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ビュ=レメンの舞踏会 ―星砂漠のスルタン―  作者: 滝沢美月
第4章 忘却のロンド 鳥籠のハセキ
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第23話  修惑の赤い棘



「森の魔法使い、ルードウィヒ……?」


 掠れる声で呟いたティアナの言葉に、ルードウィヒは目を見開く。


「思い出したのか……!?」

「あぁ――っ……」


 ティアナは小さな悲鳴を上げて頭を押さえて、その場にくずおれる。

 頭が割れてしまうような激しい頭痛に襲われて、悲痛な声を漏らし、瞳には涙が浮かぶ。動悸が激しくなり、自分が自分ではなくなってしまうような体を突き抜ける痛みに必死に耐えながら、涙でかすむ視界をルードウィヒに向ける。


「見えたの……あなたのピアスに触れた瞬間、私の失くした記憶が……。そうなのね、あなたは森の魔法使いで、私は――」


 痛みに耐え、必死に記憶をすくい上げようとする。だけど――

 いくつも頭によぎる記憶の中から、自分の記憶を思い出そうとした瞬間、今までにない激しい痛みが襲い、ティアナはその場に倒れてしまった――



 翌朝、ティアナが目を覚ましたのはふかふかのベッドの中だった。

 鳥のさえずり、窓から差し込む太陽の光に、ぼぉーっとする頭で上体を起こし、寝る直前のことを思い出す。

 確か私はルードと話していて――……

 彼のピアスに触れて忘れていた記憶が脳裏によみがえって、だけど自分の記憶の断片を掴んだと思った瞬間、激しい頭痛で意識を失っていた。結局、思い出せたことは少ない。

 ティアナの前に現れる黒髪の青年が、ドルデスハンテ国バノーファのそばにある砦の森の魔法使いで――なにか彼に用事があって会いに行ったこと。その時一緒にいた青年と少女と銀髪の猫――彼らが自分の知り合いだろうことは思い出せたのに、誰なのか、自分とどんな関係なのかは思い出せなかった。

 あと少しで思い出せそうなのに……

 自分の名前すら思い出せなくて、ティアナはベッドの中で小さなため息をついた。



  ※



 いつものようにマティルデとフィネに手伝われて朝の支度を終え、礼拝に出席してから朝食を済ませる。


「アデライーデ様、今日も編み物をなさいますか?」


 聞きながらも、すでに編み物の道具を用意して笑顔で尋ねるフィネに、ティアナは申し訳なさそうに首をかしげる。


「ごめんなさい、フィネ。今日は編み物ではなくて、少しやりたいことがあるの」

「やりたいこと、でございますか?」

「ええ、普段使ってないあそこの部屋を使いたいのだけれど、いいかしら?」


 ティアナは、先日ダリオと二人で朝食を食べた部屋を指さす。


「よろしいですよ、ここはすべてアデライーデ様のお部屋ですから、お好きなようにお使い下さいませ」


 昼食を下げて終えて戻ってきたマティルデが涼しげな目元を和ませて言う。


「ありがとございます」


 無邪気な笑顔で言われて、マティルデはわずかに目を見張る。

 お礼を言われるようなことはなにもしていないのに、ティアナの天真爛漫さに時々困ってしまう。


「少し一人で作業をしたいので、二人は休んでいてください。あと、用意して欲しい物があるのだけど――」



 大きな楕円の机のある部屋。ティアナは口元の布きんを巻きつけ、肌の露出の少ない服をまとい、フィネから借りたエプロンをつけている。机の上には天秤、ナイフ、手燭、水差し、さまざまな大きさの器と得体のしれない葉や木の実や草の根っこが置かれている。

 ティアナは手際よくその中から目的のものを取り出し作業を進める。細長い葉は細かく刻んで煎じ、清潔な布きんで包んでゆで汁を絞り採る。木の実は日にあぶり、実を取り出してすりつぶす。根は細かく刻んで叩き、水に浸す。

 一つ一つの行程を慎重に行い、決められた量、決められた順番で混ぜ合わせていく。最後に出来上がった薄緑の液体を小瓶に詰めて懐に閉まった。

 ルードウィヒのピアスに触れた時、解毒剤の作り方も思い出していた。本当になんでこんなこと知識を持っているのか不思議だったが、魔法使いと知り合いならば、解毒剤の一つや二つ知っていてもおかしくないかもしれないと、変な納得をしていたティアナだった。

 中庭で出会った黒髪の美女から手渡された銀輪草。解毒作用があることは知っていても解毒剤の作り方は分からず、摘み取ったまま部屋に放置していたが、解毒剤の作り方を思い出したティアナは、散歩と行って中庭に出た時に監視としてついてくるフィネの目を盗んで銀輪草以外に必要な薬草や木の実を集め、解毒剤を作るついでに中庭で採れる薬草から作れるいくつかの薬も作ってみた。

 毒を盛られた事を言いそびれて以来、ティアナはそのことをマティルデやダリオに言いづらくなってしまい、解毒剤を作るということも黙っていた。



  ※



 ティアナがハセキと公言されてから数日。護衛付きだが部屋から出ることを許可されたティアナは、ハレムの花園や書庫に出歩くようになった。

 今まで部屋を出ることがなかったティアナは、外に出ることで他のハレムの女性からの鋭い視線にさらされる機会が増えたが、ティアナを敵視するのではなく媚を売るように声をかけてくる女性も増えていた。

 その証拠に、ティアナの部屋には毎日ハレムの女性や王宮貴族からたくさんの贈り物が届けられる。

 ハレム嫌いのスルタンの寵愛を受けるハセキに贈り物を送ることで、スルタンの信頼を得ようとしてのことだろう。本心からティアナがハセキになったことを喜び、贈り物をする人間はどれくらいいるだろうか……

 ティアナは昼食後の日課となった贈り物を開ける作業を行うために、サロンから楕円机のある部屋へと向かう。

 本日の贈り物は、大臣から異国より取り寄せた反物、王都の商人から花束、ウクスから香炉、エトセトラ……

 すべてを開け終えて、フィネがいくつもの花瓶を持ってやって来る。


「アデライーデ様、花束はどの花瓶に飾りましょうか?」

「そうね……これにしましょう。私が飾るわ」


 細長い花瓶、平たい花瓶、丸い壺のような花瓶。その中から丸い花瓶を選び机に置かれた花束を包む紙を剥がして茎を持った時、ちくんと指に小さな痛みが走る。

 ティアナの白く小さな指の先から鮮血がにじみ出る。


「まあ、アデライーデ様!? 棘が……」


 血を見て慌てるフィネに、ティアナは気にすることもなく微笑む。


「大丈夫よ、フィネ。これくらい舐めておけば治るわ」


 言うと同時に指先を舐めたティアナは急激な吐き気と目眩に咳き込んでその場にしゃがみ込む。


「うっ……ケホッケホッ……」

「アデライーデ様……!?」


 フィネとマティルデの悲鳴が室内に響き、ティアナは口に当てた手のひらが赤く染まるのを見て、翠の瞳を険しく細める。


「アデライーデ様、大丈夫でございますか!? もしや、毒が……っ」


 ティアナの側に駆けつけたマティルデはティアナが吐血したのを見て、眉根を寄せる。


「フィネ、今すぐ医務官をお連れしなさいっ」

「待って……」


 切迫した状況に素早く指示を出したマティルデを、ティアナは掠れる声で止める。


「騒がないで……、サロンの棚にある緑色の小瓶を水差しを持て来て……」


 翠の瞳は涙で霞み意識が朦朧とする中、ティアナはフィネが持ってきた水差しをコップに注ぎ、その中に小瓶の液体を入れ、一気に飲み干し――そこで意識を失った。




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