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ビュ=レメンの舞踏会 ―星砂漠のスルタン―  作者: 滝沢美月
第3章 黄金の都 氷輪のスルタン
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第10話  愛しき面影



 港を離れ、大通りの一角にある広場にやってきたダリオは、エマと一緒についてくる銀髪の少女――ティアナを振り返る。

 栗毛や赤毛が一般的なロ国では滅多にみることのない銀髪の髪は泥ですすけながらも鮮やかな輝きを帯び、目を奪われる。

 袖から伸びる腕や肌にはいくつもの切り傷が見てとれたがその色は雪のように白く、唇は薔薇のように鮮やか。

 港でティアナに声をかけた時に懐かしい人の面影に重なった少女の顔にしばし見とれ、ダリオは無表情のまま冷たい口調で告げた。


「お前はもう自由の身だ。今後は海で遭難してアスワドに拾われたりしないように気をつけて、さっさと家に帰れ」



  ※



 ダリオのことも商人と同じように自分を物扱いする人間だと思っていたティアナは、予想外の言葉に大きく目を見開く。

 自由――それは嬉しかったが、それに続く言葉には棘があり、なんだか素直にお礼を言えなくなってしまう。視線をダリオからそらし。


「好きで遭難してアスワドに拾われたわけじゃありません……」


 本当にごく小さな声でひとりごちたのに――聞こえてしまったのか、ダリオの周りの空気が一瞬で殺気だったのにびくりと肩を震わす。


「ほう……?」


 そう言ったダリオの顔は笑顔なのに瞳は笑っていなくて、ティアナはぞわりと寒気を感じる。

 なに、この人――すごく威圧的というか嫌味な人というか……でも――

 胸に広がる恐怖の中に、わずかに燻ぶる小さな気持ちにティアナはドキドキとする。


「まあ、そんなことは私には関係ないが。せいぜい助けた命、無駄にしてくれるなよ」


 考え込んで黙ってしまったティアナを残し、ダリオは早くも話を完結してその場を立ち去ろうとしたから、ティアナは慌ててダリオを追いかけ袖を引っ張ってしまう。


「なんだ――?」


 上質な絹で出来た手触りのよいマントを掴んだティアナを肩越しに振り返ったダリオは素っ気なく言う。

 はっ――と自分の行動に驚いて、ティアナはマントを離し俯く。


「あの……」


 なんで引き止めてしまったのか――

 ティアナは黙り込み、しばしの間を挟んで顔を上げてダリオを見る。


「助けて頂いてありがとうございました。まだお礼を言っていなかったので――」


 そう言ったティアナの翠の瞳は複雑な感情に揺れ、ダリオは思わず聞いてしまった。


「名はなんという――? この辺りでは見かけない髪色だが、どこの出身だ?」


 ティアナを見ていると思い出す面影に、彼女自身のことを知りたいとダリオは心の奥で望んでしまう。

 尋ねられたティアナは瞳を切なく揺らし苦笑する。その表情が儚げで思わず見とれてしまう。


「申し訳ありません。お答えできません……」


 記憶がないと言っても信じてもらえるかどうか分からない。不審な人と思われないように誤魔化したのだが逆に怪しかったかな――

 恐る恐る見上げたティアナに、ダリオは特に気にした様子も無く冷めた口調で質問を続ける。

 

「シュチェンには何の目的で来た――いや、海で遭難したと言っていたな。体は大丈夫なのか?」


 安否の確認を、相変わらずの冷たい声と眉根を顰めた強面で尋ねられ、心配されているとはとても思えない雰囲気にティアナは僅かに肩を震わせる。


「はい……体はなんともありません」

「アスワドの対応はそれほど良いものではなかっただろう……傷の手当てもろくにしていないようだ。早く家に帰って、手当てをするんだな」


 ティアナの頬や腕に刻まれた無数の擦り傷に視線を向け、眉間のしわを深く刻み嫌悪の籠る声で言う。ため息をつき、呆けた顔でダリオを見つめるティアナに片眉をあげてダリオは尋ねる。


「どうした?」

「いえ……その……」


 こんなことをこの人に言っても仕方がないのに――そう思いながらもティアナは掠れる声で言っていた。


「帰る場所がないのです……」


 正確には分からない――のだが。

 ダリオはティアナをしばらく見つめ、ふっと皮肉気な笑みを口元に浮かべる。


「それならば、私のところに来るか――?」


 ずっと無表情か威圧的だったダリオが見せた初めての笑みにティアナは見とれてしまい――気付いた時には頷いていた。


「はい――」



  ※



 馬をつないでいたシュチェンの一角の大衆食堂の表でティアナを待たせ、エマとダリオは厩にいた。


「ダリオ様、本気で仰っているのですか!?」

「ああ」

「あの娘をあなた様が引き取る!? ハレム(・・・)にですか――!?」


 非難がましくエマがダリオにつっかかり、ダリオはうんざりしたようにエマを一瞥し、白い美しい毛並みの愛馬の鼻先を撫でて背中に蔵を乗せる。


「ああ、そうだ。行くあてがないと言った娘を放っておく訳にはいくまい。ハレムにはたくさん部屋が余っている、一人くらい増えてもさして問題はなかろう?」

「それはそうですが……、身元も分からず名を明かせない様な娘をハレムに入れるなど……もしかしたら、初めからあなた様のことを知っていて取り入るためのお芝居かもしれませんよ? とにかく怪しすぎます……」

「別にハセキにすると言っているわけじゃない。それに身元が分からない者などハレムには大勢いるだろう? それにあの娘……嘘をついているようには見えなかった。まして私の正体に気づいているというのは論外だな」


 嘲るように目を細めるダリオ。


「確かに、あの状況であなた様の素性に気づいていたというのは考えにくいですが……」


 エマも馬に蔵を取りつけながら、破れた服と泥だらけの体のみすぼらしい身なりの少女の姿を思い出して、渋々頷く。

 心配症のエマに、ふんっとダリオは鼻を鳴らし。


「まさかお前に心配されるとはな、これでも私は誰よりも疑り深い人間だと自負してるんだが。そう簡単に人を信用したりしないから安心しろ」


 そう言って氷の瞳をわずかに和ませる。

 笑っていても威圧感のある雰囲気に、長年側仕えをしているエマでも慣れるものではなかった。


「はあ、それは分かりましたが……私はダリオ様がそこまであの娘に執着している事の方が心配です……」


 頭を掻きながら言ったエマに、ダリオは「ん?」と眉根を寄せる。


「私があの娘に執着している――? 冗談はよせ、そんなことあるはずが――」

「だって、ダリオ様から『私のところに来るか?』なんて言ったのは初めてのことでしょう? それに汚れていても輝きを失わない珍しい銀髪、側に置いてみたくなる気持ちも分からないでも――」

「黙れ――っ!」


 笑いながら言ったエマの言葉を、ダリオは気迫に満ちた声で一括する。

 エマははっとし、自分がいらぬことを言ってしまったと気づいて、深く頭を下げる。


「申し訳ありません。言葉が過ぎました――」

「この話はこれで終わりだ。以後、一切抗議は聞かぬ」


 ぴしゃりと威圧的に言い放つと、ダリオは愛馬の手綱を引いて大衆食堂の表――ティアナの待つ元へと向かった。



  ※



 ティアナは「ここで待つように」と言われて、大衆食堂の前に置かれた椅子に座って待っていた。


『それならば、私のところに来るか――?』


 そう聞かれて、ティアナは思わず頷いていた。

 さっき会ったばかりの人で、名前も身分も分からないのに、彼のところに行くと言ってしまって、今更ながら少し後悔していた。

 一体、どこに連れて行かれるのかしら……

 港でティアナを物扱いする商人が頭をよぎり、大きく左右に頭をふる。

 違うわ、あの人は商人のように私を物扱いしたりはしない。だって、一度は自由の身だ、家に帰れと言ってくれた人よ。

 鮮やかな輝きを放つ肩より少し長い蜂蜜色の髪、鼻筋が高く整った顔立ちは氷の様な鋭い美しさを秘めている。

 表情は冷酷で、瞳は冴え凍る氷のように鋭く見た者の背筋を震わせる。威圧的な物言いは非情で――だけど、彼の言う言葉には嘘がないことをティアナは感じていた。

 冷酷な表情と声だけど、ティアナの身を案じる言葉。大丈夫かと傷を案じ、傷の手当てをするように言ってくれた。

 冷たい物言いだけれども心は温かい人なんだと感じて、ついていってもいいと、信頼しても大丈夫な人だと思えた。

 だけどまさか、連れて行かれた場所がハレムだとは――ティアナは想像もしていなかった。




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