09
話の大筋は決まっているのですが、遅々として進まないですね。
まだヒロインすら出てきてないという・・。
羊狩りにハッスルし過ぎた事で晒され、げんなりした俺は今日は街をブラブラしている。
もっと空いてる狩場でやるべきだったなぁ、と反省はするが、げんなりするのは別問題だ。
完膚なきまでに俺が悪いのだが、テンション下がるのは仕方あるまい。
そういや露店とかじっくり見るの初めてだなぁ、とふと思う。
というか俺、全身初期装備だしね。
ハッスルし過ぎた時に得たマトンやら羊毛は全て換金した為、俺の手持ちは10000Gほど。
ちょっとした小金持ちだ。ワンランク上の装備なら全身買えるだろう。
『久遠の幻想』において、装備制限という物はない。
武器においては装備する事でスキルを身に付けるほどだから当然だが、防具に関しても特に制限はない。
極端な話、全身を重装備でガッチガチに固めた魔術師、というのも可能だ。
しかしここで問題になるのが、隠されているとはいえパラメータが存在する事。
結論から言って、ローブを着た魔術師とプレートアーマーを着た魔術師では、前者の方が遥かに強い。
重装備は重いから速く動けない。ローブは軽いから速く動ける。
重装備はAGIにマイナス補正がかかり、ローブにはINTにプラス補正がかかるというのもある。
計算式は不明だが、廃神様の検証では2倍近い差になったそうなので、重装備な魔術師というのはあまり居ない。
ソロ志向で非効率でも固い方が良い、という奇特な人でないとやらないからだ。
現在の俺の装備は、麻布の服、麻布のズボン、羊ブーツのみだ。
見事な軽装初期装備。
防具の種類としては頭、腕、手、上半身、下半身、足の6種類。
俺は上半身、下半身、足のみだから半分しか装備していない事になる。
そろそろサービス開始から2週間が経つ。
生産職の人らも、攻略組な人らもそこそこ進んでいるだろうから、市場には装備がそれなりに流れている事だろう。
誰かのお古を着るとか嫌だなー、と思いつつも、VRなんだから汚れてる訳ないかと思い直す。
どうにも古着とかが馴染めないタイプなのだ、俺は。新品の服を買っても一回洗濯してから着るからな。
潔癖症ではないと思うが、どうにも「他人」を意識させる物には抵抗がある。
それはさておき。
取り敢えず短剣を「初心者ナイフ」より上等な物にするべく、「武器通り」と呼ばれる区画を巡る。
露店は何処でも出せるが、2週間の間におおまかな住み分けがなされたらしく、街の北通りが武器露店の集まってる場所だ。
ちなみに東が防具、西がアイテム、南はその他、となっているらしい。
武器通りにはうんざりする程に露店が並んでいた。
並んでいるのも長剣、短剣、槍、杖、etc...
おそらく職業クラスの数だけ存在するだろう武器種のうち、大半は既に売られているのではなかろうか。
短剣を目当てにうろうろしていると、妙な露店が目に入った。
他の露店にはちらほら目を留める人がいるものの、その露店は完全にスルーされている。
そして、店主も特に呼び込み等は行っていない様だ。売る気あるのか?
その露店に興味を引かれ、絨毯に並べられた品物を見てみる。
そこには、指輪らしきものを糸で繋げた物、10枚程しかないトランプの様な物、半径5cm程の大きさの球体を糸で繋げた物、etc...
はっきり言って、売ってる物が何なのか分からない。
「なぁ、店主」
そこで初めて店主を見てみると、短髪で不細工でもなければイケメンでもないという、ごく普通なプレイヤーだった。
強いて言うなら悪戯小僧、といった空気を醸し出している。
「ぇぁ? あ、あぁ。何だい兄ちゃん」
声をかけられるとは予想してなかったらしく、店主は反応出来ずに妙な声を出してから応対した。
「これ、何だ?」
絨毯に置かれた品々の内、最初に目に付いた指輪らしき物を指差し、訊いてみる。
「あぁ、そいつは鋼糸さ」
「鋼糸? 鋼には見えないが……」
「鋼糸、ってカテゴリなんだからしょうがねぇだろ、兄ちゃん。ワイヤーって言った方がしっくり来るかね」
「あぁ、そういう事か」
指輪を手にとって眺めてみる。両手の親指に嵌めて、手を離してみると間の糸が伸びた。
「伸縮自在、動きも制御出来るぜ?」
「ほほぅ」
店主の声に、試しに前後左右に糸を振ってみる。手は動かさずに。
「ふむ、これは面白いな」
指輪を外し、絨毯に戻してから、次の品物を指差し、訊いてみる。
「こいつは何だ?」
「符だな。こいつ自体にも攻撃判定があるし、魔術も込められる」
「ほぅ。魔術をか」
「あぁ。込めた魔術は任意で発動可能だから、近距離魔術を遠距離から使う、とか戦術は広がるぜ」
「ちなみに描かれてるのは何だ?」
「一応、『久遠の幻想』での12柱の神様らしいぜ」
どれも荘厳な雰囲気の、アール・ヌーヴォといったか? アルフォンス・ミュシャの絵に似てる雰囲気だ。
「で、これは?」
次に、球体を繋いだ物を指差し訊いてみる。
「アメリカンクラッカーか?」
「いや、微塵だよ。ボーラ、って言った方が分かり易いかね」
「ボーラ……。あぁ、あれか」
微塵というのには聞き覚えが欠片も無かったが、ボーラなら聞いた事がある。どっかの民族の狩猟武器だ。
「ブーメランみてぇに当てても戻ってくるし、任意で巻き付かせて足止めにも使える」
「……巻き付かせたら、無手になる気がするが」
「そこは微塵を2つ持つか、別の武器を持つか、だなぁ。こいつら皆、サブウェポンって呼ばれる位だからな」
サブウェポンは掲示板で見た事があるな。確か――
「武器カテゴリなのに、育てても職業が発現しない武器、だったか」
「あぁ、その認識であってるぜ」
サブウェポンというのは単に俗称であり、本当に職業が無いのかはまだ検証段階だ。
単純にLvが足りないのか、別の武器との組み合わせで職業が発現するのでは、という見方もあるが、補佐的な武器、という認識が一般的だ。
「店主は、見た所サブウェポンばかり扱ってるみたいだが」
「あぁ、まぁな。普通の武器じゃあ時間のある生産職には勝てねぇし、隙間産業的にイケるかと思ったんだがなぁ」
「まったく売れない、と」
くくっ、と思わず忍び笑いが漏れる。
店主はそれに怒るでもなく、苦笑して頭を掻いた。
「まぁ、趣味武器を趣味生産で作っただけだしな。痛くはないさ」
「鋼糸と、符と、微塵。ランクはいくつだ? 低くは無さそうだが」
「趣味に飽かせて作ったもんだからな。全部ランク5さ」
ちなみに俺の「初心者ナイフ」はランク1である。
「ランク5か。ちなみに短剣はあるか?」
「あぁ、一応短剣カテゴリ、ってのならそこにあるぞ」
店主の指差す先には、ガード付きの短剣があった。
「パリィを主体にした、マインゴーシュだ。これも細剣なんかのサブウェポンだな」
店主はそう言って肩を竦める。
「攻撃力は?」
「数値化されてないから何とも言えんな。マイナス補正は付いちゃいないが、プラスはDEX、VITだからな」
「ふむ」
数秒考え込む。そして、結論は直ぐに出た。
「鋼糸、符、微塵、短剣、4つ合わせていくらだ?」
「おぉ? 兄ちゃん、冷やかしじゃなくて買ってくれるのか?」
「あぁ。欲しいとは思うが……。悪いが手持ちは10000Gしかなくてな。どれがいくらだろうか」
「お、おぃおぃ兄ちゃん。流石に10000Gじゃあ」
「だから、いくらかと訊いているんだ。値段によっては諦めるしな」
「兄ちゃん初期装備だしなぁ、稼げる訳もないか。攻略組じゃないもんなぁ」
ぐずぐず言う店主にイライラするも、ふと隣の露店の呼び込みが耳に入ってくる。
「安いよ安いよー! ランク4のロングソードがたったの5000Gだよー!」
……。ランク4で一つ5000Gか。
ランクが上がれば上がるほど値段は跳ね上がっていくものだが……。
相場を知らな過ぎたか。10000Gじゃこの武器一つも買えないんじゃね?
「……悪い、世間知らず過ぎたな」
「いや、待った。待った兄ちゃん」
「ん?」
「流石に10000Gじゃ売れない。趣味ってさっき言ったは言ったが、大量生産出来ない分、一つ一つが高くなっちまう。どれも一つ8000Gは譲れない」
「そうか。なら……」
「いや、何か売れる素材とか持ってないか? 兄ちゃん見たとこ初心者っぽいが、羊の角とか羊の肝とか持ってないか?」
角も肝も30個位は持っている。
「持ってるには持ってるが……。羊のレアドロップなんて店主が使うのか?」
「そのまま強化素材にも出来るし、錬金で上位の強化素材にも出来るしで、基本的に『久遠の幻想』での強化素材は、どんなに低Lvのでも無駄にはならないんだよ」
「ふむ。ちなみに買取価格はいくらくらいだ?」
「いつもなら1個2000Gなんだが……兄ちゃん、俺の店の初めての客だからな! 2500Gで買い取るぜ!」
ふむふむ。2000Gが相場か。売らずに取っておいて良かった。
「なら、えーと、肝16個で良いか?」
「……は?」
俺の言葉にポカンとする店主。
「そっちから振った話だろうに、そんな顔するなよ」
「いや、あぁ、引き止める為に無理に出した話題だしな。持ってても2,3個だろうと思ってたんだよ。出世払いって名目を出そうと思ってた位だ」
「それは……」
思うに、この店主は良い人なんだろう。金が無い俺の事を思い遣ってこんな事を言ってくれるとは。
商売人としては決定的に駄目な人だが、良い人だ。
「ま、まぁ良いや。羊の肝16個と、この4つのトレードな」
そう言って俺の前に取引画面が表示される。
俺はそこに肝を16個入れ、店主が4つの武器を入れた事を確認してからOKを押す。
「まいどー」
「色々ありがとう」
礼を言って、その場から立ち去る。
「1個2500Gで16個じゃ貰い過ぎだって! おい、兄ちゃーん!」
気付いた店主が俺を呼び止めようとするが、聞こえないふりをして雑踏に紛れた。