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ビュ=レメンの舞踏会 ―星砂漠のスルタン―  作者: 滝沢美月
第3章 黄金の都 氷輪のスルタン
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第9話  悪しき因習の地



 黄金の都と称されるロ国、北の玄関口のシュチェン。オレンジ色の瓦屋根や柱の色鮮やかな色彩の港街の大通りを蜂蜜色の髪の長身の男が紺色のマントをはためかせて早足に歩いていく。


「……っ、……お待ちくださいっ」

「エマ、遅いぞ」


 ちらりと視線だけで後ろを振り返った男は、数歩後ろを走って追いかける男をエマと呼ぶ。エマはシーグリーンのロ国のでは庶民が着る代表的な衣装に身を包んでいる。

 蜂蜜髪の男よりも背が低く足のコンパスが違うため、息を切らして走りながら呼ぶ。


「ダリオ様ぁ……っ」


 大通りを抜けるとそこは一面のブルー。大型の船舶が何艘も停泊し、活気で溢れている。

 通りよりも大勢の人が行き交う港をダリオと呼ばれた――蜂蜜髪の男は何かを探すように港に止まる船舶に視線を向け、目的の物を見つけて迷いなく人込みをかき分けて進んでいく。

 人ごみで歩く速度が落ちたダリオにやっと追いついたエマは、肩で呼吸を整えながら言う。


「ダリオ様、勝手な行動はお控えください」


 諫めるように言ったエマに、ダリオは氷の瞳で一瞥し不敵に微笑む。


「今日は特別な日だ。私がどこでなにをしようと咎められるものはいなかろう? それよりも……お前がぐだぐだ言っている間に、アレ(・・)は到着してしまったようだ」


 誰もが恐れる冴え凍るダリオに、エマは眉尻を下げて礼儀正しく頭を下げる。


「申し訳ありません……しかし、わざわざあなた様自ら足を運ばずとも、監視役の貴族が派遣されているはずでしょう?」


 止めても聞いてもらえないと分かっていながらも言わずには言われなくて、肩を落として愚痴る。


「あんなもの――当てになどならん。所詮は悪しき因習にどっぷり浸かっていた奴らだ、正直に報告などすると思うか?」

「それは――」


 エマが渋る声を出した時、前方に目的の行列を発見したダリオが片眉を上げる。


「わっ……」


 急に足を止めたダリオの背中にしたたかに鼻をぶつけ、赤くなった鼻をさすりながらエマはダリオの顔を見て前方に視線を向けた。

 人混みの少し先――強張った顔の女性達が二列になって歩き、そこから放たれる奇妙な緊張感に周囲の人は遠巻きに通り過ぎながらちらちらと視線を向けている。

 二列の女性達の中、一人の少女にダリオの視線が向けられている事に気づいたエマは首をかしげる。

 その少女は薄汚れたセピア色のワンピースを着ている。他の女性達よりもみすぼらしい格好をしているが、そんなことよりも泥にまみれながらも銀色の輝きを放つ珍しい髪色に目がいく。

 しばらく見とれていると、少女は列の中で立ち止まり、最後尾についていた細身に顎髭を生やした商人体の男ともめ始めた。

 言い争う二人のとこにもう一人の商人――肥満体形の男が現れ、ところどころ男の声が聞こえた。


「……から、お前の所有者はギルドだ。つまりお前さんは……てことだ」


 くつくつと下卑た笑いが聞こえ、咄嗟に間に割って入ろうとしたエマをダリオが腕で制止する。


「しかし――」


 こんなこと見て見ぬふりをするのですか? そう抗議しようとし、ダリオの嫌悪に満ちた鋭い瞳を見て言葉を飲みこむ。

 この人は憤っている――

 ダリオを包む空気さえ刺々しく殺気立ち、顔は無表情だがその瞳には怒りが宿っている。

 一年かけてやっと忌まわしい因習を終わりにしたと思ったのに、何も変わっていなかったことに愕然とし、自分の力不足に嫌悪している。

 言葉にしなくてもダリオの怒りが伝わってきて、エマはごくりと唾を飲みこむ。


「口で言ってダメなら、体で分からせてやる――っ」


 ダリオの気迫に圧倒されていたエマは、商人の憤慨した叫び声にぱっと顔を上げる。

 商人は腰にさしていた鞭の柄を手にとり、身長の数倍の長さのある鞭を震わせて、銀髪の少女めがけて振り下ろしていた。


「あっ――……」


 今度こそ止めに行こうと思ったが、エマが動くよりも早く、横に立つ紺色のマントが風のように飛び出す。

 鞭が少女の元に振り下ろされる前に、飛び出したダリオが鞘に入ったままの長剣で商人の脇腹に一撃を加え、商人は悲痛な悲鳴を上げて意識を飛ばして床に倒れ込んだ。



  ※



 ダリオは商人が少女のことを物扱いしている事に憤っていた。

 憎むべき奴隷制度――

 その悪しき因習を断ち切ったと思っていたのに、目の前で変わらぬ現状を見てしまい、胸が疼く。

 商人に連れられて歩く労働娘達の顔は希望に満ちあふれるどころが緊張と疲労が見てとれ、数十日に渡る船旅が良いものではなかったことを物語っていて――

 銀髪の少女が鞭で打たれそうになった時は、考えるよりも先に体が動いていた。鞭を持った商人を懇親の一撃で昏倒させ、侮蔑の瞳で睨んだ。

 かつての奴隷商人が奴隷に言うことを聞かせる為に使っていた鞭――それさえも禁止したはずだったが、何一つ自分の願いが叶っていないことに愕然とした。



「こいつは労働娘だ。漂流してるとこを助けて拾った瞬間からこいつはギルドの所有物なんだよ。あんたがどこの貴族か知らないが、ギルドに口出しされちゃ困るな」


 少女の足を引っ張り床に倒し、そのまま足を引きずっていく商人。

 自分の言っていることは絶対で、ギルドの掟は絶対だという様に奢り高ぶった商人を怒りのまま切ってしまいそうになる衝動を、横に立つエマに制止されてしまう。


「ダリオ様……お怒りはごもっともですが、これ以上ここで騒ぎを起こして目立つの得策ではありません」


 小声で囁かれたエマの言葉に、ぐっと奥歯をかみしめて長剣の柄にかけていた手を下ろす。


「――待て。分かった、その娘は私が貰おう」


 冴えた氷の瞳を一瞬揺るがせ、冷徹な声で告げたダリオの言葉に足を止め振り返った商人は、にぃーっと目を細め下卑た笑みを浮かべる。


「はははっ。なんだ、いちゃもんつけてきたのは結局はこいつを自分の物にしたかったからか――確かに、こいつは珍しい銀髪で欲しくなる気持ちは分からないでもねーが。まぁ、そういう話はギルドで聞こうじゃねーか」


 にんまりと気持ち悪い笑みを浮かべる商人を侮蔑で細めた視線で見て。


「エマ――」


 呼ぶと同時にエマの手元から手のひら大の木札を素早く奪い取り、近寄って来た肥満体形の商人にだけ見えるようする。


「――っ!?」


 瞬間、商人の顔から下卑た笑みが消え、さぁーっと血の気が引く。

 離れたところにいた顎髭の商人が近づいて怪訝そうに首を傾げるが、肥満体形の商人はがくがくと口を震わせ目は泳ぎ、何を言っているかわからなかった。


「連れて行っていいな? ギルドは新体制の雇用機関だ、くれぐれも(・・・・・)労働娘達に無体を強いるなよ」


 問いかけながらも否の返事は受け入れない様な威圧的に言ったダリオは冴え凍る笑顔で商人を一瞥する。

 その様子を見たエマはため息をつき、腰を抜かした商人の横にいまだに座り込んだままの銀髪の少女に近づき、手を貸して立たせてあげる。


「大丈夫ですか?」


 少女はエマに問われ、ぎこちなく頷く。


「はい……あの……」


 不安げに瞳を揺らし、何か言おうとしている少女の言葉を遮り、エマは優しく笑いかける。


「お話は後ほど伺いましょう。とにかくあちらへ」


 そう言ってすでに歩きだしたダリオの後に続き、エマと少女は港を離れていった。




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