生還2
作蔵の考えは対策本部と真っ向から対立していた。
「舟が転覆した以上一刻の猶予も出来ねえ、末男達が舟につかまっている内に助けなければ手遅れになる」
「作蔵、今船を出すのは無理だ」
「玄さん、正夫の親父を救えなかったのはあんたの弱気な判断が原因だった。俺は違うぞ」
むかし、一本釣りのかつお漁船が三陸沖で遭難した事故があった。作蔵と玄さんはその時の数少ない生還者であった。
「板子一枚下は地獄だ。そのことはお前も良く知っている筈だ、俺は最善を尽くした。三十年も前の話ではないか、俺は正夫の父親代わりとなって償いもしてきた。作蔵、それでもまだ俺を責めるのか。神の許しも仏の慈悲も無いのか」
「そんなことは言っていない。玄さん、二次災害を恐れているのは俺じゃない、役所の人間だ。やつらは自分に責任がかぶってこなければそれでいい。末男の生命は二の次だ」
「そんなことは無い。第一この時化では満足に捜索する事が出来ないではないか」
「玄さん、舟は転覆しているんだろ。なら、迷うことはねえ、俺は行くぞ。皆の衆、状況はご覧のとおりだ。俺に命を預けてくれる船は一緒に出てくれ、お頼申す」
場内はウォーという掛け声と異様な熱気に包まれて、対策本部の役人たちでは作蔵の行動を制止することが出来ない。作蔵の船『興運丸』を先頭に命知らずの漁師たちは大時化の海へと次々に出港して行った。
「げんこつ岩から南へ一キロメートルの地点で転覆している一〇二号を発見した。末男と正夫の姿は見えない、行方不明だ。
一〇二号のクーラーボックスを発見した」
興運丸からは悲痛な無線が入ってくる。
「末男達はさらに南に流された模様、捜索の範囲を広げるが手が足りない。後詰の船を応援に寄こしてくれ」
興運丸からの要請に対策本部長は顔面蒼白になりながらも指示を出した。
「了解と言え、準備が整い次第出港すると伝えよ。但し、船は出すな。日の出まで何としても時を稼げ。本庁連絡係りはこの事を一字一句漏らさず本庁に報告せよ。よいか、誤るでないぞ」
夜は白々と明けてきて、砂浜に立つ玄さんは沖に向かって叫んでいた。
「ドビー、出てこい。お前の仕業である事はわかっている」
墨汁を流したような空の一角から玄さんの耳に届く魔物、ドビーの声があった。
「久しぶりだな玄、いやさ玄治。よもやあの時の取引を忘れた訳では無かろうな。順番を一人ずらすことにお前は同意したはずだ。それでお前の寿命は三十年延びた、そろそろ限界だ。お前の命を貰いに来たぜ」