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ビュ=レメンの舞踏会 ―星砂漠のスルタン―  作者: 滝沢美月
第1章 憂鬱の銀緯 執務室の王子
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第2話  嵐の前触れ



「なんですって……っ!」


 それまでずっと、心ここにあらずといった様子で王妃の話を聞き流していたレオンハルトが、背もたれに預けていた背中をがばっと起こし、針のように鋭い視線で王妃を見据える。

 レオンハルトから少し離れた後ろに立って話を聞いていたアウトゥルとフェルディナントは顔を見合わせる。

 王妃の話をしている時にタイミング良く現れたのは、舞踏会のことで来たのではないかと予想を立てていたが、本当にその話で一瞬驚いた顔をしてすぐにその表情を隠す。


「ティアナ姫は小国といえども一国の姫君、しかも大姫らしいわね。薔薇の妖精のような清楚可憐な容姿、凛とした眼差し。身分にも容姿にも問題なく、これ以上の結婚相手がいるかしら?」


 王妃に聞かれたレオンハルトは唇をかみしめ、後ろに立っていたアウトゥルが「そうですね」と頷く。そんなアウトゥルをちらっと睨み、反論する。


「しかし、母上。私とティアナ様の関係はよき友人であって――」

「それに――」


 なんとかティアナを婚約者にするという考えを改めて貰おうと口を開いたが、レオンハルトの声に被さって王妃が強い口調で遮る。


「あなたはティアナ姫のことがお好きなのでしょう?」

「……っ」


 レオンハルトは否定しようとして開いた口を、ぎゅっと噛みしめて横を向く。


「誤魔化しても母にはお見通しですよ、見ていて分かります。それに、あなたが母に初めて紹介した女性です。そのおつもりで(・・・・・・・)紹介したのでしょ?」


 問われて、レオンハルトは視線を伏せる。



 王妃の言っていることに一つも間違いはない――

 ティアナを紹介した時、レオンハルトは友人と言いながらもそこに自分が好意を寄せている大事な人だと言うことを含ませて紹介した。

 彼女になりそうな人がいるということをアピールした。

 それは、だれも王妃に紹介しなければ、自分の意思を無視して結婚相手を決められそうだったからだ。

 レオンハルトが結婚したいと思っているのは――好きなのはティアナだ。ティアナ以外のだれかと自分が結婚するなんて考えられなくて、それを回避するための予防線だった。

 だけど一方で――

 レオンハルトは未だに自分の気持ちをティアナ本人に伝えることが出来ていなかった。

 自分のせいでティアナを危険な目にあわせてしまった負い目から――とても気持ちを伝えることは出来なかった。

 このままの状態では、ティアナと婚約することはできない。

 いま婚約すれば、確かにレオンハルトが夢見たティアナとの未来がある。でもそれは、国同士の政略結婚であり、愛のない形だけのものだった――

 レオンハルトはなんとかティアナを花嫁候補から外したいと思っていた。欲を言えば、王妃が固執する結婚話さえ、一蹴してしまいたかったが――第一王子という立場上、いつまでも結婚しないでいられないことは分かっている。

 結婚は王族にとって義務であり、果たすべき責任である。


「――っ」


 どうにかティアナを婚約者にするのを諦めて貰おうと頭を高速回転で動かし、口を開いた時、せわしないノックの音が響く。


「フェルディナント隊長……っ」


 レオンハルトがノックの音に答える前に扉が開き、武官の一人が駆けこんで来る。


「大変です……っ」


 緊迫した空気でフェルディナントの側に駆けより、隊長であるフェルディナントの眉間に皺を刻んだきつい顔に、はっと我に帰る。


「ヴァルター、王妃様と王子の御前だぞ。申し訳ありません、王妃様、王子。少々席を外させて頂きます」


 前半は返事も待たずに駆けこんできた部下を叱り、後半は王妃とレオンハルトに告げ、一礼して控えの間へと移動する。

 フェルディナントとヴァルターの姿が消えた後、レオンハルトはアウトゥルと視線を見合わせて、顔を顰める。

 普段、礼儀に厳しいフェルディナントを隊長に持つ武官たちは、こんな風に取り乱したりすることはない。非常事態でも起きたのかと眉をひそめ、闖入者で婚約の話がそれた事にほくそ笑み王妃に振り返る。

 突然の出来事に呆気に取られていた王妃は誤魔化すようにこほんと咳払いする。


「いいですか、とにかくティアナ姫をですね……」


 王妃の言葉を遮って、レオンハルトは余裕のある笑みで王妃に告げる。


「母上、大変申し上げにくいのですが……ティアナ様を婚約者に向かえるのは無理ですね」


 全然残念そうじゃなく言ったレオンハルトに、きっと片眉を上げて王妃は睨んだ。


「ティアナ様はすでに自国イーザにお帰りになりました。そうですね、旅立たれてから七日は経ちますから――今頃は王城に着いた頃でしょうね」


 王妃はティアナが帰ったと聞いて、扇の裏で唇をかみしめる。

 ティアナを花嫁に選んだと伝えに来るのが今日になったのは、イーザ国の内情を調べさせたり、王や諸貴族達への根回しをしていたからこんなにも日にちがかかってしまったのだ。

 何よりも先に、ティアナを引きとめることを優先するべきだったと後悔する。しかし、一度決めたことをどんな手を使ってもやり遂げようとするのが王妃という人だった。

 おほん、と王妃は咳払いし。


「それならば、今すぐにイーザ国に使者を出します。あなたとティアナ姫の婚約を国として打診する使者を立てます――」


 国として――それをされれば、イーザ国はまず断れないだろう。例えイーザの意見を聞くと言っても、南の小国の一つにすぎないイーザが大国ドルデスハンテ国を敵に回すことは出来ない。

 国として婚約を求められれば、それを断ると言うことは国同士の和平を壊すことになってしまう――


「母上――っ」


 どう足掻いてもこの婚約を進める気だという気迫に、レオンハルトは気圧される。

 その時、控えの間からフェルディナントとヴァルターが出てくる。ヴァルターは先程の無礼を詫びると一礼してサロンを出て行った。

 フェルディナントはレオンハルトの側に近寄る。


「レオンハルト王子、ご報告致したいことがございます」


 フェルディナントの言葉にレオンハルトはこれで王妃を追い払うことが出来るとふぅーっとため息をつく。


「母上、申し訳ありませんが、この話はまた今度いたしましょう」


 出来れば、その今度は永遠に来ないでくれたらいいと思う。


「わかりました――」


 王妃は明らかに機嫌悪そうに言って口元にあてていた扇を閉じて立ち上がろうとしたが、フェルディナントが遮る。


「王妃様もどうか、ご同席下さい」


 そう言ったフェルディナントに、レオンハルトとアウトゥルは怪訝な視線を向ける。

 フェルディナントは軽く頭を下げ、ソファーに座りなおした王妃を見て話しだす。


「ご報告申し上げたいことと言うのは――ティアナ姫様のことです」


 ティアナの名前を聞き、レオンハルトは誰にもわからないくらい小さく肩を震わせた。




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