嵐2
玄さんもわが子の様に、人一倍正夫の面倒を見ている。まさか正夫が嵐に遭い遭難するとは、この時、夢にも思っていなかった。
「ありがとう玄さん。今の時期、げんこつ岩の付近ではクロダイは無理かなー」
「そうだなー。無理という事もないが、どうだかなー。夜釣りならタチウオだな。これならはずさないと思うよ」
「タチウオか、これ面白くないんだよね。仕掛けが面倒だし」
「フム、救命胴衣は勿論だが、ウエットスーツも着た方がいいぞ。末男も一緒なんだろ、夜は冷えるからな」
「玄さん、チョッとオーバーじゃない? たかが夜釣りだよ。六時ごろに出て十二時には戻ってくるからさ」
「なーにお前、海や山は用心に越した事は無い。いざとなったら紙一重ってこともあるしな」
正夫は玄さんの用心深いところに辟易していたが、末男に相談してみると、意外に「玄さんが言うことだから」と、当日は重装備となった。
約束の時間、二人が船着き場に着くと既に第一グループが準備をしていた。
このグループは年のころ五十代後半のおじさん達四人組で、正夫達を見ると「オッ、南極探検か」と冷やかし、一〇一号の舟に乗って沖へ出て行った。正夫は憮然としたが、久しぶりの末男との夜釣りである。末男の気分を害さないようにと気を使い、努めて明るく振舞った。
玄さんは一〇二号の舟に正夫達を乗せると係留していた綱を解きながら「気を付けてな、無理すんなよ。うねりが出たら帰って来い、どうせ釣れないから」と、言った。そして夜食用にと、おにぎりやおかずの入ったクーラボックスを手渡し、「昨晩のすき焼きの残りに肉を足しておいたからうまいぞ」と笑った。正夫達も「わかったよ、玄さん。みやげ待っていてね」と手を振って船外機のエンジンを回し、沖に漕ぎ出した。すぐに日が沈んで辺りは暗くなったが、海は穏やかに凪いで、絶好の釣り日和であった。