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ビュ=レメンの舞踏会 ―星砂漠のスルタン―  作者: 滝沢美月
第6章 月影のスルタン 月虹の王子
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第37話  君を愛す



 アデライーデが王宮を発ってから二日後。執務を済ませたダリオは、護衛を連れていくようにと引き留める臣下を氷の瞳で一蹴し、エマのみを連れて足早に厩へと向かった。

 執務室を出る直前、南と北の国に放っていた密偵からの報告を受け取ったダリオは、一刻も早くイヴァー・オアーゼに向かい、アデライーデに確かめたいことがあった。

 そのためには物々しい護衛などつけず、単騎、馬を駆っていますぐに王都を飛び出したかったが、護衛をつけろとうるさく言う臣下たちの手前、口実にエマを護衛として連れていくと言ったのだが――

 考え深く、聡明だと自負していたダリオは、とんでもないミスをしていた。

それは王宮を出てすぐのこと。疾走する馬から後ろを振り返って見れば、後に続いているはずのエマの姿が見えない……

 若きスルタンの優秀な側近であるエマニエルは、文官でありながら馬の扱いにも慣れ、すごい速さで馬を駆るダリオにもついていける数少ない人間だが――


「私は星砂漠に赴くのは初めてなんですよ、分かっていますかっ」


 厩で眉根を寄せて呟いたエマの言葉を思いだして、慌ててたずなを引く。

 エマは方向音痴だと知る者は少ない。何度か通った場所ならば大丈夫らしいが、初めての場所では必ずと言っていいほど迷う。普段なら、ダリオのたずな裁きにもついて来れるエマの姿が見えないのは迷っているからだった。

 引き返したダリオは無事にエマを見つけ、エマから自分が見えるようにつかず離れずの距離を保ち、急く気持ちを押さえて馬を走らせた。

 本当ならば、もっと速く走らせ、今頃は――

 そんなじれんまを押さえていたダリオも、馬を走らせ二日。前方にイヴァー・オアーゼの木々が見えると一気に馬の速度を上げ、必死にダリオの後を追うエマを置いて行ってしまった。

 ただひたすらに、アデライーデに早く会いたいと募る思いのまま駆け、見えない姿を探し、足を砂にとられながらも砂丘を全速力で登りきった。そこでダリオは、砂丘の反対側で、見知らぬ男に抱きしめられたアデライーデを見つけ、針のようにギリッと瞳を光らせた。


「アデライーデっ!」


 考えるよりも先に、ダリオは鋭く叫ぶと、砂丘をすごい勢いで滑り降りた。


「アデライーデ――っ」


 ダリオはもう一度、威圧的に呼ぶと同時にアデライーデの二の腕を掴んで強く自分の方へ引き寄せた。その腕の中に隠すように抱きしめると、砂の上に座り、先程までアデライーデを抱きしめていた銀髪の男に鋭い視線を向けた。

 そして違和感に気づく。男が、アデライーデのことを知らぬ名で呼んでいる事に――

 ダリオはズキンと胸の奥から鈍い痛みが広がるのを感じながら、アデライーデを見つめ。


「すべてを、思い出しました……」


 アデライーデのひどく掠れた声に、ダリオは瞳の中に憂いの影を落とす。

 ずっとアデライーデが記憶を取り戻したがっていたことは知っている。国に帰りたがっていることも知っている。ハレムにいるのは、ダリオのハセキとして側にいてくれるのは、記憶を思い出すまでの間だということも――

 初めから美しい銀髪が気に入っていた。強い意思を宿す翠の瞳、誰もが恐れてまっすぐに見ようとしない自分の瞳を初めからまっすぐに見つめてきたあの瞳が気に入っていた。アデライーデに会うためにいつもは馬鹿にしているハレム通いも毎日欠かさず足を向けた。彼女の顔を見るだけでその日の疲れが吹き飛ぶ。彼女の柔らかい肌に触れれば、もっと触れたいと思ってしまう。

 自分の気持ちを自覚した時から、何度となく心が愛しく締め付けられた。

 密偵からの報告で、アデライーデが南の国の王女かもしれないと情報を得てからは、そのことで頭が一杯だった。

一刻も早く確かめたくて。そして、記憶が戻っても、ずっと側にいてほしいと願った。だけど。

 あざやかな光を浮かび上がらせて自分を見つめるアデライーデの瞳が、郷愁に切なく彩られていて、ダリオはぎりっと奥歯を噛みしめて斜め下を向いた。

 愛しているからこそ――アデライーデの幸せを願わずにはいられなくて、何も言えなくて、悲痛に顔を歪めた。

 ただ、時間が早く過ぎてしまえばいいと思っていた時、エマの乱入にダリオは内心ほっと溜息をもらした。

 すごい剣幕でダリオに噛みつくエマを、ダリオは内心を隠して適当にあしらい、宿屋に戻るべく砂丘を登り始めた。

 砂丘を半分ほど登った時、ふっと仰ぎ見た空に、星が奇跡を描きながら空を走り抜けた。


「流れ星……」


 そう囁いたダリオの声に重なって男もつぶやいたことに気づいたダリオは振り向く。

 アデライーデは男の方を見て、二人で見上げるように空を見ていた。ダリオの脳裏に星降りの丘の言い伝えがよぎり、その瞳をギリッと光らせて、いまいましそうに舌打ちした。



 宿屋の自分の部屋に戻ったダリオは、ティアナの身を案じたフィネとオスヴァルに無事を伝えると、人払いをした。

 室内には、中央に置かれた応接セットのソファーにダリオとアデライーデが向かいあって座り、その側の壁際にエマが、入り口に近い場所に男が立っていた。

 ダリオを見つけた時は、男の存在に気づいていなかったエマは、いつのまにか一緒にいる男を横目でちらりと見つめ、ダリオが追い出さないのなら、なにか関係がある人物なのだろうと察して、視線をソファーに座る二人に戻した。

 ソファーに座ってから、緊迫した空気のまま一言も話さずに時が過ぎ、ふっと視線を上げたアデライーデがゆっくりと口を開いた。


「私の名は、ティアナ・ローゼマリー・イーザと申します。ここロ国より南に位置する小国イーザの第一王女です。北のドルデスハンテ国からの帰り道、連日の大雨でぬかるんだオーテル川沿いの街道で馬車が転倒し、川に投げ出されて――……」


 その時のことを鮮明に思い出したアデライーデ――ティアナは眉間に皺を刻む。


「海でアスワドに拾われたというわけか……」


 途切れさせた言葉を引きとったダリオは、広げた足の上で組んだ両手をぎゅっとにぎりしめる。

 予想どおりの身元に、それほど心が動揺することはなかった。

 確かにここ最近、西の国境辺りで大雨が続いているという報告を受けている。その影響か、都を無数にめぐる水路の水が増していることも報告を受け、その対策をとっているところだった。

 それよりも、ダリオが気になるのは入り口の側に立つ男。おそらくティアナの素性を知る者――

 少し癖のある、ティアナよりも暗めだが銀の輝きを放つ髪は肩よりも少し長く、澄んだ切れ長の瞳は空を思わせる、精悍な顔つきの男は、上品なダークブルーのマントを羽織っていた。

 ロ国に銀髪はいない。そもそも大陸全土で銀髪が珍しく、その中でもロ国と隣接する北のドルデスハンテ国と南のイーザ国にはわずかだが存在する――特に王族には多い。

 ドルデスハンテ国の王族がなぜ星砂漠に――?

 アデライーデとは一体どういう関係なのか――?

 懸念と胸騒ぎに眉根をよせたダリオは、向かいに座るティアナがその瞳を不安に揺らしてこっちを見ていることに気づく。

 ダリオは氷の瞳に複雑な光を宿し、その中に一筋の憂いを浮かべる。ゆっくりと目を閉じると、強い輝きを浮かべたその瞳をまっすぐティアナに向けた。


「――っ、アデライーデ、それでお前はこれからどうしたい?」


 自分の知らない名で呼ぶのはなんだか知らない存在に感じそう食に障るから、口を開けたダリオは一度閉じ、あえてアデライーデと呼ぶことにした。

 ティアナがどうしたいか――

 そんなことは聞くまでもなく分かっていたが、本人の口から聞くまでは――とわずかな希望を胸に抱きしめた。




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