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ひきこもり×お盆

 テレビ画面には、コロコロと六面体のサイコロが転がるのが映っている。真上に出た目は真っ赤な丸い点で、一を示している。

 3Dで表され、幾多の線と点で創られた日本列島の形をしたマップを、青いバスが一マス進んだ。青いマスに止まり、収益を決めるルーレットが回る。中々の高収益を得た。

「みずきの番だぞ」

「……ん」

 短く答え、相原みずきはマンガを置いて、代わりにコントローラーを握る。

 みずきの順番の間、1P(青)である、水澤かなたも漫画本に視線を落としている。

 サイコロを振り、2Pの赤いバスが出た目の分進み、黄色のマスで、使用すると様々な効果が発動するカードを得て、順番を終えた。

 その後、CPUに順番が回り、少ししてかなたの番が来るまでの間、二人は無言でマンガを読んでいた。

 二人がプレイしてるのは国民的ボードゲームで、最新作の数年前に出たシリーズである。二人は一見すると、集中力もなくツマらなそうに見えるが、単に手持ちぶさたなただ見てるだけの時間を減らす結果、こうしている。既にやり慣れてるため進行状況は音だけで分かる。

 それでも、音で判断し、必要な情報を得るためにチラチラと画面は確認している。その情報を基に、マンガを読みつつ、プロの棋士のように次の手筋を脳内で描いている。二人は、ここまでの自分や相手の手持ちカード、所持金額、所有物件、と全て記憶している。

 優れたスキルではあるが、無論このゲーム以外に役立つ事はない。


 昼間なのに、カーテンが閉め切られた暗い部屋の中で、二人がこのゲームを始めてかれこれ二時間にはなる。年数で進行するゲームで、既に十年経過しているが、まだ序盤にすぎない。何故なら二人は最大年数である九十九年までプレイしようとしているのだから。




 ――少し前のこと。

 点けっぱなしのラジオからは、ボールを真芯で捉えた快音が流れた。徐々に歓声が上がっていき、実況がホームランだと伝えた。

 高校球児達の熱い夏。甲子園である。

 かなたは、外界からしみ入る暑さを吹き飛ばさんと懸命に首を振る扇風機の風を浴びながら、ドカ○ンを読んでいた。脇には山のように積み上がったドカ○ンが置かれ、全巻読破しようと考えている。既に何度も読んでいるが、それでも面白い。――と思うが、作者は読んだことがないので分からない。

 2リットルペットボトルで作った麦茶がなくなり、補給するため、かなたは一階の台所へと降りてきていた。サ○エさん家と似たような間取りの台所で、手際よく麦茶バックを取り出し、水道水を入れたペットボトルにねじ込む。それを冷蔵庫で冷やしておく。冷えるまでの間を水道水で喉を潤しとこうとかなたは蛇口を捻る。

 ――その時、勝手口のドアが開いた。

 現れたのは、三河屋、ではなく、相原みずきであった。

「荷物多そうだな」

 水を飲んでコップ置き、かなたは言った。

 みずきは肩掛けのバッグを床に降ろし、フゥと息を吐く。

 床に降ろされても円筒を横にした形状のバッグは形を崩さずに保たれており、チャックを開けたらエ○パー伊藤が飛び出てきてもおかしくないくらい、中身が詰まってるのがわかる。

「ん。帰るの遅くなるかもしれないからから。念のため」

「そか」

 聞き方によっては、いかがわしいようにも受け取れる会話を交わし、二人はかなた部屋に行く。やはりいかがわしいニュアンスに取れてしまうが、二人は幼なじみでありそれ以下でも以上でもない。

 みずきが何故、家出少女のような荷物を持って来たかというと、泊まるためである。隣家に住むみずきが、泊まりに来るというのもおかしな話のようだが、当然理由がある。

 ――それは数日前に遡る。




 相原家の食事風景の最中に、みずきの母が告げたのは、お盆に親戚が来訪するということであった。

 それを普通の人が聞いたならば「ふぅん」ぐらいの薄い反応をし、頭の片隅にでも入れとく程度の事だが、みずきにとって親戚というのは、江川卓と小林繁くらいに顔をあわせにくい相手なのである。

 空白の一日事件の二人は、後にCMを機に和解し、それから小林氏は亡くなった。

 みずきと親戚の間に大きなわだかまりはないが、顔を合わせにくい理由がある。それはみずきがひきこもりで、その親戚というのが顔を合わせたら『仕事してるの?』と、ニヤツきながら訊いてくる人だからだ。

 それが嫌でたまらなく、十六、十七になる頃には、親戚がいる間は食料を部屋に抱え込んで、ほとんど部屋から出ないようになった。みずきにとっては来訪というより来襲のようなものであった。

 みずきの頭の中に、嫌味な笑みを浮かべる親戚の顔が浮かぶ。いかにも心配そうな顔で聞くが、内心はほくそ笑んでるに決まっていると、みずきは思っている。少なくとも本気で心配するような人物ではないのがみずきの見解だ。

 みずき母が、今年もかなたの家に行くのか聞いて、少し逡巡する間を置いてみずきは頷く。

 親戚が訪れる方が多い相原家に対し、帰省する側である水澤家。みずきと同じひきこもりであるかなたは、帰省する両親に付いていくことはせず、家に残る。

 数年前より、一人残るかなたの家を避難所のように利用するのがみずきのお盆の過ごし方になっている。

 若い娘を、若い男が一人で居る家に泊まらせるのは、獰猛な獣と同じ檻に入れるようなモノに見えるが、両者の家族付き合いは良好であり、かなたならさほど心配はないとみずきの両親は安心して行かせている。




 時系列は戻り、何日も泊まるなら――と、PS2でボードゲームを始めて今に至る。ちなみにみずきは、同じく水島伸司の漫画である、あ○さんを一巻から読んでいる。

 24時間テレビの何の意味があるか分からないマラソンのように始めたゲームは、30年を過ぎ、部屋の中からじゃ分からないが、外は朱に染まり、西の空には紫が混ざりだしている時間となっていた。

 この間、二人は数時間前と比べたら、間違い探しの問題にもなりそうなくらい動きがなかった。

 かなたは体育座りで、膝の間に漫画を置きながらゲームをプレイし、後ろから見たら、画面と漫画へと視線を移動させる首の動きしかないに等しい。

 みずきはベッド近くに座り、ベッドの上に漫画を置いて読んでいる。そうすることで視線が漫画に近くなるため、一々持つ必要がない。

 そんな二人には絶望的に会話がない。

 ここ数時間で数えても、片手で事足りるほどである。『トイレ』『お茶』『あ○さん○○巻は?』と、冷めた夫婦が発するような単語のやり取りしかない。

 それでもゲームに関しては地味な真剣勝負が繰り広げられている。二人とも最高ランクのCOMを圧倒する高資産を維持し、実質一騎打ちのようになってるが、このゲーム、天国から地獄に落ちるのはあっと言う間でもあり、まだ勝負は分からない。


「…………」

 かなたがテレビから漏れる青白い光に薄ぼんやりと浮かぶ壁掛け時計に目をやると、午後七時を示していた。

「そろそろ夜飯にするか?」

 コントローラーを置いて隣に座るみずきに訊ねた。

「何かあるの?」

「いや。金だけは受け取ってる」

 残念ながら、冷蔵庫には賞味期限が一昨日のちくわと、牛乳に、調味料しかない。お米もパンもなく、腹を満たす物は何も用意されてないも同然である。

「買いにいく?」

「……それしかないな」

 かなたの表情は険しくなる。

 かなたの親が置いていった一枚の札(五千円)。それが意味するのは、帰ってくるまでコレで何か買って飢えを凌げということだ。

 ひきこもりの二人。出前という家から出ずに食べ物を手に入れる方法があるが、それは、電話をする、届いたら金を払うというツーステップが存在する。

 料金の精算は会話が無くとも成立するが、注文はそうはいかない。住所と、注文する品を言う必要がある。二人には酷な話だ。

 一昨年のお盆にこの方法を試したが、呟くような声量で、声も震え、幾度か聞き返されたのがかなたのトラウマになった。みずきは最初から電話するくらいなら食べれなくていいという考えだ。

 なので、食料調達する際に生じる心労を比べると、コンビニが一番楽という結論に至る。

 かなたはカーテンを少し開け、歴戦のスパイのように外を伺う。まだ空は朱の割合が多いが、暗くなり始めていた。

「…………」

 かなたは深呼吸をする。たとえ弁当を温めるかの有無を、ドラ○エのように“はい”“いいえ”で返すだけだとしても、普段他人相手にはろくに動かしてない喉。震えた声を出してしまうかもしれないと思うと、怖くなる。

「……なに?」

 かなたにジッと見られ、みずきは虚ろな目を向ける。

「みずきもいっしょに来ないか」

 意外な言葉にみずきは瞬きを二度し、

「なんで?」

「二人で行った方が多少、気が楽になるだろうし」

「わたしは……ムリかも……」

 みずきは俯いてボソりと呟いた。

 その様子を見て、無理強いするのも――とかなたは思い、

「まあ、結構外出歩いてないしな。俺一人でいい。悪かった」

 みずきは聞いてふと、いつから外出してないか記憶を辿る。桜、雪、紅葉の季節を巻き戻していき、去年の夏に遡った。

「――行く」

 財布をジーンズのポケットに入れ、かなたはか細い声に振り向く。

「ん?」

「わたしも行く」

 そこには立ち上がって、黒い前髪の隙間から決意の瞳を覗かせるみずきの姿があった。


「じゃ、行くか」




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