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ビュ=レメンの舞踏会 ―星砂漠のスルタン―  作者: 滝沢美月
第5章 希望のノクターン 星降る砂漠の伝説
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第33話  星のまたたき



 飲めば記憶を取り戻すことが出来るという月下星珠の蜜を採りに行きたいがために星砂漠に行きたいと言ったのだが、まさかそのことで、ダリオがあらぬ誤解をしているとは思いもしなかったティアナは揺れる馬車の中、一人沈痛な面持ちで拳を握りしめていた。

 ティアナが知らなかったもう一つの伝説――星の砂の降る丘、満月の夜、恋人同士で流れ星を見ると恋が成就するという言い伝え。

 ルードウィヒがいつものように突然姿を消した後、ティアナはもう一つの伝説をフィネに確かめたところ本当に恋の言い伝えもあると言われ――むしろこっちの方が有名だと知って余計に戸惑っていた。

 確かに思い返してみれば、星砂漠に行くことを渋っていたダリオが急に行くと言ったのは『伝説』『満月』の単語を言った後で、まさかという思いとやっぱりという不安がせめぎ合い、頭の中が混乱していた。

 ティアナがそんな苦悩に悩ませている時、ダリオの侍従がやってきて星砂漠への出立を告げた。ダリオはどうしても終わらせなければならない執務があり、ティアナは先に馬車で星砂漠に向かうことになる。


『執務が終わり次第、馬で後を追いかける。一緒に行くことは出来ないが、かならず満月の夜までには追いつく』


 ダリオからの伝言を聞いて、ティアナは胸の戸惑いは更に大きくなる。

 ダリオ様はやはり誤解を――?

 満月の夜は五日後、イヴァー・オアーゼまで馬車では四日かかるが、単騎で馬を飛ばせば二日ほどで行くことができる。ティアナが先に出ても、ダリオが追いつくことは可能だった。


『満月の夜に必ずイヴァー・オアーゼに連れていくと約束しよう』


 そう約束はしたが、ティアナは記憶を取り戻すために月下星珠を探さなければならなくて、満月の夜はその蜜を採取する目的がある。ダリオには悪いが、恋愛成就とかそういうことにかまけている余裕はなかった。

 街道を駆け抜ける馬車の中、ティアナはただただ月下星珠を無事に見つけられることを祈っていた。



  ※



 馬車に揺られて二日、首都ワール・パラストから砂漠の手前にある街リヴァブに到着し、馬を替えてさらに星砂漠を進む。

 星砂漠と言っても、このあたりはまだ丸い粒の砂で星形をしていない。ただ、街よりも気温が高く乾燥している。

 マティルデは女官長としてハレムを離れるわけにはいかず、今回は待機組。馬車の中、ティアナの向かいには、約束通りフィネが座っている。 

 四頭立ての馬車は砂煙を上げながら星砂漠を突っ切り、馬車の先頭、その周りを囲むように六頭の騎馬の護衛兵が付きそう。

 ティアナは普段ハレムで身につけているものよりも露出の少ない衣装を身にまとい、更にその上から灰色のマントをまとっている。お忍びとは言え、スルタンの唯一のハセキであるティアナは、華美な装飾を身につけ、つけ慣れていない宝石類に、ティアナは重いため息をつく。

 美しい宝石類も、実際につけている身としてはその輝きは見えないし、重いだけでティアナにとっては窮屈以外の何物でもなかった。おまけに、砂漠で街よりも暑いというのに、普段よりも多く衣装を身につけられ、辟易していた。

 首都からリヴァブまでの道中、楽しくフィネとお喋りをして過ごし快適だったが、砂漠に入ってから、整備された道ではなくでこぼこの砂漠を進み、馬車は激しく揺れて、喋ろうとするものならば、突然の揺れで舌を噛みそうになる。その上、砂が馬車の中まで吹きこんで、顔や髪だけならず、口の中まで入ってきてしまって困惑していた。

 フィネも同様、想像以上の砂漠の気候の厳しさと砂の脅威に、さっきから口を閉じて眉根を寄せている。

 イヴァー・オアーゼに行くのは楽しみだが、その道中を楽しもうという気は失せてしまっていた。

 沈黙を守る馬車の中、ティアナはどんどんと近づくイヴァー・オアーゼに着いてから先のことを考えていた。

 どうやって月下星珠を探すか。フィネや護衛を上手く誤魔化して、探しに行けるかどうか――

 ロ国の星砂漠にのみ生息する珍しいサボテンだという少ない情報だけで、見つけられるかどうか、ティアナは自信がなかった。

 それとなく、フィネやマティルデに月下星珠のことを尋ねてみたが、このサボテンの存在すら知らないようだった。

 ただ、ニコラの言葉の中から手がかりは掴んでいた。ニコラはロ国の星砂漠(・・・)にのみ生息すると言っていた。

 総称してロ国の砂漠のことを星砂漠と言うらしいが、実際、その名の由来となった星の形をした砂があるのはイヴァー・オアーゼを囲む一部の地域だけだという。もし、ニコラの言う星砂漠が、ロ国の砂漠全土のことではなく、イヴァー・オアーゼの周辺のことを指しているのなら――?

 探す範囲はごく限られてくる。それこそ、イヴァー・オアーゼの人に聞けば、簡単に情報を得られるかもしれないと期待していた。



 その夜。イヴァー・オアーゼの手前で野営することとなり、安全な場所に護衛兵が馬を止め、薪を燃やして夕食をご馳走してくれた。

 砂漠の中、夕食を食べながら見上げた夜空は、四方を砂漠に囲まれ街の明かりは届かず、吸い込まれるようなダークブルーの星空が広がっていて、ティアナは息を飲む。


「綺麗……」


 思わずもらした言葉に、一人の護衛兵が親切に教えてくれる。


「ハセキ様、イヴァー・オアーゼの星空は、もっと綺麗ですよ」


 話を聞くと、オスヴァルという若い護衛兵は、以前にもイヴァー・オアーゼに行ったことがあるという。


「おそらくその経験を買って、スルタンは私をハセキ様の護衛の任をお任せくださったのだと思います」


 礼儀正しく話す青年に、ティアナもフィネも微笑んで、夕食のおかゆをすくった。

 昨日まではすぐ側で護衛してもらっているにも関わらずほとんど話すこと機会がなかったが、砂漠の中では食堂もなく、野営の経験を生かして護衛兵が調理をしてくれ、すぐ横に並んで食事をしている。

 はじめは、私達は後で食べますと言った護衛兵をまとめる少佐に、ティアナはご飯は大勢で食べた方が美味しいからと、一緒に食べるように誘った。その気さくな雰囲気に、オスヴァルは思わずティアナに声をかけてしまい、今頃になって、ハセキに話しかけてしまって恐れ多いと、体を緊張で固くした。そんなオスヴァルに。


「そんなに畏まらないですください。私はお忍びです、ハセキではなく一人の我がままな娘だと思って下さい」


 ふっくらとしたさくらんぼ色の唇に人差し指を当てて微笑んだティアナ。


「それよりも、イヴァー・オアーゼには行ったことがあるとおっしゃっていましたよね? そのあたりで、白い大きな花を咲かせるサボテンを知りませんか?」


 さりげなく月下星珠の情報を探りだそうとしたが、艶っぽく微笑んだティアナに見とれていたオスヴァルは、呆けたようにティアナを見つめ、それから、はっとする。


「白い大きな花を咲かせるサボテンですか……? イヴァー・オアーゼの周りにサボテンはたくさん生えていましたが、花を咲かせているのは見たことがないですね」

「そうですか」


 そんなに簡単に見つかるとは思っていなかったティアナは、残念がる内心を隠して気にしていない風を装って答える。

 それから他愛もない話をしながら夕食を済ませ、睡眠をとるためにフィネとティアナは馬車に戻った。

 しばらくしてフィネの規則正しい寝息が聞こえてきて、ティアナは静かに馬車を抜け出した。馬車の側で片膝を立てて毛布にくるまっている護衛兵に気づかれないように馬車から離れ、砂漠を進む。

 夜の砂漠は昼間と違い、吐く息が白くなるほど気温が下がっていた。

 ティアナはマントの前を掻き合わせ、砂に足を取られないように注意して歩いた。馬車の側に焚いた炎からだいぶ離れたところまで行き、ゆっくりと砂の上に腰を下ろす。そのまま寝転がるように背をつけて、天を仰ぎ、視界いっぱいに広がる星空にため息をもらす。

 歌うような星の瞬きはあまりに美しくて、いつまでもこうして見ていたい気分にさせられる。

 星空を見上げたことがないわけではないが、こんなにもあざやかな星の輝きを見るのは初めてのように感じて、夕食の時に見た星空をもう一度見たくて、ティアナは馬車を抜け出し、明かりの届かない場所までやってきたのだった。


「綺麗……」


 心からそう思って感嘆し、吸い込まれるように天に両手を伸ばす。

 まるで降ってくるように強く輝く星に手が届きそうで手を伸ばして、やっぱり届かないことにティアナは苦笑する。

 ここでもこんなに綺麗に星が見えるのに、イヴァー・オアーゼの星空はもっと綺麗だと言ったオスヴァルの言葉を思い出して、ティアナは焦がれるような思いに胸を熱くした。

 願い事が叶う星降りの丘――イヴァー・オアーゼ。そこに自分の記憶の手がかりがあるような予感がしていたティアナは、強くあざやかな輝きを放つ星空を見て、予感が期待に変わる。

 明日はいよいよイヴァー・オアーゼ――

 はやる思いにティアナはなかなか寝つけそうになくて、ぎゅっと強く瞼を閉じ、胸元で拳を握りしめた。




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