少女の恋
恋愛ものに久方ぶりの挑戦。
そんなに沢山書くつもりは無いです。
チリンチリン、と風鈴の音が聞こえた。
そろそろ夏だと言うので、春のように綺麗なタンポポ模様のカーテンを取り払い、太陽光を遮る効果が高い白を基調とした水玉が浮かぶものに変え、部屋は暑苦しくないよう模様替えも済ませてある。
そんな物静かな部屋の窓際、僅かに太陽光を覗かせる小さな丸テーブル。置かれたティーカップがキラキラと光を反射させている。
そこに本を置いてひたすら読書にふける一人の少女がいた。
夏が近づくというのに暑苦しそうな漆黒のゴスロリを身に纏っているが、その額には鬱陶しそうな顔は無かった。
ペラリ。
ただ、頬杖をつきながら気怠そうに次のページをめくる。
既に部屋にかけられた時計は昼をさそうとして、秒針をチクタクと12が待つ頂へと進む。
しかし少女は気にした風もなく、朝から読み続けている本をもう一ページめくった。
ペラリ。
「……ぁ!」
か細い、消え入りそうな声を少女は発した。驚きの余り、立ち上がる。
ドサッ。
引いた椅子が背後に並べられていた本達を蹴散らすが、少女は気にもとめず、その一節を目で何度も見直した。
「これなら、私でも……」
それは、奥手な自分が出来る唯一の事と類似している。
トクンと胸が高鳴る。
今までなかなか踏ん切りが付かなかったのだが、これなら自分でも出来る。
そう意気込んで、少女は出掛ける支度を簡単に済ませ、足軽く部屋を飛び出す。
主がいなくなった部屋に小さな風が吹いた。「チリンチリン」と風鈴が音を奏で、風に煽られて本がペラペラとめくられる。
その表紙には『必殺! これで落ちない男はいない!?』と書かれていた。
☆☆☆☆
少女は想像する。彼が振り向き、笑顔になる姿を。
自分を受け入れ、両手を広げてくれることを。
そんな妄想に浸っていると、男子三人の高校生グループがコチラに向かって歩いてくるのが電柱の陰から見えた。
一人一人、入念に顔を見つめる。その中に、愛しの相手がいた。
一度も話した事がない。それどころか名前すら知らない。
それでも良かった。
「……」
胸の鼓動がまた高くなる。
ドキドキして頭がクラクラしてきた。それでも、必ずやり遂げるという使命感が彼女の意識を引き留めた。
もう少しすれば、彼が目の前を通り過ぎる。
緊張はクライマックスだった。
心を落ち着けようとすると、目をつむり妄想に励む。
優しい彼。笑顔で微笑みかけてくれる。
だが、こんな時に限って不吉な想像をしてしまう。
もし振られたら。もし嫌われてしまったら。
もし、既に彼女がいたら。
「ぅぅ……」
胸がキュッと締め付けられるような痛みを覚える。
ズキズキと痛み出す。
「負けられ、ない……」
小さく呟いたその時、高校生達が電柱に急接近した。
意を決して飛び出す。
「うぉ!?」「わっ!!」「おぉ!」
三者三様の反応を見せる。
どうやら驚いたようだ。第一段階は成功。
「へぇ、可愛いじゃん! どうしたの?」
「ゴスロリ金髪キター!!!」
彼の両サイドにいた高校生が声をかけてくる。
髪を赤く染めたオールバックの男と、なにやらわけの分からない事を叫びながらはしゃぎ回る前髪で顔を隠す男を無視して、少女は彼の前に立つ。
「へ? 俺?!」
驚いた彼。首を縦に振って、心を落ち着かせる。
そして……
冥界の鎌を振り下ろした。
ズザンッッッッッッ!!!!!!!!!
辺り一面が吹き飛び、少女を境に前方が焦土となった。地平線まで続くその先までが、今の斬撃で漆黒に染まった。
「ぁれ……?」
辺りを見回すが、誰もいない。
彼もいない。
キョトンとした顔で少女は空へと浮かび上がる。
どうやら自分の鎌の威力で吹き飛ばしてしまったようだった。
彼がいなくなってしまっては、人界にいる必要はない。
少女は首を傾げながら、冥界へと帰って行くのだった。
☆☆☆☆
自室に戻るなり、少女は本を広げた。
先ほど通った天国行きと地獄行きを決める『審判の間』の脇を通った時、なにやら騒がしかった。
まさか自分が悪いとは思ってもいない少女は、先ほどの一節を音読する。
「……変。間違ってる?」
本の一節、『不意打ちの告白は成功率を上げる!?』と書かれた箇所を指でなぞりながら少女は言った。
ほどなくして少女は、持っていた本をゴミ箱に入れる。
使えないものと使えるものを整理するためだ。だが、深く思案する内に気付いてしまった。
「……そっか。……私、緊張して……それで……加減を間違えた……」
自分の過ちに気付くと、慌ててゴミ箱から回収し、丁寧に付いた汚れを払った。
少女が短く言葉を紡ぐ。
それは『冥界でトップに君臨するものだけが許される』強大過ぎる魔法だった。
少女は死神だ。
「死」を司りし者は、「生」をも操れる。
複雑な魔法が完成し、人界に雨となって降り注ぐ。瞬く間に世界は改変され、町の傷跡は消えて吹き飛んだ町が復活し、人間の記憶も残さず書き換えられてしまう。
「もう……一回……」
少女は小さく呻くように呟いた。
今回は先ほどのように緊張はしないだろう。
一度経験したならば、後は大丈夫なはずだ。
少女は小さく頷き息を整えると、再び自室を飛び出した。
しかし、少女は大きな過ちを犯している事に気付いていなかった。
『不意打ち』の意味を完全に理解するまで、町が何度も吹き飛んだのは言うまでもない。
いちよう、短編風に仕上げました……。
オチを読まれてなければいいなぁ。