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ひきこもり×残念

 空は門出を祝うかのように水色を浮かべていた。

 この日を漢字一文字で表すならば『初』が相応しいだろう。

 初登校、初出社、ニート生活初日。様々な初がこの日からスタートする。ちなみに高卒で進路定まらずで部屋に籠もる生活をしていても、定義的にはひきこもり初日とは言えない。

 街には初々しさを身に纏った人々が多く見受けられる。

 光沢のあるランドセルを背負う小学生。

 着慣れない制服に戸惑う中学生。

 腕時計に目をやり時間を気にしているスーツ姿の青年。

 そして、ここにも新たな一歩を踏み出す者が一人。華の高校生活を夢見る少年、名を遠夜光宙という。

――しかし、その夢が初日で崩れることになるとは今の彼には夢にも思っていなかった。




「……何を書いてるの?」

 ボソリと耳元で囁かれ、囁かれた彼は珍しく泡を食った動作で携帯画面手で覆い隠した。閉じれば済むのだがそうする辺り慌てぶりが窺い知れる。

「メールだ」

 彼、水沢かなたは咳払いを一つ挟んで振り返らずにそう答えた。携帯電話を閉じる。

「長いメール。まるで小説のような」

「どこから見てたんだ?」

 からかうような少し楽しげな声。

 彼は苦虫を噛み潰した表情を浮かべて訊ね、椅子に座ったまま振り返る。

 ベッドの縁には幼なじみである、相原みずきが座っており、口元を僅かに緩ませる珍しい表情を浮かべて、かなたを見ている。

「空は門出を……から」

 みずきは淡々と答えた。

 かなたはため息を吐く。

「……最初からかよ」

 訊ねられるまでの十分間かなたは背後のみずきの気配には気付かなかった。

 人に対して懐かない猫のような警戒心を持つかなたが、気付けなかったのは自室に居る安心感からか、集中していたからか、はたまた、みずきが気配を感じさせない動きを普段から心がけているからか。

「他に“初”の付くこと浮かばなかったの?」

 みずきは聞いた。かなたにはそれが駄目だしのように感じられ、頭をかき乱しながら、

「悪かったな」

「名前は何て読むの?」

遠夜光宙とおや ぴかちゅう

「この先の展開はどうなるの?」

「考えてないが。……というか何故、名前についての感想を流した」

「本気で考えていたとしたら可哀想だと思ったから」

「どう考えてもネタだろうが」

「最近じゃ、そういう親もいるみたいだけど」

「極一部だろ。一部でもいること自体アレだが」

 余談だが、読み方的には問題ないらしい。

「何で小説書いてたの?」

「それを先に聞けよ」

 ようやくきた問いに、かなたはコホンとわざとらしく間を作って、遠い目をしながら、


「俺、ラノベ作家になるんだ」


 部屋中を沈黙の妖精がパタパタと飛び回った後、みずきが口を開く。

「昨日のテレビのことだけど」

 強引な話題変更にかなたは、

「テレビほとんど観ないだろ。というか何故話を逸らす」

「本気で考えていたとしたら可哀想だと思ったから」

「無理に決まってるだろ」

 本気で言ったわけでもなく、かなたはあっさりと自らの発言を否定する。

「ひきこもりで作家になった人もいるらしいけどね。一応は」

 それを聞いてかなたは顔をしかめる。鼻でハッと悪態付くような口調で、

「そういう人はどうせひきこもりじゃないか、浅いかのどっちかだろ。ウリとしてそういう肩書きを付けてるんだろ」

「ん、書けるくらい頭いいんだろうしね。かなたのはただの末期症状」

 みずきは淡々と辛辣に言った。

 ひきこもりから作家になった。その“肩書き”を持つ作家は確かにいる。だが、かなたはそれをひきこもりとは認めない。

 気になって調べて、大学中退、友人そういったひきこもりとはかけ離れた単語が覗くと舌打ちをする。いや、自分とかけ離れたというのが正しいか。

 かなたは作家の夢を抱いてるわけではなく妬みではない。その人が元ひきこもりとして有名になり、それが一般的なひきこもり像として固定化されるのが怖いのだ。

 それ以下の自分が、より有り得ない存在として、社会から、世界から、かけ離れていくのが。

「末期じゃない。なれるなんて思ってないしな。単なる暇つぶしだ」

 かなたは簡単に否定する。

 二人の言う末期症状とは、ひきこもりが将来の夢として挙げることの中で『漫画家』『作家』が、トップに位置したというデータのことを知ってのことで、叶わぬ夢を抱くことを二人はそう呼ぶ。

 無論、可能性としてはゼロではないだろうか限りなく低いだろう。そして、ゴムを引っ張って伸ばしていくように、長くひきこもる程に可能性は、細く、弱くなりいずれ切れる。

 既に切れた、と確信しているかなたはひきこもりながらに夢を抱く者を笑う。夢は夢でしかない。視野の狭さ、社会経験の希薄さからくる妄言。


「いつから書いてたの?」

「何がだ?」

 みずきの質問にかなたは首を傾げる。みずきは細い指で、かなたの持つ使い古された携帯電話を示し、

「小説」

「ついさっきだ。暇つぶしに」

「納得」

 短くみずきは言った。付け加えるならば『どうりで下手だと』だろう。

 かなたは苦笑し、

「あれでも結構悩んだがな。自分の頭の悪さが改めて自覚できた」

「当然」

 みずきに即答で同意され、かなたは苦い色を濃くする。

「学力が途中で止まってるからな」

「ん、それは私も」

 みずきが淡々と言って会話も止まる。


 少ししてかなたが、

「もしも、デビューでも出来たらウリにはなるんだろうが」

「本当に“もしも”でしかないと思う」

「電話ボックス型の秘密道具が必要だな」

 かなたはそんな冗談を言って、今日の二人の会話は終わった。




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