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ひきこもり×偽

 西暦二千十一年七月二十四日。

 一部地域を除いてアナログ放送が完全停止し、テレビは地上デジタル放送のみとなった。

 ほとんどの家庭は対応テレビに買い換え、また貧困家庭などには対応チューナー配布などの配慮がなされている。

 ひきこもりである水沢かなたの部屋に置かれているテレビは、ブラウン管であり年代物だ。当然ながらアナログ放送にしか対応しておらず、停波した瞬間から彼のテレビライフは無くなっていたが、特に困ることはなかった。

 彼は元よりほとんどテレビ番組を観ることもなかったため、テレビはゲーム専用と言ってもよく、これは当然ブラウン管でも問題なくできた。僅かな暇つぶしの種がなくなっただけであり、他で容易に埋め合わせできる程度の穴だった。

 ちなみに彼の趣味であるアニメ鑑賞は、放送時間が深夜のため、家族が寝静まった頃に地デジ対応テレビがあるリビングで観ていた。

 そして、つい最近彼の部屋に番組を観れるテレビが置かれるようになった。

 彼の姉である小春が40型液晶テレビを懸賞で当てたのだ。一人暮らしをしている小春は、前に使っていた20型テレビをかなたへと譲ってくれ、彼は晴れてテレビを再び視聴できるようになったのである。

 運がいいという他ない出来事だ。小春も、かなたも。


 夜七時半。カーテンも閉め切られ、電灯も点けていないかなたの部屋は、テレビの放つ光で照らされていた。

 ほとんど観ない――といっても、暇を持て余してたら観るのである。活用できる物を単なる置物にはしない。


 映っているのはトーク番組で、さすがゴールデンタイムというべきか、同性からの評判がすこぶる悪そうなアイドルや、賞味期限の短そうな話題の芸人に、個性派俳優などが並び、司会者と軽妙なトークを繰り広げている。

『休みの日は何してるん?』

『そおですねぇ〜、ウチで過ごしてばっかりなんですよぉ〜。ゲームとかぁ〜、ひきこもりですねぇ〜』

『意外やなぁ。ひきこもりなんてイメージ悪ぅならんか?』

『あ、テレビゲームはワタシも好きで、芸能界でトップ――』

 司会者が聞いて、アイドルが答え、雛壇芸人が話を広げ、女性タレントが話に割り込もうとしたところで画面は暗転する。

 停電ではなく、かなたがテレビの電源を落としたからだ。

「観ないの?」

 光を失った部屋で淡々とかなたに聞くのは、相原みずき。かなたの幼なじみであり同じくひきこもり。好きなテレビ番組はない。

「観たかったのか?」

「ん、別に」

 暗闇の中何をするでもなく、かなたは椅子に座り、みずきはベッドで横になり、微かな輪郭しかない部屋の一点を見る。いや、目を開けているだけで見てはいないかもしれないが。

「何で消したの?」

「分かってるだろ」

 みずきの質問にかなたは簡単過ぎる答えだというように返す。

「つまらないから?」

「……まあ、それもあるが」

「ん。似たり寄ったりな返しかできない司会者に、作ったキャラが透けて見えるアイドル。何が面白いんだろうね」

 そう番組を辛辣に評して、みずきは微かに冷笑を浮かべる。暗闇により、夜行性の生物か暗視カメラ以外には見えないが、ちょっとした怖さがある。

「そこまで具体的じゃないが……まあ、普通の奴なら面白いんじゃないか?」

「普通だから、あんな風に“ひきこもり”って言えるのかもしれないね」

 淡々と言うみずきに、かなたは苦笑して、

「休みの日に家で過ごすことをひきこもりと言うらしいからな。普通だと」

「私たちからしたら、偽ヒキだけど」

「明確な定義はないがな。造語だし、いや俺たち側しか使わないような言葉だし、業界用語みたいなものかもな」

「……ひきこもり業界……嫌な響き。……ひきこもりじゃないのにひきこもりと言う人のこと、でいい?」

「そうなるな。俺は定義を満たしてるか否かが境界線だが」

「六ヶ月以上社会との繋がりはない、だっけ?」

「大雑把にはそんな感じだったな。分類的には社会的ひきこもりになるか」

「ん、それを満たしてないのが偽ヒキ」

「ああ。腹立つよなああいうのは」

「私は別に」

 同意を求めるように言ったかなたの言葉をみずきは否定し、部屋は静寂に包まれる。

 会話が途切れ、テンテンと転がる架空の球をかなたは拾い上げ、

「まあ、最近はわりとどうでもよくなってるが、ここは話を合わせる体で進めて行かないか?」

「……そうだね。私も苛つくああいうのは」

 みずきは棒読みで話を合わせた。

「……だよな」

 と、やる気なくかなたも返し、

「いったいどういう意図で使ってんだろうな。嫌がらせか?」

「ん、意図はないと思う。ただその状況を表すのに適した言葉がそれだったってだけじゃないの」

「ある意味そっちの方が迷惑でもあるがな。悪意がないぶん」

「さっきの番組はみたいに?」

「あそこまで“ひきこもり”の使い方が離れてると、逆に清々しいくらいだな」

 言ってかなたは苦笑する。

「一日中家にいた=ひきこもり。使い方は間違ってはいないよね」

 みずきは淡々と言った。

 二人の言うとおり、少し外出が疎かな程度で『ひきこもり』という言葉を用いることを多々見かける。

「それらは俺たちから遠すぎて何にも感じない人種が使ってる場合が多いから気にならならんな。働いてるヒキ辺りからが許せないラインだな」

 かなたの言う“働いてるヒキ”とは、僅かにでも収入があるにも関わらず、自らをひきこもりと名乗る輩のことである。

「ん、そういうのブログとかでよく見るけど、どうしてだろうね」

 不思議そうに言うみずきに、かなたは少し考えてから、

「自分を駄目な奴に見せたいとかじゃないか?」

「どうして?」

「自分を自分が思っている以上に卑下することで、自分をよく見せる……って感じかもな。例えるなら、料理とかで“口に合うか分かりませんが”みたいに言うような」

「考え過ぎな気もするけど」

 低い知能と語彙で捻り出した理由を一蹴され、かなたは僅かにショックを受けたが、みずきの言う通りとも思った。

 外出が少ないことを言い表すのに一番適した言葉がそれなだけで、深い意味はないのかもしれない。

「今言った、働いてるのにひきこもりと名乗るのは俺は偽ヒキに区分するが、みずきはどこまでが境界線だと思うんだ?」

 かなたの問いにみずきは暗闇を見つめながら黙考する。窓の向こうで犬の遠吠えが聞こえ、それが小さくなってから、

「私は、外出する頻度と範囲かな」

「なるほどな。あまりに多いとヒキってか、ニートと呼ぶべきだろうしな。範囲はどのくらいまでなんだ?」

「……ヒンバスくらい」

「分かる人にしか分からない例えだな……まあ、広大な場所の限られた範囲しか出ないって点では上手いとは思うが……」

「ヒンバスは、ポケ○ンに出てくるモンスターで、出現するマップの中でも特定の箇所でしか釣れない、珍しいポ○モン」

「……何で説明したんだ?」

 訝しげに聞くかなたをみずきはスルーする。

「ん、具体的に言うと、人が集まるようなトコに行けるのは偽ヒキだと思う」

「というと、デパートはアウトか?」

「アウト」

「カラオケ」

「アウト」

「ゲーセン……近くにはないが」

「アウト」

「コンビニ」

「……それくらいなら、別にいいと思う」

 みずきの引いた境界線にかなたはほんの少しだけ安堵する。頻繁にではないが、かなたは一ヶ月に一度は夜のコンビニやゲームショップに出かけることがある。もしアウトならばみずき視点で偽ヒキになっているところだった。

 比べると、ひきこもりより偽ヒキの方がまともだと言えるのだが……。

「状態によって、偽ヒキと考えるラインは様々なんだな」

「真性ヒキだったら、出れるだけで偽ヒキと思うのかもね。……出れるだけいい方だと思うし」

 みずきは憂いを滲ませて言った。

「そういう見方もあるか。外出へのハードルは以外と高いしな……」

 かなたは同意するように言う。

 今はたまに出る程度になったとはいえ、昔のかなたは滅多に出ることはなかった時期がある。

 出て、もし同級生(元同級生)に会ったらと思うと不安になり、抵抗があったためだ。それが薄れた理由は、年月が経ち同年代の殆どが町を離れていっただろうと思うことができたことと、顔を覚えてる人もいないと思うことができたからだ。出歩ける範囲は限られているが。

 それでも、みずきからしたらかなたの行動範囲は、大海を泳ぐ魚と井の中の蛙くらいに差がある。

 今では、かなたの部屋、かなたや家族がいっしょならばコンビニ程度ならば行けるくらいには範囲が広がったが、以前のみずきは全く家から出れなく、最も重い時期でトイレ以外部屋からも出れなかった。そのトイレですら家族の気配を窺ってからしかいけなかった。

 みずきのいう真性ヒキは、このように家から出れないひきこもりのことをいう。

「まあ、一般人からしたら、何年もひきこもりって言ったらこっちのイメージなのかもしれんが。ドラマとかだとな」

「そうなの?」

 みずきはドラマは殆ど観ることはない。

「最近……っていっても結構前に観たのだと、家で暴れたり、部屋でパソコンに向かっていたり、部屋が散らかって汚かったりしてたな。食事は部屋の前に置かれてた」

「かなたも暴れてたよね」

「……ナチュラルに俺の過去を捏造するのはやめてくれ」

 淡々と勝手なかなたのイメージを創り出すみずきにかなたは呆れ気味に言い、

「まあ、部屋でパソコンにってのは、みずきがそうだな」

「ん、他にすることないし」

 否定することなく認めたみずきにかなたは、

「それでも、家事はこなしてるだろ。俺よりはマシだと思うぞ」

「そうだね」

「……そこは多少なりフォローが欲しかったが」

「部屋が散らかってるのは、ここがそうかもね」

 今二人が話しているかなたの部屋は、細かな物が床に散らばり、足の踏み場は限られている。ゲームソフトのケース、充電中の携帯ゲーム機、CDケースと踏んだらアウトなのが多いが、薄闇の中でも二人は隙間を渡り踏むことはない。

「ああ、確かに。逆にみずきの部屋は少ないよな」

「パソコンくらいしか使わないから」

 みずきの部屋は、机の上にデスクトップパソコンが鎮座してる以外は物がなく、整然としている。タンスに布団、小さな本棚くらいしかない。

 互いの生活を見比べた結果、ドラマのひきこもりと現実のひきこもりの相違は、

「あまり間違ってないかもね」

「……ああ。だが、ああいうのが一般的なひきこもり像だと思われたくはないな」

「ん、そうだね」


 これで会話が途切れ、暗闇に沈黙が溶け込んでいった。




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