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ビュ=レメンの舞踏会 ―星砂漠のスルタン―  作者: 滝沢美月
第6章 月影のスルタン 月虹の王子
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第45話  月虹の花冠



 突き刺すような敵意をにじませた視線で睨まれたレオンハルトは、ふぅーっと細い吐息をもらし、天を仰ぐ。

 先程見た不気味に浮かぶ二つの月が嘘のことのように、今は綺麗な月がゆったりと天を支配している。

 ダリオがティアナを愛していること、伝えられない想いを胸の内に抱えていることに気づいてしまったレオンハルトは身につまされるように、少し自虐的な笑みをもらす。

 出会い、惹かれたイーザ国の少女。その気持ちになんと名前をつけるべきか分からなかったが、生涯を側で過ごしたいと思うような強い気持ちだった。

 それが――ティアナが氾濫した川に流され行方不明だと聞き、いてもたってもいられなかった。

 ティアナの無事を願い、ティアナを探すことも出来ない不甲斐ない自分を呪い、何を差し出してもいいから、ティアナを助けてほしいと思った。

 星砂漠で再会した時、ティアナが再会の約束を覚えていてくれたことに、会えたことを喜んでくれることに、どうしようもなく愛おしい気持ちが溢れてきた。

 愛おしい――

 その気持ちが強く胸に押し寄せ、ティアナを誰にも渡したくないと思った。

 今は異常気象など優先しなければならない国政があるし、ティアナに刻まれた刻印にたいする後ろめたさもある。

 だがそのすべてが片付いた時、想いを伝え、心も体も自分のすべてをティアナに教えたかった。

 その熱くたぎる想いを、ダリオも抱えているのだと知ってしまって、レオンハルトは複雑な気持ちに苦笑した。


「あの、レオンハルト様」


 後ろからティアナに声をかけられて、レオンハルトは笑みを隠して振り返る。

 ダリオを追っていったのか、エマと右大将軍も姿はなく、闘技場にはレオンハルトとティアナの二人だけだった。


「王宮には、条約のためにいらしたのですよね? なぜ決闘などなさることになったのですか――?」


 レオンハルトが王宮にいる理由を悟ってしまう聡明なティアナに苦笑し、ダリオとのやりとりをかいつまんで説明した。もちろん、自分とティアナとの婚約話うんぬん……の話を隠して。


「条約を結ぶのにふさわしい国かどうか、私の実力を試したいと申されたので……」


 決闘をすることになった本当の理由を隠すために事実を誤魔化し、ティアナに嘘をつく形になるのは後ろめたかったが、自分とダリオの名誉のため、我慢することにした。


「そうでしたか。お二人が決闘をなさると聞いた時は生きた心地が致しませんでした。もし怪我をなさるようなことにでもなったら――っと」


 ティアナの言葉に、怪我の心配をしたのが自分のことかそれともダリオのことなのかと嫉妬がうずまき、そしてすぐにそれをおさめる。

 ティアナ様のこと、きっと私とスルタンと二人の心配をなさったのでしょう――

 甲斐ない嫉妬に苦笑し、レオンハルトは首を傾げて澄んだ空色の瞳をティアナに向ける。さらさらと美しいレオンハルトの銀髪が揺れ、頬にかかる。


「ご心配をおかけして申し訳ありません」


 その瞳に、言い知れぬ熱が宿り、甘やかなきらめきをまとって、ティアナは胸をつかれる。

 ドキドキと鼓動が速くなり、頬が赤くなるのが分かって視線をさまよわせた。


「いえ、怪我などなさっていなくて安心いたしました。それで、ダリオ様は条約を結んで下さると――?」


 顔を上げて尋ねたティアナの瞳は、すでに動揺をおさめ、強い意志を宿してあざやかに輝いている。

 レオンハルトは複雑な思いにわずかに眉尻を下げ、困ったように微笑む。


「結んでくださるといいのですが――」


 ティアナはレオンハルトの言葉が言い終わるのを待たずに、身をひるがえした。

 闘技場を抜け、ダリオが消えた薄暗い王宮の通路へと駆けていった。

 その後ろには、月の光を紡いだような銀髪が波をうち、月光をはじいて眩しい光を放っていた。



  ※



 逃げるように闘技場を出たダリオは、自分の執務室ではなく、ハレムへと足を向けていた。

 通い慣れた道を進み、その先に自分が望む姿がないことを分かっていても、そこへ向かわずにはいられなかった。

 ノックもせずティアナのサロンに入ってきたダリオに、部屋で片づけをしていマティルデは驚きに目を見開き、それからとりつくろうように無表情をはりつけ頭を垂れた。


「ダリオ様、ようこそお越し下さいました」


 不在のティアナに代わって出迎えの言葉を述べたマティルデは、ふっと違和感に気づく。

 確か、アデライーデ様はダリオ様に呼ばれたと王宮へ――

 内心で首を傾げ表情には出さず、女官室へと引き返す。


「ただいまお茶をご用意致します」

「よい、私のことは気にするな――」


 マティルデを止めると、ダリオはゆっくりと窓辺に近寄り、そこに腰かけた。

 ただならぬ雰囲気をまとったダリオに、マティルデはわずかに眉根を寄せ、静かに一礼してその場を離れた。



  ※



 マティルデは幼い頃からダリオを知っている――

 そんな旧知の仲のマティルデに対しても、常に冷酷非情のスルタンの仮面をかぶり続けたダリオの、仮面がはがれかけていた――

 切なさと苦しみを秘めた悲愴な眼差しに、マティルデは胸がつかれ、側にいることが出来なかった。ダリオを慰めることが出来るのは、ただ一人だけだと知っていたから――



 マティルデは先のスルタンのハセキであり、ダリオの生母である――アデライーデという少女に仕えていた。

 アデライーデは南の連合国の一つ、ランゴバルト公国の出身で、その身分は低位の貴族の娘だったが。内乱で親を失い、人買いにさらわれ、奴隷娘としてロ国の奴隷市へ、そしてハレムへと連れて来られた。そして、アデライーデは時のスルタンに見初められ、ハセキへとなった。そして翌年に身籠り、ダリオを出産――

 ハセキになる直前にアデライーデに出会っていたマティルデは、ハセキの専属の女官となる。それから、アデライーデとダリオの世話をずっとしてきた。

 幼い頃は母親思いで優しい。物腰柔らかく、穏やかな眼差しの少年だった。アデライーデが亡くなるまでは――

 アデライーデの死因は病死とされているが、奴隷身分でスルタンの寵愛を得た彼女に対する嫉妬から。

 ダリオは母を苦しめたハレムを嫌い、奴隷制度を非難した。

 周りは敵ばかりだと、常に油断を許さず、自分に厳しくしてきた。愛情など信じられないと言い、そんなものは自分には必要がないと、冷めた目をして言ったダリオを見た時は、とても悲しかった。

 先のスルタンとアデライーデの愛情は確かなものだったのに、それさえも見えなくさせ、澄んだ瞳を陰らせてしまったハレム――

 滅多に足を運ばず、来る時は義務だから仕方がないというような嫌悪感をあらわにしていた。

 そのダリオが――自分の意思でハレムに女性を入れ、アデライーデと呼び、そしてハセキにした。

 それが偽りの愛などであるわけがないことは、マティルデには分かっていた。

 ダリオが初めて愛した女性に精一杯仕え、二人の仲を取り持とうとさえ思った。

 それでも――

 あんなに苦しそうにしているダリオに、何もすることが出来ない無力な自分が、マティルデは悔しかった――




ダリオのハレム嫌いの原因……

アデライーデの正体は、ダリオの母でした。

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