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ビュ=レメンの舞踏会 ―星砂漠のスルタン―  作者: 滝沢美月
第4章 忘却のロンド 鳥籠のハセキ
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第25話  禁じられた場所



 ハレム、庭園の一角。池に面した東屋に、ここ数日スルタンの寵愛を受けるハセキが毎日通っていた。

 東屋まで供をしてきた女官数名も、東屋につくとどこかへと下がっていき、半時ほどハセキは一人きりで池を眺め、庭園の花を愛でる。

 それを遠巻きに見つめている複数の視線と黒い人影があった。



  ※



 東屋の中に備え付けられた長椅子に腰かけたティアナは、時折吹く風に腰まで伸びた銀髪を揺らし、太陽の光をうけて反射する水面を眺めていた。背筋を伸ばし座る姿は、どこから見ても美しく気品に満ちあふれている。

 ゆらりと――視界の端に黒い人影に気づいていたティアナは僅かに震える拳を握りしめ、視線と影には全く気づいていない、憂いごとなどないような和やかな瞳で池を眺めた。

 じりじりと間を詰めてくる黒い影の刺客に、ティアナはただ池に視線を向けて待った。そう――待っていた。

 黒い影とティアナまでの距離はまだ遠いが――確実に近づいていることが分かり、肌が粟立つ。

大丈夫、だいじょうぶ――

 おまじないのように何度も心の中で呟いて、怯える心を叱咤する。危険も承知で言いだしたこと、やると決めたのはティアナ自身で――ダリオを守ると決めた強い意志を宿した翠の瞳にきりりと見開く。



  ※



「それよりも、この好機を逃す手はありませんわ――」


 ベッドの上、上体を起こして横たわるティアナは、決意の籠った瞳でダリオを見つめて言った。


「ハセキを狙う誰か、それはスルタンに仇なす者――あなたの敵は私の敵です。あなたの敵を減らす手伝いをさせて下さい。犯人はまた私を狙ってきます、その状況をこちらから作り犯人をおびき出しましょう」


 どうせまた命を狙われるのならば、それを逆手に沿って自分が囮になることをティアナは提案した。

 はじめは渋っていたダリオだが、どっちみち危険にさらされるのならば犯人を確実にとらえる方法をとると言った。

 つまり――ティアナが庭園で一人きりになる時間を作りそれを毎日続け、犯人側に狙う機会を与える。一人きりというのは見せかけで、実際には犯人側に気づかれないように護衛を配備し、襲ってきたところを現行犯で捕まえようという作戦だ。


「分かった――お前がそこまで言うのならば協力してもらう。ただし、無茶なことはするな。犯人を捕まえることよりも、アデライーデ、お前が傷つくことの方が私は怖い――」


 ダリオはベッドの方へと身を乗り出し、ティアナの体を強くかき抱く。

 大切な宝物をあつかうように優しくそっと抱き、その腕には愛おしさをこめて体を強く引き寄せた。


「隠れた場所に護衛を配置する。もしもの時は――必ず私が守るっ」



  ※



 護衛の姿はティアナからも見えないが、必ず守ると言ったダリオの言葉を思い出して不安に揺れていた胸に温かいものがじわりと広がる。

 確実に近づく刺客に怯える心を追いだして、意志の強い瞳を見開く。

 ゆっくりと間合いを詰めてくる刺客。近くまで来ているけどまだ距離はあると安心していた時、突如、一人の刺客が目の前に現れてティアナは翠の瞳を大きく見開く。

 瞬時に移動してきた刺客は、大ぶりの刀をティアナ目がけて振り下ろす。

 護衛が待機していると言っても、異常な速さで近づいてきた刺客に護衛は間に合いそうもなかった。

 振り下ろされる刀に、絶体絶命の状況で、ティアナは固く目をつぶって襲いかかる衝撃に身を強張らせた。次の瞬間。

 ガッキーン……ッ――

 金属と金属のぶつかる激しい音が響き、ブスっという鈍い音が続く。

 受けるはずの衝撃がいつまで待っても来なくて、ティアナは恐る恐る片方の瞳を開き、目の前に立ちはだかる大きな背中に、ぱっともう片方の瞳を開く。


「ダリオ……様……っ」


 いつかのように、ティアナに振り下ろされた刀を防いだのはダリオで。

港とは違って鞘から抜いた剣で刺客の刀を弾き飛ばし、刺客に深手を負わせている。

 後ろ姿のダリオの足元で刺客が横たわっているのを見て、ティアナの鼓動が小さく跳ねる。

 振り返ったダリオは、氷の瞳を赤く染め言い知れぬ表情でティアナを見下ろす。


「アデライーデ――無事でよかった……」


 言いながら剣を握らない左手でティアナの頬に触れ、その手が以上の程冷たくて、ティアナはその手に手を重ねる。

 必ず守る――そうは言ってもスルタンとして王宮で執務に追われ夜の数時間だけしかハレムに来られないダリオが助けに来てくれるとは思っていなかったのに。血相を変えて、自分の為に駆けつけてくれたダリオの優しさが胸に沁みて、なぜだか泣いてしまいそうだった。


「どうした、アデライーデ……?」


 怪訝なダリオの声に顔を上げるとダリオの氷の瞳が大きく揺れ、くっと眉をしかめて心配そうに耳元で囁く。


「恐ろしかったのか? 泣くな、もう大丈夫だ」


 剣を閉まったダリオが両腕の中にティアナを抱きしめ、優しく頭を撫でて銀髪を愛おしげに梳く。

 ティアナはダリオに言われて、自分が泣いていることに気づく。


「もうお前を狙う者はいない――」


 東屋の周りで他の刺客も護衛によって無事に捕えられていた。首謀者を聞き出すために、殺さずに。

 ダリオは腕の中にいる愛おしい存在に瞳を細め、無事に守ることが出来たことに安堵した。

 自分の為に囮を申し出てくれたティアナを愛おしく思い、腕にすっぽり収まるこの小さな体のどこにこれほどまでにまっすぐで強い志を宿しているのかと、ティアナのことをもっと知りたいと胸が焦がれる。

 涙を流して震える体が次第に力を失くし、ティアナが気を失ってしまったことに気づいたダリオは、膝の裏に手を回し両手でティアナを抱き上げる。周りで刺客をとらえる護衛に指示を出し、ティアナの部屋へと踵を返した。



  ※



「――謀反の罪としてフィンク家は家名断絶の上、以後はウィルコポス地方の領地より出ることを禁ずる」


 紙面をめくりながら冷ややかな声で告げたエマの横、大広間の壇上に設けられた豪奢な椅子に腰かけたダリオが、見た者を凍りつかせるような鋭く威圧的な雰囲気をまとって集まったハレムの女性を見据える。

 女性達は蛇ににらまれた蛙のごとく身動き一つ取れず、喉を震わせて壇上のスルタンを見上げた。


「私のハセキを害する者は私に反逆を示したも同じ――このような軽い処罰を与えたこと、肝に銘じておくのだな」


 背筋が凍りつくような声音に、氷で心臓を貫かれたように女性の数人の顔色が青ざめる。

 ダリオが座る椅子は二人掛けの長椅子の様なもので、横にはもたれかかるようにティアナが座り、ダリオが肩に片腕を回し愛おしげに胸の中に包み込む。

 打ち合わせで、仲のいいところを見せ付けるとダリオに言われていたティアナは、ダリオに抱かれてドキバクと張り裂けそうに鳴る鼓動の音を隠すように微笑を顔に張り付かせる。その頬がわずかに引きつる……

 軽い処罰(・・・・)――ダリオ様ったら、なんて恐ろしい事を言うのかしら。家名断絶なんて全然軽い処罰ではない。命を取られないだけましかもしれないが、領地や財産を取り上げられて、大貴族フィンク家はお家取り壊し。今までの地位もなにもかもなくなる――たしかにそれだけのことをしたのだから仕方ないとは思うが、それを軽い処罰と言い、もしもハセキに危害を加えるようなことがあれば、次はこの程度の処罰ではすまないと暗に威嚇している。

 口元に笑みを浮かべていても瞳がぜんぜん笑っていなくて、いつもより冴え凍る氷の瞳を間近で見上げてしまったティアナは、背筋をぶるりと震わせた。




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