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ビュ=レメンの舞踏会 ―星砂漠のスルタン―  作者: 滝沢美月
第5章 希望のノクターン 星降る砂漠の伝説
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第35話  月のキセキ



 向こう側が見えないほど高くそびえ立つ砂丘をティアナはゆっくりと登り始めた。

 流れ星が見えるのは明晩からということで、この時間、砂丘を登っているのはティアナただ一人だけだった。

 イヴァー・オアーゼから出るわずかな光と月明かりの中、ティアナは黙々と砂の丘を登り続けた。途中、靴の中にどんどん砂が入ってきてしまい、ティアナは靴を脱ぎ手に持ち、手を地面につく。バランスを失えば、転げ落ちてしまいそうな急斜面をどうにか登りきり、振り返ったティアナは、きらめくイヴァー・オアーゼを見て息をのむ。

 月の雫がこぼれたように星の砂が輝き、あたりを幻想的に包み込んでいた。まるで星が降ってきたようで、ティアナは思わず天を仰ぎみて、砂に足を取られてバランスを失って。


「きゃあ――……」


 ざざっと砂のこすれる音がして、バランスを失ったティアナは砂の坂を転げ落ちてしまった。

 ドサドサドサ……

 砂埃がおさまり、ティアナは嘆息をもらす。

 せっかく星降りの丘の頂上まで登ったのに、また登りなおさなければならない――そう思ったティアナは、あたりを見回して様子がおかしい事に気づく。

 イヴァー・オアーゼに生い茂っているはずの木々も建物もなく、ただ時折月の光を反射する砂漠が続くだけだった。

 横たわるティアナのすぐ側に背の高いサボテンが生え、大きな白い蕾が一つ、今にも咲きそうに膨らんでいた。

 イヴァー・オアーゼ側ではなく、丘の反対側に落ちてしまった――?

ティアナはすぐに自分の状況を把握して、それからゆっくり身を起こそうとして、砂を触ったはずの手の感触が温かくて、自分がなにかの上に乗っていることに気づいて慌てて飛び起きる。


「あっ……」


 そこには、星空を切り取ったようなダークブルーのマントを羽織った男が横たわっていた。

 砂丘を転げ落ちたティアナは、丘の下にいた男の上に落ちてしまったのだった。

 少し癖のある銀髪を風に揺らし、澄んだ空のような瞳は切れ長で、通った鼻筋、高い頬、気品に満ちた美しい顔立ちに、ティアナは思わず見とれてしまう。

 男は乱れて顔にかかった髪を無造作に掻き上げ、前髪の奥の群青色の瞳をティアナに向け、瞠目する――


「ティ……アナ、様……」


 その瞬間、ズキンっと激しい痛みがティアナの頭を襲い、眉間に皺を寄せて額に手を当てた。

 耳鳴りがし、頭が割れそうに痛み、ティアナはその場にくずおれるようにしゃがみ込む。


「ティアナ様――っ」


 そう呼んだ男は、ティアナに駆けよると、大きな手でティアナを包み込むように、強く抱きしめた。

 ズキズキと痛む頭を押さえて、ティアナは、かすむ視界を銀髪の男に向ける。

 ずっと胸の中にいた愛しい面影にかかっていた靄がぱっと晴れて、ティアナは切ない声でつぶやく。


「レ、オン……ハルト……様……」


 パチンと何かがはじけた音がして、ものすごい量の記憶がティアナの脳裏を襲う。そして、すべてのことを思い出したのだった――



  ※



 時を遡って、十五日前――

 ドルデスハンテ国の執務室でソファーに腰掛け、アウトゥルが持ってきた手紙に目を通していたレオンハルトは、その端正な顔立ちを青ざめさせた。

 レオンハルトが手にしているのはイーザ国に戻ったジークベルトからの手紙で内容は次の様なものだった。

 連日続く大雨でぬかるんだ道で馬車が傾き、侍女イザベルが落ちそうになったところをティアナが助け、その反動で氾濫した川に落ちてしまったこと。

 すぐ側にいながらティアナを守れなかったことを悔やんだジークベルトの謝罪と、その後の捜索状況。

 天候は回復し捜索の手を広げたが、オーテル川沿いは一通り探しつくし、未だに見つからない。おそらくオーテル川の下流――海の方へ流されたのではないか、というものだった。

 ティアナの行方の手がかりが書かれているのではないかと期待していたレオンハルトは、目に見えて落胆し、静かに脇の小卓に手紙を置いた。

 ソファーの背もたれに体を預け、仰向いてぎゅっとつぶった目頭を押さえる。

 カチャリという食器の音に仰向いたまま目を開けたレオンハルトは、小卓にティア―カップを置いたアウトゥルと視線があう。


「レオンハルト様、紅茶でも飲みながらお読みになられてはいかがですか?」

「ああ……」


 鼻先に甘酸っぱい香りが漂い、身を起こしてティーカップに手を伸ばし紅茶を一口含んだレオンハルトは、眉根を寄せてティーカップを置いた。

 それから、小卓の上に置かれた手紙の中から、エリクの手紙を引きぬいて開封した。そこには思いもかけないことが書かれていた――

 手紙に目を通したレオンハルトは、急くように執務室を出て行ってしまう。

 残されたアウトウルは、ソファーの側に散らばった手紙をかき集めた時、その内容を見てしまって目をみはった。

 エリクの手紙には、ドレデスハンテ国以外でも起っている異常気象について詳細に書かれていた。何か起りつつあることを察して、アウトゥルは背筋を震わせた。

 それから、各国が協力し合って異常気象に対策をたてることが提案され、まず、ロ国の星砂漠に行くことを勧める旨が書かれていた。

 ロ国――それはドルデスハンテ国の東に位置する水路と砂漠の国。ドルデスハンテ国とは海を隔てて隣接するため、ほとんど国交が行われていないが、北のドルデスハンテ国、西のエリダヌス国に次いだ大国で、貿易の盛んな国だった。

 なぜ、あまり国交が行われていないロ国に行くことを勧めるのかは定かではないが、ティアナが流されたオーテル川の河口、海の向こうにロ国はある。

 ティアナがロ国にいる可能性は高かった――

 だからレオンハルトは、各地の異常気象の調査と国交のために、ロ国に行くことを王に願い出た。

 もともと、異常気象について調べていたレオンハルトは、すぐにロ国行きの任を任され、素早く王宮に残る侍従に指示を出し、アウトゥルとフェルディナントを供につれて王宮を飛び出したのだった。



 ロ国に向う途中、各地に送った武官から情報を受け取り指示を出しながら南下し、海路からロ国へ入らずに、レオンハルトはまずイーザ国へと向かった。ジークベルトから直接聞きたいことがあったからで、イーザ国で異常気象が起こっていないかを確認した。

 それから小国フルスへ入り、オーテル川を越えて陸路からロ国に入る。首都ワールパラストを素通りして星砂漠に向かい、イヴァー・オアーゼにレオンハルト一行が着いたのは二日前のことだった。

 そこで、イヴァー・オアーゼの目の前にある砂丘の上で流れ星を見ると願い事が叶うという言い伝えを聞いたレオンハルトは、流れ星が見られるのは三日後だと言われたが、その前でも空を見上げていればもしかしたら見られるかもしれないと冗談で言った住人の言葉を真に受けて、昨晩も、その前の夜も、こうして星降りの丘へと登ってきていた。

 願掛けでティアナが見つかるとは思わなかったが、そんなものにでもすがらなければならないほどレオンハルトは切羽詰まった状態で、ティアナの行方を掴めない情けない自分に辟易していた。

 二日間、目を凝らして空を見上げたが流れ星を見ることは出来ず、それでもこりずに、アウトゥルとフェルディナントを宿屋に残し、今夜も一人星降りの丘に登ってきていたレオンハルトは、ふっと見下ろしたイヴァー・オアーゼの反対側に白い大きな蕾をつけたサボテンを見つけ、丘を降りてきていた。

 イヴァー・オアーゼに来る途中の砂漠で、サボテンは何度も見かけたが、そのどれにも花はおろか蕾をつけているのすら見かけなかったレオンハルトは、惹かれるようにそのサボテンの側へと、丘を下った。

 そのサボテンは、長身のレオンハルトが見上げるほど高く、太かった。その中間に月の光を受けて輝く大きな白い蕾があった。あまりに美しく、神秘的な輝きに触れてはいけないと本能的に悟ったレオンハルトは、ためらい、サボテンの側に腰をおろして星空を見つめていた。

 なぜだか、もう少し待てば花が咲きそうな予感がして、どうしようもなく胸が高鳴って、その場を離れられなかった。

 しばらく星空を見上げていたレオンハルトがそろそろ宿に戻ろうとした時。

 ざざっと砂のこすれる音がして、目の前に砂の塊が落ちてきた。レオンハルトは咄嗟に身を庇いながらその場に伏せ、ドサドサドサっと砂が体の上に降り注ぎ、さらに重たい衝撃を感じて、小さなうめき声を上げた。

 身動きが取れなくなったレオンハルトは、体の上から重量感がなくなったことに気づいて身を起こす。

 乱れて顔にかかった髪を大きく後ろに掻き上げたレオンハルトは、自分の目の前にグレーのマントを羽織った少女が経っているのみ気づいて、目を大きく見開いた。

 ずっと会いたいと願っていたティアナが、突然、目の前に現れて、レオンハルトは幻かと思う。

 もう一月ほど消息の掴めなかったティアナが目の前に、別れた時と変わらない容姿で立っていて、レオンハルトは掠れた声で愛おしい名前を呼んだ。


「ティ……アナ、様……」


 ティアナが、苦しそうに眉根を寄せてしゃがみ込むのを見て、レオンハルトは慌てて体を起こし駆けよる。


「ティアナ様――っ」


 目の前にいるのが幻ではないことを確かめるように、強く腕の中に抱きしめる。

 瞬間、辺りをほの白い光が包む。訝しげに光の方を見上げたレオンハルトは、さっきまで蕾だった白い花が開き、まばゆい花を咲かせていた。その花びらの一つから雫が滴って、レオンハルトの腕の中のティアナの元に降り注ぐ。

 額に汗を浮かべ、苦しそうに目を細めてレオンハルトを見上げたティアナが切ない声をしぼりだす。


「レ、オン……ハルト……様……」


 瞬間、それまで辛そうに頭を抱えていたティアナがふっと安らいだ息を吐き、儚い微笑みを浮かべる。

 その胸元に、ネックレスの先についた涙型のスカイブルーが揺れて、レオンハルトは息をのむ。再会の約束の証に送ったネックレスをティアナがしていてくれたことに、目元をくしゃりと細め、愛しげに頬を染めた。




3話以来の登場のレオンハルトです。

ここから頑張ってもらいます!


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