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ビュ=レメンの舞踏会 ―星砂漠のスルタン―  作者: 滝沢美月
第1章 憂鬱の銀緯 執務室の王子
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第1話  選ばれた花嫁



「王子は?」


 ドルデスハンテ国王城、レオンハルトの執務室の扉から静かに出てきたアウトゥルは、控えの間で待機していたフェルディナントに尋ねられて首を横に振りふぅーっと心痛のため息を漏らす。

 七日前、イーザ国に帰るティアナ達の馬車を見送ったレオンハルトはまっすぐに執務室に向かい、それからずっと執務をこなしている。執務室から出ることはなく、食事もほとんど取らず、睡眠はソファーで数時間のみ。まるで何かに取り憑かれたように執務をしている。

 その様子を心配したアウトゥルとフェルディナントは代わるがわるにレオンハルトに寝室で休むように進言するが聞き入れてもらえなかった。

 ガタガタ……と荒々しい風で窓ガラスが揺れる音がする。

 外には暗雲が立ち込め風が吹き荒れ、まるで嵐が近付いているようだった。

 ビュ=レメンでは曇りの日が続いているが、国境付近では季節外れの雨が続いていると言う。


「まったくレオンハルト様はどうされたのだろうか……」


 そう口にしながらも、レオンハルトが執務室に閉じこもっている理由に薄々気づいているアウトゥルとフェルディナントは顔を見合わせ、窓から暗雲の向こう――南の方角を見やる。

 ティアナ様――今頃は王宮についた頃だろうか。



  ※



 レオンハルトは自分のせいで何度もティアナを危険な目に合わせたことに胸を痛めていた。

 本当はイーザ国になど戻らずに――ずっと一緒にいてほしい、愛している――と伝えたかったが、自分の想いばかりをぶつけてこれ以上ティアナに不運が訪れるのは嫌だった。だから。


「どうか――王子という肩書越しに私を見ないで下さい。王子を取り繕った私ではなく、本当の私をあなたには見てほしい。私はずっとあなたを待っていたのです。あなたを見つけるために私はこの世に生を受けたのです」


 そう言うのが精一杯だった。

 友人の関係でいい。異性として好きでいてくれなくてもいい。側にいてくれなくてもいい。だからせめて、澄んだ輝きのある瞳には本当の自分を映していて欲しい――今の願いはそれだけだった。

 ティアナに本当の想いを伝えるのは、自分がもっと立派な王子になり国を支え民を愛し、ティアナを何者からも守れる強さを手に入れてからだと心に誓う。

 今のままではティアナの側にいることは出来ない――

 だから笑顔でティアナをイーザ国に見送り、約束をした。今度は私があなたに会いに行きます、と。

 溢れる気持ちを胸に抱え、それを溢さない様に必死に取り繕う為には、執務に夢中になるのが一番楽だった。

 仕事をしている間は他の事を考えずに済む――だからティアナを見送ってからずっと執務室に閉じこもっていた。



  ※



 無茶をするレオンハルトの本心に気づいているアウトゥルは切なくて胸が締め付けられた。

 今もレオンハルトが籠る執務室へと続く扉に視線を向け、ほぉーっと息を吐きだす。


「王族というものは、切ないですね。己の感情に突っ走ることも出来ず、好きな人に好きと言う事も出来ないなんて……」


 眉尻を下げて泣きそうな声で呟くアウトゥルの肩を、フェルディナントはぽんっと優しく叩く。


「仕方ない、それが王族の定めなのだから。せめて我々は、ずっと王子の側にいよう」

「ええ……っ」


 耐えられずに嗚咽を漏らして泣くアウトゥルだったが、続いて出てきたフェルディナントの言葉にきょとんとする。


「それにしても、結局、王子の花嫁選びの舞踏会はどう決着がついたんだ?」

「えっ――?」

「王妃様は舞踏会の日に花嫁を選ぶと言っていた。つまり、もう誰かが花嫁に選ばれているはずだろう?」

「ああ、そうだね。あんなに結婚結婚と騒いでいた王妃様の周りは舞踏会の翌日からは妙に静かで、こちらも時空の裂け目の問題でバタバタしていたからすっかり忘れていたけど……どうなったんだろう? なんだか急に気になってきたっ」


 気にし出したらどうしようもなく気になって、アウトゥルが落ち着きなく部屋を歩き回り始めたその時。

 コンコンと、廊下から控えの間の扉が叩かれる音がして、アウトゥルが素早く扉に近づいて開けると、王妃付きの女官が立っていて王妃の訪問の先触れを告げた。



「具合が悪くて寝込んでいたそうだけど、体調はもういいのですか? 最近は天候も優れないし、気分がめいってしまうわね」


 執務室の手前にあるサロンのソファーに優雅な腰掛けた王妃が、口元を扇で隠して目の前に座るレオンハルトに尋ねる。

 向かい側の一人掛けのソファーに腰掛けたレオンハルトの顔色は青白く、目の下の隈は酷い。数日前と比べて明らかにやつれていて、とても元気とは言えない状態だったが、レオンハルトはあえて肯定する。その口調は素っ気なく、覇気がない。


「ええ、おかげ様ですっかり元気になりましたよ」


 レオンハルトが時空石の裂け目に触れて猫に戻ってしまっている間、レオンハルトは具合が悪くて倒れたと言うことにして、人払いをしていた。

 もちろん具合が悪かったというのは嘘で、レオンハルトがやつれているのは一週間の間、ほとんど食事も睡眠もとらずに執務室に籠っているせいだった。


「それよりも、ご用件は何ですか? 私は忙しいので手短にお願いしますよ」


 母が尋ねて来ると碌なことがないことを知っているレオンハルトは適当にあしらう様に言う。

 ソファーの背もたれに寄りかかり、気だるげに手を振って追いだそうとする。憂鬱そうに陰った瞳はどこかぼぉーっとしている。


「あら、素っ気ないのね。あなたの未来に関わる大事な話で来たというのに」


 気を引こうともったいぶって言う王妃に、レオンハルトははぁーっと小さくため息をつく。

 相手にしないといつまでたってもサロンに居座りそうな王妃の態度に諦め、視線を正面に向ける。


「分かりました。どんな要件ですか、ちゃんと聞くので早く話して下さい」

「先日の舞踏会は素晴らしかったわね。あなたの花嫁を決める舞踏会だからとどこの娘達も気合い十分で、ほんとに素晴らしかったわ」


 ふふふっと扇の裏で優美な笑い声を立てる。


「それで母は決めましたのよ」


 え――……

 含み笑いに嫌な予感がして、レオンハルトは片眉を上げる。


「あなたの花嫁は――イーザ国のティアナ姫に決定致しましたのよ」




お待たせいたしました。えっ……誰も待っていませんか(^^;

ビュ=レメンの舞踏会シリーズ第三弾です!

前シリーズはシリアスなカンジだったので、今回はあまあまなカンジでいきたいと思います。

最後までお付き合い頂けると嬉しいです<m(__)m>

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