嵐3
げんこつ岩の周辺で竿をいれるとタチウオが食いついてきた、今夜はいつもより良く釣れる。二人はクロダイを狙ってげんこつ岩に上陸することにした。げんこつ岩には既に先ほどのおじさん達が乗り込んでいて、「また釣れた」、「俺もだ」と、歓声を上げている。
舟を付ける所は決まっていたが、不慣れなおじさん達はお行儀悪く『二番船着き場』に舟を繋いでいた。正夫は止むを得ず、その手前の『一番船着き場』へ一〇二号を繋いで岩場に移った。
ここでも珍しく良く釣れた。まるで沖から追われてきた魚たちが、げんこつ岩に飛び乗るような勢いで、竿を入れるたびに獲物が掛った。
しばらくして正夫はうねりが大きくなってきた事に気が付いた。
「末男、そろそろ帰ろうか。波が出てきたみたい」
「エー、もったいないよ。おじさん達、まだ釣っているぜ」
正夫は先ほどのおじさん達に目をやった。皆、釣れた・釣れたと大はしゃぎで、帰る気配はない。正夫もこのまま帰るのは、少し惜しい気がした。
海はだんだんと荒れてきた。沖では白い三角波が立ち始め、沖から寄せる波がげんこつ岩に当たり、大きく水しぶきを上げた。
「プアー、これはたまらん」。誰かが声を上げた。海が時化始め、不吉な予感が皆の心を過ぎった。運悪くポツリ・ポツリと雨も降りだし、皆「これはいかん。帰るとするか」と、誰ともなく帰り支度を始めたが、雨は急に大粒の本格的なものとなり、強い風が吹いて、あっという間に嵐となった。
雷神が肩に担ぐ風袋から吹き出す風は逆巻き、光る稲妻に天は裂け、波はおおきく渦巻いた。
おじさん達は大急ぎで『一番船着き場』から舟に乗り、陸へ向かって漕ぎ出した。正夫達も『二番船着き場』から舟に乗り移ったところで、大波が押し寄せてきた。
海は、ポッカリと大きな口を開け、あっという間におじさん達の舟を飲み込んだかに見えた。
次の瞬間、浮き上がった舟を後ろから五メートルもの大波が、追いかけるようにのしかかってきて、舟はもろくも海中に沈んだ。
正夫は必死に大波をかわすと「これはいかん」と舟を戻し、海に投げ出されたおじさん達を救助しようとした。しかし、波は深く大きくうねり、思うように舟を動かすことができない。
ひとりが岩場に辿り着いてへばり付いた。次の大波が幸運にも他の釣り人を岩場に運んだ。一人、また一人と岩場にかじり付いていく。