少女と味方 下
少女は驚いていた。
幾つもの服が並び、少女の低い身長からは『服の森』といっても過言では無い。
まるで並木のように並んでいる服を見て、右へ左へ視線を動かしながら迷っている。
「ゴスロリ以外の服しか着ないのか?」
隣に立つ狭間がそんな事を言った。
少女が頷くと、狭間は歩き出した。
『子供服』と書かれた一角まで、狭間は歩いていった。
「はてさて。その綺麗な金色の髪に似合うのは、やっぱり黒だな」
手に取ったのは、真っ黒なドレスのようなワンピース。
胸の辺りを真横にスパンコールが並べられて、右側に黒い薔薇が一輪咲いている。
「どうだ?」
「………………」
「あ、いや。伝わったわ」
私がジッとその服を見つめていると、狭間は苦笑を浮かべながらその服を持って勝手に歩き出した。
まだ何も言っていないのに……と思いながら後を追いかけると、レジに並んでしまった。
「あ、……それ」
「ん? 気に入ってくれたと思ったんだが、もしかして勘違いしたか、俺?」
「え、と。………………それじゃ、無くって……」
膝を折り、私と目線を合わせて話す狭間。
少女はなんて言えば分からなくなり、伝えたくて一心にレジを指さした。
それを見た狭間は立ち上がると、また頭を二回叩いた。
「気にするな。大船に乗ったつもりでいろ」
そういってレジが回ってきて、会計を済ませてしまった。
「はいよ。それじゃ、一着目」
「…………………………ありが、………………とう…………ござま、す」
「おう。どうしたしまして。んじゃ、次行くぞ」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
そのまま店の中を見て回り、リボンを二つ。黒と藍色が入った縦縞のニーソックスと黄色と水色のスニーカーを買ってやった。
袋を全て持たせる。心なしか、少女の足取りは軽くステップのようだった。気に入って貰えたみたいでよかったと安堵する。
「ほら、着替えて来いよ。少し行くところがあるから、俺がいなかったら待ってるんだぞ?」
「…………」
小さく頷くと、女子トイレへと走っていた。
ようやく気を許して貰えたみたいで、大分素直に頷いてくれるようになった。それに、トイレに行く時はなにやら小走りだったし。
「さて。この間に別の物も見ておくか」
俺は目的地へと歩き出した。
近場にあったので、直ぐにたどり着く。
「少しばかり値が張るが……まぁ、いいか」
財布にはまだ余裕がある。手頃な値段で掘り出し物でも見つかればいいんだが。
数十種類も並ぶ中から選ぶ。こんな時に、今まで付き合ってきた女との経験が生かされていくる。
まぁ、年下……しかも小学生ぐらいの奴と買い物は初めてだったが。
「妹がいたら、あんな感じなのか?」
とても奥手で、無口、無表情。でも、好きな人がいて、純情で、一途に想い続けていて。
だが、現実に妹がいる奴からすれば「そんな妹がいてたまるか」と言われそうだが。
「これ、だな」
ショーウィンドウに並ぶケースを見れば、綺麗なカーネーションが咲いていた。
「すみません、これ一つ下さい」
「かしこまりました」
金を払い、目的の物を包んで貰うのを見ながら思考した。
奥手な少女は、きっと想いを告げる前に躊躇うだろう。何を悩むのかは理解出来ないが、高い確率で言いよどむに違いない。
ならば。
その躊躇いを打ち消す、少女の背中を押して上げるアイテムが必要だ。
俺はそれを受け取ると、来た道を引き返した。
「お?」
「…………」
少女がトイレから出た先になるベンチに腰掛けて足をブラブラして遊んでいた。
近くで何かをこぼしたのか、女がうずくまって地面をティッシュで拭いていた。
「すっげー……」
思わず少女に見とれる。
まるで黄金のように綺麗な髪は青いリボンで括ってツインテール。真っ黒なドレスに似たワンピースは、少女に大人な雰囲気を与え、より魅力的に見えた。ニーソックスとスニーカーも色合いも良い。
相変わらず無表情なのが残念だが、どうせ朱火の話をすれば瞳は輝きだし、笑みがこぼれるに違いない。
「キープしてぇ……」
少女趣味はない。断じて。
だが、この少女が中学生になればどうだろう。この少女が高校生になればどうだろう。この少女が大学生になればどうだろう。
間違いなく、美人になる。
足を振っていた少女は俺の存在に気づき、こちらへと歩いてきた。
「似合ってるぞ」
「……え、へへ」
仄かに照れるように見せた表情。
俺の理性がぐらりと来た。
危ねぇ。
一瞬、襲いかかるところだった。
「んじゃ、飯でも食ってから本番戦だな」
「…………ん」
短く頷いた。
無表情かと思えたが、俺の観察眼が僅かに口元が結ばれているのを見抜いた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
近くのファミレスに入る。
俺は適当に頼み、少女はベーコンハンバーグセットを頼んだ。
どうやら、少女はベーコンが好きらしい。
小さな口でベーコンを少しずつかじって食べる姿は愛らしい。
「後は、言うだけだな」
「……はぃ」
俺は無視しているが、客……店員までもこちらをチラ見していた。
勿論、俺目当て、なんて訳ない。この少女が放つ可愛さは、ある意味妖艶とも呼べる。
「おっ、お客様!? 大丈夫でいらっしゃいますか!!?」
遠くで派手な音と共に、慌ててティッシュを持って駆け寄る店員の姿が視界に移る。
「実は、ここに呼んでるんだがな」
「……えっ」
その目が大きく見開かれる。嬉しさ半分、戸惑い半分といったところか。
「…………」
食べる手が止まり、不安を感じさせる表情で俯きだした。
「おいおい。そんなんじゃ、いつまでたっても一緒だぞ。少女は、方想いで終わらせるつもりか?」
「……」
その言葉に少女は首を強く振った。
おお、根はしっかりしてるんだな。
「なら、言わなきゃな。そこでなんだが……」
そういって少女を視界から外し、例の物を取り出す。
「あ!?」
今度は唖然となった。
目の前に誰もいない。席を立つ気配もしなかった。周りに視線を飛ばしても、どこにもいない。
「幻覚でも見てたか?」
アホらしくなり、笑って見せたが周りの視線を見るに誰もが店内を見回していた。
『虚空に消えるようにいなくなった』。まるで、その通りだ。
そして気付く。目の前に、先ほどには無かった紙ナプキンが一つおいてある事を。
おれに手を伸ばして、広げる。
「どうなってやがるんだ」
そこには、可愛らしい文字で泊めたのと、今日のお礼。そして謝罪が書かれてあった。
『どうしても外せない用事が出来てしまいました』と書いてある。
「ハッ。おかしな事もあるもんだ」
紙ナプキンを畳んで、ポケットに入れる。ちょうどその時、朱火が店内に入ってきた。
「おぅ、狭間。なんだ、話って」
何もしらない朱火がノコノコとやってきて、対面の席に座った。
「あぁ、実は……。とびっきりの美少女に出会ったんだ。あれは将来美人になるわ。それをいち早くお前に伝えたかったんだ」
「はぁ!? そんなことで俺を呼びだしたのかよ!?」
そんなやり取りに笑みを浮かべながら例の物をポケットにしまう。
よくわからないが、朱火を狙っているならば、いずれまた。
出会う機会があるだろう、と。