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ビュ=レメンの舞踏会 ―星砂漠のスルタン―  作者: 滝沢美月
第6章 月影のスルタン 月虹の王子
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第39話  奪われる心



 部屋に戻ったティアナは、ドキドキと高鳴る胸元を両手で押され、ふぅーっと小さなため息を漏らした。

 記憶を取り戻し、レオンハルトにも会うことが出来て嬉しいはずなのに、なぜだか素直に喜んでいてはいけないような複雑な気持ちだった。

 なにか恐ろしいことでも起きそうな嫌な予感が胸に渦巻き、落ち着かなかった。そう、国境で雨雲を見た時に感じた胸騒ぎに似たものを感じて、ティアナはきゅっと唇をかみしめた。



 翌朝、一足先にイヴァー・オアーゼを発つと言っていたレオンハルトとその侍従が挨拶にみえ、ティアナは手短に別れをのべる。

 すでに昨夜、イーザ国に使いの者を出したと聞いて、レオンハルトの気遣いにティアナは胸に温かな気持ちが満たされた。

 それから、朝食をダリオと一緒にとるためにダリオのサロンに向かったティアナは、部屋のソファーにどかりと腰掛け、不機嫌そうに眉根に深い皺を刻み、氷の瞳をギラギラと鋭く光らせているダリオを見て目を見張る。

 昨夜、ダリオに記憶を取り戻したと話した時は物腰やわらかく優しげに瞳を細めていたが、最後に見たのはレオンハルトに威圧的な瞳を向けて去っていくダリオだった。

 ダリオがまとう、触れた者を見境なく切り裂いていくような尋常じゃない威圧的な雰囲気に、ティアナは一瞬気圧し、それから、ダリオが威圧的なのはいつものことかと思い直す。だが。

 ティアナに気づいたダリオが、斜めに見すえた瞳をふっと和ませ、直後、ギラギラとたぎる熱を帯びたのを見てしまい、胸をつかれる。

 胸に抱えた激情を、押さえようとして押さえられず――その苦悩に必死に抗おうとしているように見えて、ティアナは不安に瞳を揺らしエマに視線を向けた。

 その視線を受けたエマは、困ったように眉根をよせ、こくんと頷き返す。

 次々と朝食の運ばれるダイニングテーブルについたティアナに近寄ったエマは、その耳元に小声で囁く。


「ダリオ様は昨夜一睡もしておりません……何かずっと、考え深げに窓辺に座っていました」


 エマ自身、レオンハルトとの対面を見ていて、ダリオの心情は理解できた。だがそれだけが原因で、睨むように夜空を見上げていたとは思えなかった。


「そうですか……」


 ダリオの様子がやはりおかしい事にティアナは眉根を寄せ、だけどその理由に全く思い当たらずに肩を落とす。

 短い間とはいえ、ダリオの側にいて自分はずっと助けられていたのに、ダリオが悩んでいる時に何も出来ない自分が歯がゆかった。

 何を悩んでいるか問うことも憚られるような鋭い雰囲気に、ティアナは一言も口を開けないまま、朝食が終わってしまった。

 ちらりと向かいに座るダリオに視線を向け、長い睫毛の落とす影の中に憂いを見つけて、心が痛んだ。

 だけど、何と声をかけていいのか分からず、仕方なく席を立とうとしたティアナは、ぐいっと力強く腕を引かれて、目を瞬く。

 見上げると、そこには無表情のダリオが腕を掴んでいた。

 戸惑いに瞳を揺らすティアナの腕を無言で引き、二人掛けのソファーへと足を向けたダリオは、自分のすぐ横、ぴたりと体がくっつく距離にティアナを座らせ、長く逞しい腕の中に隠すように抱き寄せた。

 突然の出来事に事態を掴めないティアナは目をぱちぱちと瞬きさせる。

 時々、ダリオは無性にティアナを側に起きたがり、髪や頬に触れることは多かったが、こんなふうに大胆に体を寄り添わせるのは初めての出来事で、ティアナはどうしてらいいのか分からなくて戸惑ってしまう。

 もし、こんな至近距離で、ダリオの魅惑的な瞳で見つめられでもしたら心臓が持ちそうもないと思ったティアナだったが、ダリオはティアナに視線を向けずに、壁際に立つエマへと視線を向ける。


「エマ、もうじき王宮からの使者が来るはずだ。着き次第すぐにここに通せ」


 エマはわずかに眉根を寄せる。


「すぐに……ですか。よろしいのですか?」


 てっきりティアナとの別れを惜しみ、二人きりで時間を過ごすのかと思っていたエマは、仕事をする気満々のダリオを訝しむ。だが、ダリオの表情が冷酷非情のスルタンの顔であることに気がついたエマは、それ以上食い下がらずに、一礼して部屋を出た。

 気をきかせて部屋の外に出たエマは、間も空けず現れた使者に内心で舌打ちし、何事もないような無表情でサロンへと通した。



 太陽が中天に登り、そして西の空に沈むまで、ダリオは結局、ティアナとの別れを惜しんで時を過ごすことはなかった。

 使者から報告を受け、持って来させた執務にとりかかり、あちこちへと指令を出し、日が沈む直前に使者を王宮へと帰した。ただ――

 その間、ティアナをずっと側に置いたまま、一時も側から離そうとはしなかった。昼食もソファーに二人並んで座ったままとり、ティアナの腰へと回した腕を解くことはなかった。

 さすがに夕食時はそれぞれの椅子へと座ったが、食べ終わるとすぐにティアナの腕を引き――当然のように自分の寝室へと連れ込んでしまった。

 ちゃんとティアナの食事が終わるタイミングを待ってから腕を引かれては、ティアナも拒否することもできず、華麗な仕草で腰を引き寄せられる。

 側で成り行きを見守っていたフィネは頬を染めて口元に手を当て息を飲みこみ、エマは瞬き一つせず、きらめく瞳で二人の後ろ姿を見送った。


 

  ※



 パタン――と、閉じた扉の音だけが静かな室内に響き、ダリオに抱き寄せられるように寝室に連れて来られてしまったティアナは動揺を隠せずに瞬いた。


「あの、ダリオ様……」


 戸惑いがちに名を呼んでダリオを振り仰いだティアナは、氷の瞳の中に言い知れぬ熱を宿した眼差しで強く見つめられ、心臓が跳ねる。


「アデライーデ――」


 愛おしげに名を呼ばれ、見つめ合ったまま沈黙が流れる。

 ふっとダリオの蜂蜜色の瞳の中にうっとりするほど甘い光がきらめいて、ティアナは息が止まるかと思う。その瞳があまりに美しくて、吸い込まれそうで――

 ふわりと薫るような甘い微笑みを浮かべたダリオは、ティアナの腰にまわした腕にきゅっと力を込めて引き寄せると同時に、ティアナをその腕の中に抱き上げた。瞬間、ダリオのたくましい体をすぐ側に感じたティアナはときめかずにいられなかった。

 記憶を取り戻し、レオンハルトによせていた恋心が胸をしめていても――

 記憶のない間、不安に押しつぶされそうになった夜、側にいて支えてくれたのはダリオだった。身元も分からない自分に優しく接してくれ、いつも気遣ってくれた。冷酷非情と恐れられているダリオが心優しい人だということも、薫るような華やかな笑みを浮かべることも知っている。

 魅惑的な微笑みに見つめられて、何度もときめいて、これが恋なのかと考えた。

 ただ、自分は偽りの花嫁であり、ダリオが向ける甘やかな瞳は周囲を誤魔化すための偽りの愛情だと思っていた。だけど――

 今、ティアナを見つめるダリオの瞳が切なさを帯びて深い輝きを放つ。その焦がれるような熱が、強く求めるような光が――偽りとは思えなくて、ティアナの心を奪った。

 ティアナは身じろぐことも、声を出すことも出来ずに抱きあげられたままベッドまで連れていかれてしまう。

 ぎしっとベッドの軋む音と共に、仰向けに転がされたティアナの上にダリオがおおいかぶさるように近づいてくる。ゆったりとした服からよく日焼けしたダリオのたくましい肌が見え、色っぽくてドキンとする。息が触れるほどの距離に男らしさを強く感じて、息をつめる。

 振り仰ぐと、ダリオの美しい瞳が強く輝き、息が止まるほど見つめられて目眩がした。

 その瞳の中に、嵐のように激しい情熱が立ち上がり、あでやかに煌いている。


「アデライーデ、目を、とじて……」


 言いながらダリオはティアナの耳の両脇に肘をつき、片手で手を握り、もう片方の手の甲でティアナの頬にゆっくりと触れる。

 ティアナはわずかに赤くなった目元を揺らす。

 ダリオはティアナの返事を待たずに、顔を傾けてティアナの額にキスを落とすと、ふっと極上に甘やかな微笑みを浮かべる。腕をティアナの背中にまわしてそっと抱きしめ、ティアナの髪の中に顔をうずめ、甘い囁きをもらす。そのまま――静かな吐息が寝息に代わった……



 体を緊張に強張らせていたティアナは、わずかに頭を持ち上げて、ダリオの顔を覗きこむ。

 その寝顔が安らぎに満ちているのを見て、きゅっと胸が締め付けられる。

 ドキドキと早鐘のように打ち付ける心臓の音を耳の奥に聞いて、ティアナは泣きそうに顔を歪めた。

 レオンハルトへの気持ちをさらっていくような大きな波が押し寄せ、ダリオに強く惹かれてしまったことに、どうしようもない不安が胸を押しつぶす。

 私はダリオ様のことを――?

 自分の気持ちが分からなくて、自分の意志とは関係なく心が奪われそうで……怖かった。




あまあま展開でございます。

ダリオ派のみなさん! 

いいとこで寝不足で寝ちゃったダリオを……応援してあげて!!

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