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ビュ=レメンの舞踏会 ―星砂漠のスルタン―  作者: 滝沢美月
第4章 忘却のロンド 鳥籠のハセキ
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第20話  烈火の痛み



 ダリオが部屋を去った後、明かりの灯る寝室の窓辺に腰かけて空を見上げていた。

 ハセキになるのが嫌かと聞かれて、嫌だと思っていない自分がいて戸惑っていた。

 事実としてダリオとティアナの間に愛なんてないし、同情や責任感から毎夜ハレムに通ってくれていることを知っている。

 顔が見たかったというダリオの甘い囁きも、冗談だと分かっている。

 それでも、自分のことを気遣って毎日会いに来てくれるダリオの優しさに、ティアナはいつも胸が温かい気持ちで満たされていた。

 これが恋なのかしら――

 胸に手を当ててそんなことを考えて、ティアナはため息をつく。

 たとえそうだったとしても、関係ないわね。

 ダリオがティアナをハセキにしたのは政略として、事実として二人の間に寵愛があるわけではない。

 ダリオの役に立てるのならばと引き受けたが、少しだけ悲しい気持ちになってティアナは苦笑した。



 なんだか眠れなくて窓辺に座っていたが、そろそろベッドに横になろうと窓辺から降りた時、側の灯りがゆらりとうごめいたのに気づき足を止める。

 次第に炎の揺れが大きくなり膨らんだと思った次の瞬間、そこに漆黒に輝く美しい黒髪の青年が立っていた。すらりと背が高く時代錯誤の黒いマントを羽織った青年の年は二十五、六。長い黒髪を無造作に後ろに流し腰のあたりで束ね、筋の通った高い鼻と不敵な笑みを浮かべる口元、翠がかった黒い瞳は陰り陰鬱な印象を与える。威圧的な空気をまとう青年を見て、ティアナは胸に熱い痛みを感じて胸を押さえ顔を顰めて尋ねる。


「あなたは――?」


 突然現れた青年に驚きはしたものの、声を上げて人を呼ぼうという考えにはならなかった。

 今日はよく人と会う日なのかしら――そんなこととをぼんやりと考えていた。

 黒髪の青年はくつくつと皮肉気な笑いを漏らし、壁に寄りかかって足を汲んでティアナを値踏みするような嫌な視線で見つめ、瞳に面白がるような光を煌かす。


「私のことをお忘れか――私の姫君(・・・・)


 ハレムにいるのだから姫と呼ばれても間違いではないが、青年の言葉には違う意味が含まれているように感じてティアナは胸がざわざわとする。

 威圧的な雰囲気はダリオと同じだが、触れた者近づく者を片っ端から切り裂いていくような闇を宿し、それでいて何かに強く焦がれるような炎を宿した瞳。触れた瞬間、すべてを飲みこまれそうな恐怖感に、ティアナは慎重に言葉を選んで問いかける。


「私のことをご存じなのですか――?」


 何がおかしかったのか、青年はくつくつと非情な笑みを浮かべる。


「ふむ、相変わらず面白いことを問う娘だ。ああそうだ、君のことは――ずっとずーっと昔から知っているよ」


 一瞬、鋭利な瞳に哀愁が滲み、ティアナは胸がちくりと痛む。

 なぜだか青年が悲しんでいるように見えて、ティアナは一歩一歩と近寄り、青年を慰めるように頬に手を伸ばす。

 頬に触れる直前、びくりと肩を震わせて青年は後ずさる。


「……っ」

「――?」


 ティアナは怯えるように自分との距離をとった青年に首を傾げ、一歩二歩と距離をあける。


「あの――」


 言いかけた時、コンコンと扉を叩かれる音がする。振り返るとマティルデが扉から顔をのぞかせていた。


「アデライーデ様、話声が聞こえましたが誰かいらっしゃるのですか?」


 その言葉にティアナは心臓がぞわりと冷え、ぱっと後ろに立つ青年を振り返ったのだが、そこに誰もいなくて目を瞬かせる。


「いえ……もう寝るところです……」


 掠れた声で答えたティアナに、マティルデは頭を下げて退室していった。

 ここはハレムで――当然、ダリオ以外の男性が入っていい場所ではない。青年が誰なのかも分からず話しこんでいたが、二人でいるところを見られるのは良い事ではない。青年が姿を消していて、ほっと胸をなでおろす。


「それにしてもあの方はどこに行ってしまわれたのかしら……」

「私はここだが?」


 独り言で呟いた声にベッドの側から声が聞こえて、ぱっとそちらに振り向く。

 一瞬にして姿を消した青年が今度はベッドに腰掛けて座っていて、ティアナは魔法でも見ている様な気分になる。


「あなたは魔法使いなのですか――?」


 なんとなく思いついたまま口にしたのだが、青年は嬉しそうに口元を綻ばせる。


「魔法使い――というのは正確ではないが、当たらずしも遠からず、というところかな。少しは私のことを思い出してくれたかい? それにしても、アデライーデとは――いつからそんな上品な名前に改名したのだい、私の姫君」


 意味深に言ってくつくつ笑う鋭利な瞳の青年をティアナはまっすぐに見つめる。

 この青年が誰なのかは分からないが、自分のこと知っている人間で失くした自分の記憶を持っていることだけは確かだった。

 青年と自分がどんな関係でどうして目の前に現れたのかは分からないし、向けられる鋭利な瞳を信用していいか計りかねたが、どうしても記憶を取り戻す手がかりを掴みたくて、海で遭難し記憶を失ったことを打ち明けた――




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