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ひきこもり×お盆(2)

 築年数が二桁を楽に越す家々が立ち並ぶ夜の住宅街は、いつもより騒がしい家と静かな家の二極化になっていた。

 それは帰省する組と、帰省される組と分かれているからで、帰省組が住む家は真っ暗になっており、隣も帰省組だったりすると周囲の闇が更に濃くなる。

 その逆に、賑やかに庭先で楽しそうに花火をしている家もある。まさしく老若男女の笑顔が咲き乱れ、実に楽しそうであった。

 親戚が集う家を見分ける方法は、車の数と、家から漏れる明かり、それと声だ。

 ここに隣同士で並ぶ家がある。

 一方は敷地内に収まりきれなかった車が道路脇に止められ、家からは光と賑やかな声が漏れてきていて、中では酒盛りでもやってるのだろうと想像できる。

 もう一方の家はおかしかった。いや、都会なら当たり前だが、田舎で、親戚の繋がりを大事にするような、ここ一帯からするとおかしいと言う表現が正しいか。

 その家は、車はどこにも止まってなく、声も聞こえてこないが、居間に面した窓から微かに光が漏れていた。




 水澤家の台所では、かなたが、食べ終えたコンビニ弁当の空容器を洗っていた。

 かなたとみずきが暮らす地区はゴミの分別にうるさいのもあるが、わりとマメな性分なのだ。かなたは洗い終わった容器を、商品名のシールを破がしてから、プラスティックゴミ用と書かれたゴミ入れに捨てた。

 一仕事終え(空容器洗っただけ)、かなたは台所を見渡し、レジ袋に入れっぱなしで食卓テーブルに置かれたインスタント食品の数々を(数日分だし。別にそのままでいいか)と、放置し台所を後にした。

 明かりが点けられた居間でかなたは座布団の上で胡座をかき、電源がオフで鏡のように自分の無表情を黒い液晶に映す地デジ対応テレビ(38型)を何かを思案するように見て、電球が頭上に輝いたように立ち上がり、自室へと駆けていった。


「……こっちでするの?」

 風呂上がりで肌をほんのり桜色に染めたパジャマ姿のみずきが、居間で電気修理屋のようにテレビに配線をしているかなたに虚ろな視線を向ける。

「……まあ、せっかくだし」

 振り向かずに答えながら、かなたはゲーム機から伸びるコードを手際よく所定の位置に差し込んでいく。

 普段、かなたが居間の大型テレビを使用してゲームをすることはない。朝、昼は人目が気になるし、夜は家族がいて出来ないため、このようなお盆などでないと出来ない贅沢だ。

 音声はステレオ(かなたの部屋のはモノラル)。画面は大きい(かなたのは14型)。それらは感涙するくらいの違いがある。小さいテレビだと文字が潰れたりして見えないことがあり、それが解消されるのは何より大きかった。

 みずきはバスタオルで纏めていた長い黒髪を降ろし、両手で挟み込むように丁寧にタオルで拭く。まだしっとりと湿気を含んだ黒髪が暖簾のようにみずきの前に垂れて顔と体を覆い、今にも井戸から這い出たばかりの幽霊のようである。

「それより、先にお風呂入っちゃって」

 結婚数年後の妻のようにみずきは淡々と言った。ゲーム機の設置を終えたかなたは、気怠そうに立ち上がり、

「別に後でもいい」

 みずきは髪の隙間から見える表情を僅かにしかめる。

「洗濯終わらせときたいから」

「さいですか」

 と、頭を掻きつつかなたは、みずきの横を通り風呂場へと向かっていく。艶のある黒髪からシャンプーの香りが漂っていた。


 ベテラン主婦とまではいかないが、みずきは家事全般は無難にこなすことができる。

 頼まれたわけではないが、世話になる身としてお盆期間中の数日間は、掃除、洗濯をしたりしている。

 今も風呂場の前に設置された直立式の洗濯機に、脱いだばかりで温もりが残るかなたの衣類を纏めて放り込み、ついでに自分のも入れてから、洗剤を目分量振りかけて、蓋を閉めスイッチを押す。

 水澤家の洗濯機は、洗濯中もガラスを挟んで中を見る事ができるのだが、みずきはその場に止まり、虚空をみるかのような瞳で、グルグルと渦潮を作りながら中で踊るように回る衣類をジーッと見つめている。



「……何をしてんだ?」

 カラスの行水な風呂を終えたかなたは、洗濯機前で突っ立っているみずきを見て怪訝な表情を浮かべた。

「前、見えてるけど」

 問いに答えず、振り向いたみずきに言われ、瞬時にサッと手で一部分を覆うかなた。自信のあるモノでもないため恥ずかしい。

「…………」

「…………」

 二人は見つめ合ったまま沈黙。洗濯機の回転音だけが少しの間支配し、

「とりあえず、あっち行ってくれ」

 かなたは片手でシッシッと追い払う動作。

「別に気にしないし」

 と、立ち去らずにみずきはバスタオルを取り出してかなたに渡す。珍しく、僅かながらニヤリと、見る人が見ればホラーな微笑を浮かべている。

 かなたはそれを受け取ると、みずきから背中を向けて体を拭き、

「はい」

 みずきからパンツを受け取り、履くと足早に風呂場を後にした。体は風呂上がりだからか、羞恥からかほんのりと赤く染まっていた。みずきはクスッと鼻で笑い、洗濯機に向き直った。




 トントントン。

 というリズムの良い物音でかなたは目を覚ました。

 場所は朝陽がカーテンに遮られた薄暗い居間で、近くにはゲームのコントローラーがあり、ゲーム機がウィーンと一晩中起動し心なしか疲れたような音を発している。

 二つ折りの座布団を枕にしてることから、ゲーム中に寝てしまったのだろうとまずは思ったが、少しおかしかった。

 テレビは消されてるし、体には覚えのないタオルケットが掛けられている。一瞬、テーブルを挟んだ向こうで、タオルケットにくるまり寝息を立てているみずきがしてくれたかとも思ったが、違うなと台所の方よりなおも聞こえてくる調理音によりそう思う。

 第三者にある程度の心当たりはできていた。かなたはノソノソと立ち上がり、それでも警戒するような足取りで台所に向かう。

「あ、おはよ。かなちゃん」

「……おう」

 その人物は、かなたの姿を見るとニッコリと太陽のように眩しい笑みを浮かべた。

 彼女は背中の中程まで伸びた亜麻色の髪を一つに束ね、人に好かれるような愛くるしい顔立ちをしており。ロゴ入りTシャツとショートパンツから伸びる手足は、かなたやみずきとは違う健康的な色をしている。

 台所には実に家庭的な匂いが漂っていた。

 炊飯器からは水蒸気がポワポワと立ち上り、鍋には味噌汁が出汁の香りが混じる湯気を立てる。次には玉子が焼ける甘い匂いが充満するだろう。

「いつ来たんだ?」

 寝癖だらけの頭を掻きながら、かなたは聞いた。その声は他人と接するようなオドオドした様子はなく、普段みずきと話すように淡々としている。

「六時頃かな。そしたら、テレビ点けっぱなしで寝てるんだもん。ちゃんと布団で寝ないと風邪引くよ。……もう」

 彼女は呆れたようにあからさまに大げさなため息を吐く。

「……悪い。で、その和の朝食メニューはどうしたんだ? 材料はなかったが」

「家から持ってきたの。あ、ちゃんとバレないようにね。インスタントで過ごすつもりだったみたいだし――」

 と、彼女は棚の上に移動したインスタント食品の数々を一瞥し、

「もう! あれだと栄養偏っちゃうでしょ。お姉ちゃんも料理できないわけじゃないんだから作ればいいのに……」

 ムゥと眉を寄せ、不満そうな表情を作る。彼女は二人と違い表情がコロコロと変わる。

 かなたは視線をほんの少し下げ、申し訳なさそうに、

「スーパーはちょっとな……」

 かなたにとってスーパーはコンビニより行きづらい場所だ。広くて人も集まる。主婦も多く雰囲気からして、立ち入り禁止のテープが張られている感覚にとらわれる。

「そっか。それより顔洗ってきたら? 頭ボサボサだし。ご飯もうすぐできるから」

「ああ」

 生返事をし、かなたは洗面所に向かっていく。彼女は、菜箸でカチャカチャとボウルに入った卵を混ぜ、調理に戻る。


 かなたが台所を出て行ったあと、少ししてみずきが起きて台所に来た。

 乱れた髪を前だけかき分けて視界を確保し、普段とさほど変わらない眠そうな瞳で、玉子焼きをフライパンからまな板に移している後ろ姿に、

「なぎさ」

 微かに優しさが滲む声でみずきは妹の名前を呼ぶと、みずきの妹、相原なぎさはクルリと首を向け姉の姿を見て、パァと笑顔の花が咲く。

「おはよ。お姉ちゃん」

 なぎさの挨拶に、みずきは無言ながらも表情を和らげる。

 大学生で順調に人生を歩む妹に、劣等感が生まれ一時期逃げるように距離を置き、なぎさも同じように、互いに磁石の同極みたいな時期もあったが、今は自分を理解して接してくれるなぎさに距離は元通りになっている。

「もうすぐ出来るから」

 なぎさは甘い匂いを放つ玉子焼きを切っていく。みずきは怠慢な動作で食卓テーブルのイスを引いて座った。

「それ、どうしたの?」

 主語もなく、何を指さすでもなくみずきは言った。つい先ほどかなたに聞かれたことと同じだなと、なぎさは小さくクスッと笑う。

「ウチから持ってきたの。インスタントばかりじゃ栄養も偏るし。当然、忍んで来たから大丈夫だよ。ニンニンってね」

 忍者が忍術を発動する時をイメージした、顔の前に持ってきた片手を人差し指だけを立てたポーズをしながら、ウインクをした。

 しかし、みずきの反応は「そう」と普段通りの薄さである。

 なぎさはその反応を気にすることもなく、玉子焼きを乗せる皿を、ガラス棚より取り出した。




「ね、かなちゃん。玉子焼き上手になったでしょ?」

 ひきこもり二人に大学生一人という朝の食事風景。血縁関係がなければ実現しないであろうそれは、歪の形のパズル同士がピタリと合わさったかのように、朝の団らんとも見て取れた。終始笑顔と会話を振りまくのはなぎさだけで、他二名は表情を微細に変えて返すだけなのだが、それが当たり前の光景のように見える。

「ああ。……おいしいな」

 かなちゃんと呼ばれ、こそばゆそうにかなたは頭を掻く。以前、女っぽいからやめてくれと抗議したが、昔からの呼び名を今更変えれないと却下された。

「よかったー。そだ、お姉ちゃん。今日はずっとここに居てもいいかな?」

 みずきは箸を止め、

「他に予定とかあったりしないの? 友達関係とか……」

 なぎさは大仰にため息を吐き、斜め下に視線を落とす。

「まあ、色々とねー。彼氏だとかなんとか忙しいみたいだし」

「そう」

「だから、居ちゃ……駄目かな?」

 上目遣いでなぎさはみずきを見る。クリンとした瞳を潤ませながら。

「…………」

 みずきは答えず、家主に(お盆中の)判断を仰ぐようにかなたを見る。なぎさもつられるように視線をみずきの隣に座る人物に移動させる。

「何故、俺に聞く……」

 未だ寝ぼけているかのような薄目。

 チワワのような潤ませた瞳。

 姉妹の視線がかなたに集まる。

 かなたは一旦味噌汁を飲んでから、

「別に構わないが」

 すました返答に、なぎさは「やったねお姉ちゃん!」と、何故か姉と協力していたかのように言って、掌をみずきに向けハイタッチを求め、みずきも渋々と掌を合わせた。なぎさのペースには自分の世界を持つ二人も巻き込まれざるを得ない。

「じゃあさ、夕食はお姉ちゃんの作るカレーにしよ!」

「……材料ないけど」

「それならアタシが買ってくるから。お姉ちゃんのカレー楽しみー。かなちゃんもそう思うよね」

「まあ、そうだな」


 こうして、静かだった水澤家からは楽しげな声が約一名聞こえてくるようになり、今年のお盆は無事に過ぎ去ることとなった。



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