ひきこもり×友達
麗らかな日射しが町に降り注いでいた。春の到来を待ちわびたかのように草の芽が土から顔を出し、三月には微かに残って泥色をしていた雪は溶けてなくなっていた。
新たな季節に新たな年度を迎えようと、とある二人の生活に大きな変化は訪れることはない。虚無と無為なる日常を今日も部屋の中で繰り返している。
「俺は友達が多い」
ゲームをしている最中、唐突にそうカミングアウトらしき台詞を吐いたのは、水澤かなた。長い間も放ったらかした髪は伸び、前髪は口に掛かるくらいまでになっている。
言い終えると沈黙したままかなたはゲームを続ける。アクションゲームのため目を離すスキはない。
「…………無反応は堪える」
かなたは独り言のように呟いた。
先ほどの言葉も独り言のようなものだが、反応を期待してのものでもあった。さすがに先の台詞を一人で言ったりはしない。かなたの独り言は精々、ゲームしてる時の愚痴程度だ。
「聞かなかったことにしたほうがいいかと思って」
パソコンでブログを観ている相原みずきは、振り返らずに淡々と言った。何年も伸ばし続けた黒い髪が、腰掛けた椅子から垂れている。
「確かに、一見無視すべきことを言ったかもしれないが……今日は何日だ?」
唐突に日付当てクイズをかなたは出すが、みずきはカレンダーを思い浮かべることもせず答えは分かっていた。目の前のパソコンに答えが映っている。
「ん、嘘を吐くにしても、ツマらないんだけど」
辛辣にみずきは言った。かなたは苦笑し、
「俺にセンスを求めないでくれ」
「だからって、さっきのはどうかと思う」
「流行のラノベに乗っかってみたんだが……」
「アニメもとっくに終わってるし、流行も治まったころだと思うけど」
みずきの冷静な指摘にかなたは心なし肩を落とす。ゲームをしながらも三十分は考えた嘘ではあった。
「それに、元のタイトルそのままでもかなたの場合嘘になるけど」
「“少ない”が嘘になるのはみずきも同じだろ」
かなたは皮肉っぽく返した。
「ん、そうだね」
みずきはあっさりと“いない”ことを認めた。
二人の関係“幼なじみ”が一般的に友達に含まれるかはともかく、二人の感覚ではそうではないようで、友達が“いない”ことで考えは一致していた。
何故居ないのか? と訊ねたならば愚問とばかりに冷めた目でこう返すだろう。
ひきこもりだから、と。
「つか、俺には“友達が少ない”って、自虐じゃなく、自慢に聞こえるな。“いる”ってことだしな」
「ん、どの作品について話してるかは分からないけど、批判は控えるたほうがいいと思う」
「友達が一人でもいれば、こうはならなかったのかもな……」
寂しげに遠い目をしてかなたは言う。かなたもみずきも望んで“ひきこもり”になったわけではない。
自ら出口の見えない暗闇に飛び込む人はいない。
「友達ができるような“性格”ならそもそもこうはならないと思う。“運命”かもね、こうなったのは」
「嫌な運命だな」
かなたは苦笑する。
運命論はみずきの自虐であり、皮肉でしかない。二人は運命は信じない。だが、そう思うことで今の自分を少しでも仕方ないと思いたいのかもしれない。
“運命”を好意的に信じる人は、良いことがあった人しかいない。
会話は途切れ、かなたは焦げ茶色の木目が年季を感じさせる天井を見ながら細く息を吐く。
「実は俺にも一人いたことがあった――という昔語りでもしたい展開だが、いないしな。残念ながら」
「ん。私も同じ。できるのに必要な能力値も足りなかったと思うし」
ゲーム風に言うみずきにかなたは苦笑する。
「だったら俺もだな。対人能力が絶望的に低い」
少し間があり、みずきが、
「かなたは喋れたんでしょ? できる可能性はあったんじゃないの。私よりは」
二人は子供時代、学校内での交流はほとんどなく、話題にすることもなかったため互いにどんな学生生活を送っていたかは知らない。
互いに敢えて避けてる節もあったため、“いいもの”でなかったことは感づいてはいたが。
「一応はな。何か聞かれたら言葉で返したりはできたが……それ以上はできなかったな。誰かと会話を弾ませたり、口を挟んだり、俺には無理だった」
――そして次第に“つまんない人”と認定されていき、誰からも話しかけられなくなり孤立する。かなたはそう続けた。
「子供だって関わる相手は選ぶしね。社会の縮図」
みずきは簡潔に学校生活をそう例えた。
「みずきの方はどうだったんだ?」
自分だけ語るのは癪だからとかなたは聞き返した。
「喋らない人と友達になりたいと思う?」
みずきは淡々と自虐的に問い返す。
子供時代、みずきは場面緘黙症で、校内ではほとんど声を発することが出来なかった。
「可愛ければなりたいと思うかもしれないな」
「バカ」
冗談っぽく返すかなたにすかさずみずきは言った。照れ隠しではなく『空気読め』という意味を込めての発言だ。
かなたはばつが悪そうに頭を掻く。確かにアニメの無口キャラクターを想像しての言葉でもあったが、頭の片隅には幼少の頃のみずきも浮かんではいた。
サラサラとしたセミロングの黒髪が綺麗で、自分のクラスメイトと比べても可愛かったという印象だった。表情も今よりは豊富だった。
「もし、それがキッカケになりえても次第に離れてくと思う。“つまんない”から」
「別に声に出せないだけで、反応は示せたんだろ?」
「……ん、一応は。首振りでなら」
「そうなのか」
「当然友達はできなかったけど、イジメられなかっただけマシかもね。“変な奴”とは思われてたかもしれないけど」
喋れるのに喋らない変な奴。それが緘黙という症状だと自身も知らずに、そのことを怪訝そうに訊ねられる心苦しさ。
症状自体“運命”で片付けられば幾分か気持ちは楽かもしれない。“理解”の問題だ。誰かが理解してくれていれば、少しは変化があったかもしれない。
“ひきこもり”も“理解”があれば少しは……と考えたりもするが決して口に出すことを二人はしない。それが屁理屈だと受け取られることを分かっているし、“逃げ”にしかならないと。
「今はもう厳しいだろうな」
「ん、こうなった時点で」
これで会話は終わり、沈黙がまた訪れる。
こうして“友達のいない”二人が“いる”と嘘ぶれる日は過ぎていく。