生還
第三章 生還
携帯電話が鳴った。時計は日曜日の午前三時を指している。
「サチ子、起きろ。海難事故発生、現場は玄さんの海だ。今回は嫌な予感がするのでカメラマンには加瀬君をつける。取材車両が向かっているのでそのまま現場に急行してくれ、情報は逐次入れる。気を付けてな」
「はい、了解しました」
サチ子はデスクの話を聞きながら身支度を整えていた。ジーゼルエンジンの音が聞こえる。窓に近づきカーテンをそっと開けて外を覗く。見ると、取材車両が横付けされ加瀬君の姿が現れた。「はやい」。彼は、お寺の息子で法力があるからと、カメラの腕はいまいちだが、今回のように危険な現場を専門に担当している。
「ピンポーン。サチ子さん起きていますか? 迎えに来ました」
「まって、すぐ行くわ」
サチ子は手早く化粧を済ませ、髪を後ろに結んで飛び出した。
東名を飛ばせば、午前六時前後には現場に到着できる。サチ子は加瀬君の隣で今までの状況説明を受けた。
前日土曜日の午後十一時頃のことであった。
釣り舟一〇二号から海難救助信号が発信された。
「しまった、油断した。まさか正夫達が」
うたた寝をしていた玄さんは飛び起きて唸った。舟が転覆すると救難信号が自動発信される仕組みになっている。浜に出てみると、いつの間にか雨は本降りとなり風が出て海は大時化となっていた。玄さんは天候の急変に気付くのが遅れた。
役所の対応は素早く、一時間も経たぬ内に玄さんの店が災害対策本部となった。知らせを聞いた関係者も集まってきて、その中には作蔵や正夫の母もいた。
対策本部では、悪天候の中での捜索は二次災害の恐れがあるということで、天候が回復する翌朝の日の出から、捜索活動を開始することとし、当面は情報収集に全力を挙げることとなった。
目の前に見えるげんこつ岩に取り残された釣り人の家族達は、「海に落ちたら終わりだ、今すぐ救出してくれ」と、懇願したが救助隊は動かず、朝まで頑張って生存している事を祈るしかなかった。
作蔵の考えは対策本部と真っ向から対立していた。