ひきこもり×コンビニ
周りの既に点灯していた街灯とはワンテンポ遅れと、その店前の街灯がチカチカと瞬いて点く。
既に太陽は西の地平線へと沈み。空は色を濃くしていく。そんな時間帯。
「ありがとうございましたー」
彼は丁寧に頭を下げ、お客を出て行くのを確認し「ふぁ……」と大きく欠伸を吐く。
ここは某コンビニ。
お盆時期で、炊事を面倒くさがる人が多いのか、夕方の時間帯には弁当を求めにくる客がひっきりなしに訪れ、忙しかったが、ようやく客は途切れ店内が閑散としたのを見て、バイト店員である彼は一息吐くように体を伸ばしていた。
「鈴木くん、眠そうだねえ」
と、肩にポンと手を置き声を掛けられ、鈴木はビクンと背筋を張る。心臓が高鳴った。
「な、な、あ、店長! すいません!」
まるでお化け屋敷にいるかのような、ややオーバーなリアクションで反射的に謝るが、柔和な笑みを称えた人の良さがにじみ出ている店長は、
「驚きすぎじゃないか? 鈴木くん。この時期は忙しいからね。仕方ないことだが、客の前ではしっかり頼むよ」
「はあ、昨日はほとんど寝てないもので……」
「若いねえ。でも睡眠は取らないと駄目だよ。仕事に支障があったら困るからね。じゃ、頼むよ」
ポンともう一度肩を叩いてから店長は奥へと消えていく。
「……すみません」
言ってから、早速また大口を開け欠伸をする。さすがに昨日の過ごし方はまずかったと反省する。
鈴木は、昨日予定が全くなく、せっかくの機会だから(といっても予定がない日は結構ある)と、今日は一日ホラー映画三昧だと息込んで、和洋、人気作からB、C級作品までのホラー映画のDVDをレンタルし、雰囲気を出すため部屋を暗くし、ヘッドフォンをして見続けていた。そしていざ就寝しようと目を瞑ると、映画の光景がフラッシュバックしてしまい、寝付けなくなった次第である。
「特に和ホラーは強烈だったな……」
と、思い出すだけで背中にゾゾゾと悪寒が走る。
鈴木が、夏なのに寒そうに身を震わしてると、ガー、と入り口である自動ドアが開いた。
「いらっしゃいま――せ」
半ばパブロフの犬的に入り口に体を向け、マニュアル的な言葉を発した時、また悪寒が走った。
入ってきた客は二人。
一人は若い男で、俯き加減で前髪が目に掛かっていて、なおかつ猫背で暗い雰囲気を纏っているが、たくさんの客を見た中だと気にもとめない程度の容姿ではある。
続いて入ってきた客には鈴木は目を見開いた。
その女性は、とにかく黒い髪が印象的だった。いや、日本人なら当たり前の髪色だが、驚くのはその長さである。墨汁でも垂らしたような黒髪が、呪われた日本人形のように伸びに伸びて、少し屈めば地面に届きそうなくらいだ。
その黒髪が、顔にもかかっており表情を隠してしまっていて、それが鈴木にはホラー映画に出てきた幽霊と重なってしまった。年齢は先に見た男と同じくらいだろうと鈴木は推測する。
うわー。ホラーが現実に……という大変失礼な思考を鈴木は頭を振って払う。二人は連れのようですぐに雑誌コーナーへと曲がっていった。
店員に奇異の目で見られてると、頭の片隅で被害妄想のようにある水澤かなたと、相原みずきは雑誌コーナーで立ち読みしていた。
かなたはゲーム雑誌を、みずきはPC雑誌を手に取りパラパラ漫画のように素早くめくってたが、視線は落ち着きなく周りを気にするようにさまよわせ、すぐに棚に戻し、買い物を再開する。
このコンビニは、入り口から少し直進した右手にレジがあり、他に客もおらず鈴木は自然と二人の様子を目で追っていた。
雑誌コーナーは棚が視界を阻んで見えないが、現在はインスタント食品が陳列された棚を二人並んで商品を見ている。
男はカップラーメンを適当に手に取って、持つカゴに入れていく。女がボソボソと男に会話らしきものをして(レジからじゃ聞き取れない)棚から男の持つカゴに商品を入れる。更に華奢で日焼けを知らないような真っ白な手で、インスタント食品をいくつか棚からカゴに入れていく。
女の黒いワンピースから伸びる手足は白く細い。全体が少し強く抱けばポキリと折れてしまいそうであった。その細い体躯が鈴木には映画の幽霊と重なった。
白熱灯で明るい店内だから何も感じはしないが、暗闇で会ったなら腰を抜かしていたかもしれないという考えを、鈴木はやはり頭を振るって霧散させる。客をそんな目で見てはいけないと。
数日分のインスタント食品を買い込み、かなたとみずきは飲み物コーナーへと移動する。
「何か買うか?」
「いいの?」
「ああ」
まるで犯人を尾行する刑事のように声を潜めた会話をし、かなたは炭酸飲料をいくつか、みずきは紅茶飲料をカゴへ、そして弁当コーナーへと足を運ぶ。
鈴木は二人の関係性をカップルではないかと推測した。今も傍をほとんど離れることなく弁当コーナーに来たことからもそう受け取った。更に同棲もしてるかもしれない。数日分のインスタント食品を買い込んでたようだし、と。
あと、彼女の後ろ姿をボンヤリ見てると“G”っぽいな(人々を恐怖におとしめる黒い悪魔。主にキッチンに生息。北海道には滅多に見ない。見たことがない)なんて思ったりもした。もちろん失礼すぎるため頭を振って吹き飛ばした。
弁当を二人分カゴに入れたのを視認し、鈴木はレジ前に立ち、来るのを待った。
かなたが、ゴチャゴチャと数日分の食料が入ったカゴをレジカウンターに乗せると、店員が手際よく精算を始め、ピッピッとリズムよくバーコードを読みとる音が鳴る。
みずきは背後霊のように少し後ろで待つ素振りを見せたが、他に客がいないか見渡してから、フラリと雑誌コーナーに行った。
かなたはレジ脇のからあげやらに興味なさげな視線向けている。店員が弁当のバーコードを読みとり機に近づけてから、
「こちら温めになりますか?」
コンビニなら当たり前にある何気ない店員の問いに、かなたは傍目には分からないが体を強ばらせる。
かなたは脳内シミュレーション(コンビニ編)で予習した言葉を喉から出そうとするが、今出すと震えた声になりそうだと察知し、一旦飲み込んだ。
店員は、いつもの接客でのタイミングで答えがないことに傍目には分からない程度に首を傾げる。店員の目には、この客がどこか調子を悪くしたような顔色に見え、
「お客さ――」
「けっ……結構です」
「――はい」
かなたは、テスト中の教室で『トイレ行きたい』と言ったかのように、フゥと小さく息を吐いた。
ちなみに『いいです』という断り方もかなたのシミュにはあったが、以前にその言葉を発したとき、肯定か否定かどちらか迷った店員に聞き返され、もう言うまいと誓った。
その後、滞りなく会計を終え、
「ありがとうございましたー」
店員の声に見送られ、みずきと合流してかなたはコンビニを後にした。
空は少しの間に、煌々と輝く月が高い位置にあった。街灯と共に、明るく照らされた帰路をひきこもり二人は歩く。
「……変な目で見られてたかも」
「気のせいだろ」
「ん。多分そうだろうけど」