった。


「しょ、少女!!」

「なにィ!?」


 少女は名前を呼んでくれてた彼の方を向いて「大丈夫だよ」とか、手を振ったりしたかった。勿論、満面の笑顔付きで。

 だが、そんなことをすれば少女は恥ずかしくて死ぬ。というより、ちょっと彼の前で良い所見せちゃった、という彼女が彼の前で初めて自慢の手料理を振る舞い、褒められて恥ずかしがる乙女心のようになっていた為に、彼の顔を見ただけで顔から火が出て硬直してしまう。

 そもそも、彼は一度も褒めてないのだが、そこらは都合良くなっている。



 とまぁ、そういう理由で少女は無言で冥界の鎌を構えた。

 威圧してきたと受け取ったジャック・ランタンがこの経緯を聞いたら、泣き出すかもしれない。


 ジャック・ランタンが放った拘束は『冥界最強』と呼ばれる少女にとっては抜け出す事は造作もない。また、先程は不意を突かれたが、少女が本気を出せばウィル・オー・ザ・ウィスプなど、灯された蝋燭を吹き消すのに等しい。


 それを見たジャック・ランタンは、焦りの表情を浮かべて逃げだそうと移動魔法を唱える。

 が、それよりも速く、地を裂き天を割る一撃がウィル・オー・ザ・ウィスプ達と共に彼を横薙ぎに貫いた。

 後に残ったのは、くり抜かれたジャック・ランタンのみ。



 少女は、ジャック・ランタンの最後を見届けた後、ようやく彼の方を向いた。

 彼は腰を抜かして、少女を見ていた。その瞳に驚愕とも、恐怖ともとれる色がにじみ出ている。


 少女はしまった、と思う。

 これなら死神の力は隠しておくべきだった。

 これで嫌われてしまったら、と泣きそうになる。


「……」

「……」


 沈黙が場を支配する。

 彼は少女の言葉を待っているように思えた。

 少女は意を決して、口を開いた。


「……………………実はコレ……死神の変装(コスプレ)

「いやいや、無理があるでしょ!?」







 そんな事があり、今日の晩ご飯には予め切られていた切り口に無理矢理形合わせで切られた、なんとも奇妙な形のカボチャ煮込みが追加された。

 調達源を知る彼が、それを一切口にしなかったのは言うまでもない。




 ☆ ☆ ☆ ☆



 その夜。

 小さなお菓子パーティーを彼の部屋で少女と一緒に催された。


「とりっくおあとりーと…………」


 少女は彼に手を差し出した。

 それに彼は笑って、聞き返した。


「何のお菓子が欲しい?」

「チョコレート」


 彼はチョコを手に取ると少女に差し出した。少女はそれを受け取ると、美味しそうに頬張り始めた。


「あ、ちょっと動いちゃダメだよ」


 彼はそう言って、人差し指で優しく少女の頬を撫でる。

 突然の行動におっかなびっくりの少女は目を丸くして、動きを止めた。

 やがてその人差し指は少女の手を離れる。そこにはチョコがべっとり付いていた。

 少女は、おもむろに口を開く。



 そして、パクリ。彼の指に付いたチョコを舐めとった。

hal様主催のハロウィン企画に便乗させて頂きました。

hal様に素敵な挿し絵を描いて頂きました。

本当にありがとうございます。

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