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ビュ=レメンの舞踏会 ―星砂漠のスルタン―  作者: 滝沢美月
第6章 月影のスルタン 月虹の王子
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第42話  黒衣の騎士、白衣の騎士



「私はティアナ様に無理強いして婚約を進めるつもりはない。ティアナ様が私を選んでくれた時はじめて、婚約の話を進める」


 ゆるぎない光を宿して言ったレオンハルトに、ダリオは苛立ちに俯いた顔を上げ、蜂蜜色の長い前髪を揺らす。


「ティアナ姫が誰を選ぶか――」


 ダリオは静かに言い、ふっと挑発的に口元を歪めて吐き捨てるように言葉を続ける。その瞳にはダリオの心を支配する黒い影がちらつく。


「道理のあることを言ってみせても、ドルデスハンテとイーザの国力の差は歴然。貴殿も国の力で話を進めるつもりなのだろう?」

「なんだと……っ」


 なじられ、澄んだ空色の瞳にわずかに苛立ちをにじませたレオンハルトは語調が荒くなる。


「私はっ、そのようなことは……」


 それまで真摯な態度を守ってきたレオンハルトが顔を屈辱に歪ませたのを見て、ダリオは満足そうに口元に歪んだ笑みを浮かべる。


「それならば、どちらが正しいことを言っているか――ロ国の伝統にのっとって、決闘で決着をつけようじゃないか」


 氷の瞳に挑戦的な光をきらめかせたダリオを見て、レオンハルトはぐっと顎に力を入れる。挑発だと分かっているのに、カッと瞳に不敵な光をまたたかせる。

 ここで引いては自分の言った言葉を証明することは出来ない――

 王子として最良な判断は――時間をかけてでも慎重に話しあい、確実に条約を結ぶ方法を探すことだ。そうと頭では分かっているのに――

 一瞬は、ダリオも自分と同じ気持ちなのだと思ったレオンハルトは、ティアナの気持ちを無視、物のように扱うダリオに腹の内側から怒りの感情が湧きたつ。

 愛しい気持ちが渦をまき、激情に走らせる。

 冷静さを失ったレオンハルトは考える間も置かずに頷き返していた。


「いいでしょう――どちらの言い分が正しいか、決着をつけましょう」


 それが軽はずみな選択だと、レオンハルトは後悔はしなかった。



  ※



 側で二人のやりとりを見ていたエマは、ダリオの言葉にくっと息を飲みこんだ。

 ダリオがレオンハルトとの面会をすんなり受けいれたのは、条約を結ぶためだと思っていた。一度は跳ねのけた申し出だが、異常気象による被害はロ国でも顕著に現れはじめ、条約を結ぶ必要性はエマにも分かっていた。

 だから、ダリオから条約の条件として、アデライーデの婚約を阻止しようとする言葉を聞いて驚きを隠せなかった。結果、決闘を行うことになってしまったことにも――

 ダリオがどんなにアデライーデのことを愛しているか、エマはずっとダリオの側で見てきていたから知っていた。そして、自分の気持ちを押し殺して、アデライーデとの約束通り、手放そうとしていることも。

 それなのに、どうしてアデライーデを賭けての決闘を行うことになってしまったのか――

 自分がどこかで止めるべきだったのかと悩み、その答えを見つけることの出来ないまま、エマは部屋の奥に視線を向ける。

 闇を切り取ったような漆黒の衣をまとい、甲冑を身につけたダリオが振り返り、その手には同じく黒の盾、剣が握られている。

 全身を黒で包んだダリオは凛としたあざやかな輝きを放ち、闘志にみなぎった瞳を光る。

 あまりの威圧感に、不覚にも背筋を震わせてしまったエマは、表情を引き締め、ダリオに話しかける。


「ダリオ様、レオンハルト殿下は着替えを終えられ、闘技場に向かいました。それと、指示通りに迎えも……」


 言葉を濁したエマに、ダリオは一瞬、その瞳を切なげに揺らす。


「分かった。私は闘技場に向かう前に行く場所があるからな――。殿下にはしばし待つように伝えてくれ」


 言うと同時にダリオは後にし、王宮の一角、ティアナの待つ部屋へと足を向けた。



 レオンハルトと決闘することになったダリオは着替えのために自室に戻る途中で、ハレムへと使いを出した。

 ティアナを王宮の一室に閉じ込めておくように――

 無理やり心の奥底に閉じ込め蓋をした気持ちは、あの瞬間――星砂漠で甘美な誘惑に心が揺れた時から、閉じ込めたはずの心にあいた小さな穴から、少しずつ、少しずつ、欲望があふれていった。

 ダリオはその事に気づかないふりをし、精神力だけでそれを押さえ続けた。が――無視できないほど大きくなった欲望が甘やかにささやきかける。

 このまま気持ちを押さえ続けるのか、なかったことにできるのか――

 自分が自分の気持ちを認めないで、それでいいのか――

 ダリオは思ってしまった。一度だけでいい、自分の想いをすべて打ち明けたいと。隠すことなく、じりじりと胸を焦がす炎を、心を壊しそうなほど強く想う気持ちを、ティアナに受け止めてほしいと思った。

 そのために、ティアナを帰す訳にはいかなかった。



 ティアナがいるはずの部屋まで来たダリオは、ゆっくりと扉に向き直る。

 コツンというダリオの靴音が、大理石の廊下に切なく響く。

 激情に突き動かされて部屋までやってきたダリオは、炎のたぎる瞳に苦しみの影をわずかに落とす。

 何を言うべきか、言葉につまるダリオに、室内から戸惑いがちな声がかけられた。


「ダリオ様――。ダリオ、さ、ま……?」


 氷の瞳をもどかしげに曇らせたダリオはきゅっと足を踏みしだく。

 蜂蜜色の髪のかかる横顔は精悍で、黒い衣装がはえる。

 ゆっくりと開いた口からは、掠れてハスキィだった。


「アデライーデ、ハレムにいるのは記憶を取り戻すまでと約束したが――お前にはもう少しの間、ここにいてもらう……」


 自分の想いとティアナの幸せを願う気持ちとに挟まれて、悲鳴のような声を絞り出した。

 ティアナの幸せを望む――それがダリオの本心であることに、変わりはなかった。

 ただ、その前に、一度だけ――

 素直な自分の気持ちを、受け止めてほしかった。

 閉じ込めて行き場を失くした気持ちは、その身を滅ばすようにひどく心を締めつけて苦しかった。

 スルタンとして、いつも自分のことよりも国や民のことを第一に考えてきた。いつかは国の利益になるような女性を娶ることにも異論はない。

 ただ一度だけ。

 スルタンではなく一人の男として、自分が愛した女性に熱くたぎる想いを心のままに打ち明けたかった。

 悲痛な想いを抱えて、やりきれないような苦しさを秘めて数日を過ごしたダリオの、望みだった。

 そのために、レオンハルトを挑発し決闘するように仕向けた――


「用事がすみ次第、迎えに来る――」


 それまでの迷いを一切消し去った氷の瞳をきりりと上げ、ダリオは決意と共にティアナに甘く囁いた。

 気持ちを伝えるために必ず勝つと――



  ※



 闘技場――

 黒き衣装をまとったダリオと白き衣装をまとったレオンハルトが向かいあって立っている。その間に、エマと鎧をまとった厳つい体格の四十ほどの男性が立つ。


「それではこれより――我が国の伝統にのっとり、決闘をとり行います。決闘責任者はロ国右大将軍が務めさせていただきます」


 エマの言葉に、厳つい男が体を折り曲げるようにして会釈する。


「勝敗を決するのは、どちらかが決闘を続けられないと判断した場合です。なにか質問はございますか?」


 ゆっくりと無感情の瞳をレオンハルトに向け、レオンハルトは澄んだ瞳をダリオから一瞬、エマに向ける。


「いいえ――」

「わかりました」

「それでは。これよりは私がとり仕切らせて頂く。両者、剣を構え――」


 エマの言葉を引き継いだ右大将軍の威厳のある声に、細かい金模様のはいった黒い柄をにぎり剣を抜いたダリオは自分の顔の前に片手で剣を捧げ持つようにする。

 レオンハルトも同じように、白い柄の剣を掲げる。


「正々堂々、己の剣に恥じることのなきよう――始めっ!」




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