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ビュ=レメンの舞踏会 ―星砂漠のスルタン―  作者: 滝沢美月
第5章 希望のノクターン 星降る砂漠の伝説
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第26話  魔女の系譜



 ダリオと護衛兵が捕まえた刺客から雇い主がフィンク家であると分かり、毒を付着させた花束を贈った証拠も出てきて、謀反として処罰されることとなった。ウクスであるパルラもハレムを追われウィルコポスへと行くことになった。

 集会にはパルラは早々にハレムから追い出されていなかったが、ダリオの強い希望で大広間に女性達を集め、張本人がいないにも関わらず釘をさすために処罰の報告をした。

 ティアナが正真正銘、スルタンの寵愛を受けたハセキであることを見せつけ、今後の謀反を未然に防ぐために――



 集会後、各自部屋に戻るように言われ、ダリオに部屋まで送ってもらったティアナは少し時間を開けてから一人でハレムの通路を進んでいた。

 一緒に行くと言ったフィネを残し向かう先はウクスの部屋――ニコラ・ロベルティーニ・シュターデンの部屋。

 ウクスは通常十人部屋だが、現在のハレムにはティアナ以外に個室を使っている者はおらず部屋が余っているために、六人いるウクスは三人で一部屋を使用している。

 目的のニコラのいる部屋の前に着き、扉を叩こうとした手を止める。

 ニコラとは――先日のハセキと言われた集会で挨拶した後も、時々中庭で会って話をした。そのどれもが偶然出会いその流れで話すだけだったから、こうして誰かの部屋に訪れるのは初めてのことで、緊張する。

 ハセキになってからは他の女性からティアナに話しかけることは出来なくて、中庭に出るとティアナと話したい女性がたくさん群がってきた。ティアナはマティルデから、ハレムの他の女性に対して好印象を保つことを言われていたために、他の女性にまんべんなく声をかけ、他愛ない話を二言三言話し次の人に声をかける――というようなことを繰り返していた。

 ハセキであるティアナを認めないというように、ティアナに近づいてこない女性もいたが――その筆頭がパルラだった――に対してほとんどの女性が友好的で、それでも心の内ではスルタンの寵妃には取り入っておく方がいいとか打算的なことを考える者ばかりで、ティアナは中庭に出て女性と話す作業が憂鬱だった。

 それでも、唯一ニコラだけは裏などなくティアナに接してくれる人物で、ティアナはニコラと話したくて庭に出たことも何度もあった。

 初めて会った時――邪険にされるティアナに優しい言葉をかけてくれたニコラの心は本物だったと思うから、向けてくれる笑顔も、媚を売らない話し方もとても好きだった。

 だから、ティアナは確かめたくてニコラの部屋を訪れたのだった。ニコラが今回の件とは何も関わっていないといことを――



 覚悟を決め、再び扉を叩こうとあげた拳が扉に触れる前に、扉がゆっくりと開かれて、ティアナは空ぶった手をあわてて引っこめる。


「あら、アデライーデ様?」


 扉を開けたのは、ニコラだった。


「なにかこの部屋にご用ですか?」


 美しい笑みを浮かべたニコラは首を傾げて、ティアナを見つめる。

 まさか本人が出てくるとは思わなくて動揺していたティアナは、扉を叩き損ねた拳をぎゅっと握りしめて、翠の瞳をニコラに向ける。


「ええ……ニコラ様にお話がありました。今よろしいでしょうか……?」



  ※



 しばらく中庭を進み、先を歩いていたティアナは開けた野原で立ち止まる。

 ずっと胸に引っ掛かりがあった――

 いくつもの欠片が一つ繋がって、疑惑に変わったのは解毒薬を作った時。それでも、違うと信じたくて、違う証拠を必死に模索した。それでも――パルラがすべての犯人だと分かった時に確証を掴んでしまった。


「最初の毒――あれを仕込んだのはニコラ様ですか?」


 ティアナは振り返らずに、静かな口調で尋ねた。


「二度目の花束に付着していた銀霜は有効な解毒薬はあまり知られていませんが、毒自体は有名な物、誰にでも手に入れようと思えばできる代物です。ですが――最初の毒は成分を調べたところ、ごく限られた人しか知らない……パルラ様には作ることも手に入れることもできない物です。そうでしょう、ニコラ様?」


 振り返ったティアナは瞳を悲しみに揺れ、切なく顔を歪ませる。

 優しく接してくれるニコラの心が嘘だとは思えなかった。ニコラだけは他の女性とは違い、自分に親しく接してくれていると思っていた。だから、毒を仕込んだ犯人がニコラではないかと思った時――どうしても信じたくなかったのだが。

 部屋から黙ってついてきていたニコラは、揺れるティアナの瞳を見つめくすりと不敵な笑いを漏らす。


「どうして私だと思われるのです? その特殊だという毒薬――私では手に入れることはできないわ」


 からかうような言い方をしたニコラを、ティアナは真剣な瞳で見据える。


「いいえ、ニコラ・ロベルティーニ・シュターデン様――偉大なる魔女ルート・ロザリント・シュターデン(・・・・・)の系譜に連なるあなただから作ることのできる毒なのです」


 ルート・ロザリント・シュターデン――数百年前に存在した偉大なる南の魔女。

 その名を聞いて、それまで笑みを浮かべていたニコラの表情に緊張が走る。


「どうしてその名を……」

「代々魔女の家系のシュターデン家――最初は名前が同じだけで、魔女がハレムに入るとは思いもしませんでした。だけどあの日――私の手に触れたのはニコラ様、あなた以外にはいませんでした。最初の毒の混入方法として私の手に直接付着させたか、私が触れる身の回りの物に塗布させたか――方法は二つですけど後者は確率が低いです、間違えば無用な被害者を出します。その段階で考えられる犯人はニコラ様だけでした」

「そんな早い段階で気づいていたの……?」


 ニコラが呆れたように片眉を上げ、観念したように肩を落としてその場に座り込む。


「ええ――でも、あなたでなければいいと思いました。ハレムでは誰もが本心を隠して上辺だけで接してくる、笑顔の仮面の裏では何を考えているか分からない。そんな中、ニコラ様の言葉には嘘偽りはない――そう感じた自分の心を信じたかった。だからあなたでないことを確かめるために歴史書でシュターデン家の系譜をたどり、毒薬の分析をしました。そのどれもがあなたが犯人だと裏付ける結果になるとは思わずに――」


 声を落とし、ティアナはニコラの横に座る。


「寵愛に興味がないと言っていたのは嘘? あなたも私が憎い――?」


 悲しみに満ちた声で尋ねられ、ニコラはきゅっと唇をかみしめる。


「嘘ではないわ――昔こそシュターデン家は名をはせた一族だったけれど、年々一族の魔力は弱まり、魔法はおとぎ話の中だけの存在になっていく――魔女の力を持つのはもう私が最後」


 ニコラは大きなため息をついて、両手を空に伸ばして背伸びする。そのまま後ろで手をつき空を見上げる。


「寵愛なんか興味ないけれど、ハレムに入れば援助金が出ると聞いてハレムに入ったのよ。うちは分家だけどロ国ではそれなりに歴史のある貴族でね、まあ親は重役にもついていないし財力もないけど、数少ないウクスにもなって、美味しいものは食べられるし綺麗な衣装を身につけてそれなりに不自由のない生活が出来る。家族もお金に困ることはない。このまま魔女の家系だなんて忘れてひっそり暮らすのもいいかと思っていたわ」


 ニコラは空から横に座るティアナに視線を向けて、肩をすくめる。


「でもね――どこから聞いたのか魔女の薬がほしいという依頼が来たのよ……依頼主は多額の代金を払うっていうし、親が勝手に引き受けちゃって。薬を作れるのは私だけだから頼まれて、詳しい話を聞いたらアジェミのアデライーデ様を狙うっていうじゃない? あなたに私怨はないけれど、お金のためなら仕方ないかと思ってね」

「それで挨拶を装って手に毒を……?」

「ええ、ロ国ではうちが魔女の系譜とは知られていないし、魔女しか知らない毒ならば犯人を特定されることもない。まあ正直なところ、知識はあっても薬なんて作るのは初めてでちゃんと効くのか確かめたかったのよ」

「私が生きていて……驚いた?」

「そうね――あなたが生きていて良かったと思ったわ。私に魔女は向かないってはっきり分かったから」

「それで二度目の毒は有名な銀霜にしたの?」

「毒が効かなかったのが毒味をしていたからなのか、毒自体が失敗したのか判断がつかなかった。だから無難に銀霜にしたのにやっぱりダメで――フィンク家は毒なんてまわりくどい方法は諦めて刺客にしたのね。でも、刺客なんて一番足がつきやすいのに……」


 何度目になるか、大きなため息をついたニコラは、ティアナの前に膝で移動し真摯な瞳を向ける。


「私怨はなくてもあなたの命を狙ったことに代わりはないわ……私も処罰されるのね?」

「…………」


 無言のティアナを肯定の返事と受け取って、ニコラは瞳を瞑る。


「処罰されることに異論はないわ、でもどうか家族は見逃して……うちには幼い妹や弟がいて、あの子達にまで罪に問われるなんて……」


 瞳を潤ませて懇願するニコラを見据えたティアナは、意志の強い翠の瞳を煌かせる。


「いいわ、取引をいたしましょう――」




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