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ビュ=レメンの舞踏会 ―星砂漠のスルタン―  作者: 滝沢美月
第3章 黄金の都 氷輪のスルタン
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第12話  秘めし想い



「ダリオ様――どうしてあのような事を……!?」


 ティアナをハレムの部屋まで案内したエマは、まっすぐにダリオの執務室へと向かい、開口一番に詰る。


「何か問題があるか――?」


 執務机に座ったダリオは、手元の書類から顔を上げてエマを冴え凍る瞳で見据える。

 誰もがこの瞳で見つめられれば、恐れおののく氷より冷たい瞳――

 エマはゆっくりと目を瞑り、それから開けた黄褐色の瞳をダリオに向ける。

 長年ダリオの側に仕え、他の者のように彼の瞳で見られるだけで恐ろしいということはないが、意見をする時にはやはり緊張感に胸がぞわりと震える。


「アデライーデ様のお名前は特別なものです。なにかあるのでは――と勘繰る者もおるでしょう……」

「はっ――そんなこと知るか。勝手に疑わせておけばいい」


 意地の悪い笑みを浮かべるダリオに、エマは何か言おうとしてやめて頭を下げた。



  ※



 ティアナはマティルデとフィネの挨拶を受けた後、すぐに部屋の浴場へと連れて行かれる。


「まあまあ、長旅でお疲れとは思いますが、アジェミといえどスルタンをお迎えするハレムのお一人――そのような泥だらけと破れた服をいつまでもお召しいただくわけにはいきません」


 きびきびとした仕草で言い放ったマティルデは、ティアナが有無を言う前に手早く服を脱ぐのを手伝い、すでに湯が張られた浴場へと案内した。

 マティルデとフィネに体や髪についた泥を丁寧に落としてもらい、体の隅々までを磨き上げる。湯につかり、綺麗になったティアナは淡いイエローの一枚布のドレスに身を包む。頬や腕に無数に追った切り傷に薬を塗ってもらい、濡れた髪を丁寧にふきあげ梳いていく。

 自分のことはなんでも自分でやっていたはずで、こんな風に他人に世話してもらうのには慣れていない――と思っていたティアナだったが、不快に感じることはなかった。

 もちろん、実際イーザ国で自分のことはなんでもやっていたティアナだが、王族として尽くされることに、記憶はなくとも体が慣れていたのかもしれない。

 ハレムに来た時とは見違えるほど綺麗になったティアナは、その後簡単に昼食を済ませ、ハレムのしきたりについて女官長のマティルデから説明を受ける。

 朝の礼拝、週に一度あるハレムに住まう女性達の集会――それが明日あり、ティアナはハレムの新入りとして挨拶をすること。

 基本、食事は部屋で食べ、しばらくは部屋から出ないこと。なにか用事があればマティルデかフィネに言えばいいこと。

 なんだか自由を奪われたような気もするが、ティアナに与えられた部屋は、サロン、浴場、トイレ、寝室、その他に二部屋あり、専用の庭までついている。外に出ることは出来なくてもこの部屋だけで十分な広さがあり閉塞感はなかった。

 その日、夜も更けてからダリオが部屋を訪れた――



  ※



 数年間に渡る内乱を治め、スルタンに即位して一年――

 即位後すぐに奴隷制度廃止に動いたが、昔から根付く制度に改革を進めるのは困難を極めた。内政の安定や国交に走り回り、それと並行して空いた時間に新しい労働制度を作りあげた。本来ならばもっと早くに廃止し新制度を確立したったが、内政安定に思いの他時間がかかり労働制度開始までこんなに時間がかかってしまった……

 主だった重要役職を入れ替え内政も落ち着いき始めていたが、まだまだ忙しいことに変わりはなかった。それでも、改革後はじめて運行される労働船をこの目で見ておきたくてお忍びでシュチェンの港に行ったのだが――そこで、思いがけない拾い物をしてしまった。

 この辺りでは珍しい銀髪の少女。海で遭難しているところを労働船アスワドに拾われ、労働娘ではないのに労働娘にさせられそうになっていた。

 商人の少女に対する態度は目に余り――奴隷に対するような酷い扱いに、ダリオは黙っていられなくて、侍従のエマが持つ通称“後宮女官指導手形”の木札を奪い取り、商人に見せていた。

 この木札は奴隷市場が行われていた頃、そこでハレムに住まわせる女を買うために役人が見せていたもの。忌まわしき因習の名残の木札だが、元奴隷商人ならばこの木札がなにを意味するかをすぐに理解する――ハレムに引き取る、ということを。

 案の定、木札を見た瞬間、商人は顔色を変え、すぐさま銀髪の少女を手放した。

 もちろん、本当にハレムに引き取るつもりはなかった。

 ハレムにはすでにたくさんの女達がいて、スルタンの寵愛を得るためにし烈な争いが水面下で繰り広げられている。女性達は美しく着飾っているが、その内面は恐ろしいほど醜く野心に満ちあふれている。

 出来る事ならばハレムも廃止してしまいたいと心の奥で思っているダリオは、少女に家に帰るように言ったのだが……

 名乗れず帰る場所もないと言った少女の瞳が陰りを帯び、何か訳ありだと知った上でハレムに引き取ることにした。

 結局、自由を奪うことになってしまっただろうか――

 お忍びで出来なかった執務分をこなし、日付が変わった頃にダリオはハレムへと向かいながら、そんなことを考えていた。

 ハレムなどなくなればいいと思っていたがさすがに奴隷制度とは比べ物にならないくらい廃止するのは難しいと判断したダリオは、口には出さない代わりに月に一度ある集会以外は滅多にハレムには近づかないようにしていた。今ハレムにいくのも前月の集会以来だから約一月ぶりになる。

 そんなダリオがアデライーデの様子を気にしてハレムに向かっていた。



 アデライーデに与えた部屋をノックすると、女官長のマティルデが顔を出す。

 こんな時間にもう起きてはいないと思っていたが、昼間の様子などマティルデから少しでも聞ければいいと思っていた。

 しかし、アデライーデは起きていると聞き、部屋に通される。

 懐かしい室内に僅かに顔を顰め、それから窓辺に座ったアデライーデに近づき、内心大きく動揺する。


「あっ――……スルタン、ようこそお越し下さいました」


 そう言って床に膝をつけ最高礼の姿勢を取ったアデライーデは、昼間の泥だらけでみすぼらしい格好からは見違えるほど綺麗になっていて、氷の瞳をわずかに見開く。

 カナリア色の薄手のドレスを着たアデライーデの袖から覗く手足は雪よりも白く、こぼれ落ちる銀髪は月の光を反射してキラキラと輝きを放っている。

 港で言葉を交わした時に間近で見た顔が愛しき面影と重なって、気になったのは確かだったが――

 いま目の前にいるアデライーデは記憶の中のあの人よりも、見る者の目を奪う優美な輝きをまとっている。

 あまりにも昼間の少女とは違いすぎ、驚きと胸に湧きおこる甘い感覚にダリオは自分でも気付かずに目元を優しく和ませ、一瞬後にはすぐにいつもの冴え凍る表情に戻る。

 たった数時間会わなかった間にアデライーデがハレムの礼儀作法をほぼ完璧に身につけていたから、後ろで扉のすぐ側に控えるマティルデに視線を向ける。

 一日でよくもここまで宮廷作法を身につけさせたな、さすがは女官長――そう思い。否、これはもともと身についているものかもしれない――と片眉を上げる。



  ※



 なんだか眠れなくて、サロンの窓辺に座って空を見上げていたティアナは、マティルデが開けた扉からダリオが部屋に入ってきたのに気づき、椅子から立ちあげる。


「あっ――」


 ダリオは昼間着ていた宵闇のマントは着ておらず、胸元のひらけた白いシャツとゆったりとした藍色のズボン、ワインレッドの腰紐を結んでいる。

 ティアナはダリオの側に近寄り、床に膝をついて昼間マティルデから教えられたロ国での最高礼の姿勢をとる。


「スルタン、ようこそお越し下さいました」


 このセリフもマティルデから教えられたこと。顔を伏せ、胸の前で腕を床と水平に汲みティアナはスルタンが部屋を訪れた時の形式をなぞる。

 ダリオは一瞬瞳を揺らし、それからため息をついて抑揚のない冷たい声で言う。


「よい、アデライーデ。お前はそのようなことをしなくてよい、顔を上げて立て」

「はい」


 顔を伏せていたティアナはダリオの一瞬の表情の変化には気づかず、冷たい声に小さく肩を震わせてから立ち上がる。

 ダリオは命の恩人で、怖いわけではない。ただ、威圧的な声、雰囲気にどうしても気圧されてしまう。


「どうだ? 不自由はないか?」

「はい、よくして頂いていています」


 ティアナは伏し目がちに無難なセリフで答える。

 ダリオはサロンの中央のソファーへと腰掛け、その向かいのソファーに座るようにティアナに促した。




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