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ビュ=レメンの舞踏会 ―星砂漠のスルタン―  作者: 滝沢美月
第2章 瑠璃の輝き 蒼穹の王女
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第5話  運命の峡路(かいじ)



 もうすぐドレデスハンテを出る馬車の中、ティアナは国に帰ってからのことを考えていた。

 まずは心配かけたみんなに謝って。お父様は怒っているかしら……

 怒っていたら、仕方ないけれどちゃんとお説教を受けるわ。

 もうすぐ秋の収穫の時期だから、数ヵ月手伝えなかった分を取り戻すくらい準備や収穫をいっぱい手伝って。

 そうだ、久しぶりにエリクお兄様に手紙を書こう。今はどのあたりを遊学中なのかしら――

 あとマグダレーナのお墓に行ってみよう。建国の間にも。なにかティルラに関することが分かるかもしれない。

 それから――

 ルードウィヒについて……

 考え込んでいたティアナは、馬車がゆっくりと停止して顔を上げる。

 どうしたのだろうと物見窓から外の様子を伺うと、馬車を取り囲むように馬で並走していた護衛武官と御者が話していた。

 護衛武官の一人が騎乗したままティアナが座る右側の窓に近づき、ティアナが窓を開ける。


「申し訳ありません、ティアナ姫様。もう少しで国境を越えるところまで来たのですが、この先の道が土砂崩れで通れなくなってしまっていて……少し遠回りになりますが、隣国フルスの国境を越えてオーテル川沿いの街道に進路を変更させていただきます」

「土砂崩れで塞がれてしまったのでは仕方ありませんね。迂回路でお願い致します」


 ティアナはふわりと笑顔を浮かべて、武官に任せた。



 国境を越えフルス国に入ってからは道幅が狭く馬車の前後を二頭ずつ護衛武官が走り、うねる山間の道を進む。

 雨は一向にやむ気配はなく、昼間だというのに馬車の物見窓から見る外の景色は夜のように薄暗かった。

 ザァーっと降りつける雨の音は激しく、時々、馬のいななきとガタガタと車輪の軋む音が聞こえる。

 話そうにも雨音にかき消されてしまい、国境を越えたあたりからは会話が途切れ、ティアナもイザベルもうとうとと瞼をとじ、ジークベルトも目を閉じていた。

 ガコンッ――という軋む嫌な音と同時に車内が大きく揺れる。

 激しい震動にティアナとイザベルの体は大きく左右に揺さぶられ、ジークベルトは足で突っ張って体を支えていた。それは一瞬の出来事で。

 ガタタンッ――

 次の瞬間、再び大きな音がし、ひと際大きな馬のいななきが聞こえて馬車が大きく左側に傾く。


「きゃっ――」


 傾いた勢いで左側の扉が開いてしまい、近くに座っていたイザベルが馬車の外へと投げ出される。


「イザベル――っ!」


 悲鳴をあげ夢中で手を伸ばしたティアナはイザベルの右腕をぎりぎりで掴んだ。しかし――傾く馬車の中、体勢を崩してしまう。

 斜めになった床に足を取られ、イザベルの左手を掴んでいたジークベルトが引き上げた反動で、ティアナは雷雨で黒く覆われた空から降りしきる大粒の雨の中に放り出されてしまった――



  ※



 一度目の軋む音で、瞼を閉じていたジークベルトは瞳を開け、素早く足に力を込めて揺れる体を支えた。

 何が起きたのかと窓の外に視線を向けた次の瞬間、馬車が大きく右――進行方向むかって左に傾く。


「きゃっ――」


 轟音を立てる雨音の中に馬のいななきとイザベルの悲鳴が交じる。見やると、傾いた弾みで左扉が開き、イザベルが外へと投げ出されそうになっていた。

 ジークベルトは咄嗟に自分の体を支えるために前方の窓枠に右手をかけ、左手でイザベルの腕を掴む。傾いたままの馬車、イザベルの体重に引きずられそうになって、窓枠を掴んだ手にぐっと力を込め、思い切りイザベルを引きあげた。

 その瞬間――

 イザベルのもう片方の腕を掴んでいたティアナが反動で馬車の中から滑り落ちて行く。その様子がスローモーションでジークベルトの視界をかすめ、はっと気がついた時には馬車の中にジークベルトと引き上げられて床に突っ伏すイザベルしかいなかった――


「――っ!? ティア――……?」


 呆然と発したジークベルトの声は雨音にかき消される。

状況が理解できずに呆然とするジークベルト。そこに馬を降りた護衛武官の一人が近づいてくる。


「大丈夫ですか、お怪我はありませんか? 連日の雨でぬかるんだ場所に車輪がとられて馬車が街道からそれて川岸との段差に傾いてしまったようです……」


 安否を問い、今置かれている状況を冷静に説明する護衛武官の言葉に、凍りついたように目を大きく見開いていたジークベルトは数回瞬きし、掠れた声を出す。


「ティアナが……落ちた……――ティアっ!?」


 はっと我に返る。雨の降りしきる馬車の外にかけだしてティアナが落ちた辺りの場所に近づこうとしたジークベルトは、後ろから腕を引かれ制止させられる。


「いけません、ジークベルト殿っ! この先はオーテル川です。雨で氾濫してすぐそばまで河川が迫っています……っ」


 薄暗く激しい雨のせいでよく見えていなかったが、ジークベルトの足の二歩先には荒れ狂った河川の水がすごい勢いで流れていた。護衛武官が止めてくれなかったら、ジークベルトは今頃、激流の川に流されていただろう……

 オーテル川は国守の森の湖と海を繋ぎフルス国を縦断する細く長い河川である。川幅は狭く、穏やかな清流である。

 しかし今は、連日続く大雨で河川の水嵩が増し川岸まで溢れかえっている。流れる勢いは増し、荒々しく渦巻きあらゆるものを飲みこんで押し流していく。

 目の前の光景に――馬車から落ちたティアナの姿がどこにもないことを認め、思考がはっきりとしていく。

 ジークベルトは落ち着いた声で護衛武官に告げる。


「ティアが……ティアナが川に落ちて流されてしまった――」


 その声は雨音にかき消されない様な意思の強い声音で、その瞳は悲愴に揺れていた。




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