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ひきこもり×ゲーム(2)

 眩い太陽が水色の空に輝いていた。

 疎らに生える木々の葉の緑は鮮やかで、穏やかな風で静かに揺らいでいる。

 そんな緑豊かな大地では、草食獣の親子が一面に生える草を食んでいる。草食獣の子どもにも満たない体躯の、小動物の姿もあり、元気よく跳ね回っている。

 穏やかに流れる平和的な一場面を切り裂いたのは一発の凶弾だった。

 ズドンッ!

 という破裂音とともに放たれた弾は空中で更に火薬が爆ぜて殻が分かたれ、更なる推進力を得て草食獣の親の腹部に命中した。その音で小動物は泡を食ったように散り散りに逃げる。

「ギュォォォ」

 低い唸り声をあげ草食獣の大きな倒れて地面へと横たわる。

 唸りながらもがき苦しむ巨体を心配そうに子供がすり寄る。背後から駆けてくる気配には気付いていない。

 駆けてきたのは、獣の皮を使用した強固な防具を身に纏い、身の丈はある長い幅広の剣を背中に背負った人間で、駆けながら背中の剣の柄を握り、駆ける勢いそのままに倒れてもがく獣に躊躇いなく剣を振り下ろした。

 草食獣は血しぶきをあげピクリとも動かなくなった。子供は目の前で起こった惨状に茫然自失としていたが、慌てて振り返って逃げる。

 人間は、興味なしとばかりに視線を向けることもなく腰元のナイフを引き抜き、屈んでたった今狩った獲物へと突き立てる。抵抗はなくスッと入る。

 そしてもう一人、人間が近づいてきた。

 先の人間と同じ素材の防具を身に纏っているが、その背中にはボウガンを背負っている。半分に折り畳めるようになっており、全長は身の丈程になる。矢ではなく弾丸を使い、火薬を用いて発射するのがこの世界では当たり前の仕組みだ。

 この人間も同じく腰元よりナイフを引き抜いて獲物に突き立てた。そして、


『なにもはぎ取れなかった』




「……ん、はぎ取り失敗した」

 ベッド端に腰掛け、背中を丸め小さな液晶画面に目を落とす相原みずきが淡々と言った。画面を見る邪魔になるため、長い黒髪を背中で束ねている。

「そうか」

 椅子に座り、みずきと同様携帯ゲーム機に目を落としている水澤かなたは興味なさげに返した。

 二人が現在プレイしているのは、モンスターを狩猟するゲームソフトである。歯応えのある難易度と、協力プレイが可能なことで話題となった人気のシリーズだ。

 これはそのシリーズの最新作で、昨日かなたの姉が誕生日プレゼントとしてゲーム機といっしょに買ってきた物だ。

 かなただけでなく、幼なじみのみずきの分まであり、二人が買うには今の状態じゃ到底無理な合計金額である。

 最新ゲーム機といっても、子供がクリスマスプレゼントとしてねだりやすい金額。

 何故、年齢的には子供ではない二人に無理かというと、理由を簡潔に言うならば、ひきこもりだからだ。

 当然ながら収入は皆無なため、高額な物を買うことは不可能に近いのである。

 なので最新ゲーム機とソフトを得られた二人は恵まれているといえるだろう。肩身の狭いひきこもりの立場で理解者がいることは、心を軽くしてくれる。


 二人がゲーム機本体とソフトを貰ったのは昨日のことであるが、二人な狩人ランクは既に五つ星になっている。

 狩人としての地位を表すランクは全部で二十段階まであるから、丁度四分の一だ。一日でここまでたどり着くには相応の腕と、時間が必要となる。

 まず、腕前だが、丁度討伐目標と対峙したところであるため、様子を見てみよう。 ちなみにゲームには数多のクエストが用意されており、それぞれに目標が設定されている。それを満たすことで素材と報酬を手に入れることができる。

 請け負えるクエストはランクにより変わり、当然上位になるほど難易度が上がる。

「…………」

 かなたの操るキャラクターが、漆黒の体毛の獣が放つ攻撃を寸でで避け、空振ってできたスキにモンスターの弱点である頭部に剣を振り下ろす。

「…………」

 モンスターは攻撃の矛先をみずきの操るキャラクターに向け、素早い動きで飛びかかるがそれも寸で前転により避けられ、みずきは透かさず振り返ると、数瞬で標準を合わせてモンスターの弱点へ弾を叩きこんだ。

 本来、顔を合わせて協力プレイしているならば、作戦やアドバイスなどの情報交換や、画面内の一挙手一投足で、会話が弾むはずだが、二人の間には絶望的に会話がない。

 元々がそうだからか、集中しているからかは定かじゃないが、それでも画面内を動き回る二人のハンターの連携は見事なものがあった。

 モンスターがみずきをターゲットに捉えて駆け寄り、攻撃動作に入る直前に、背後をから忍び寄っていたかなたが尻尾を斬り落とせば、みずきはそれを予期していたかのように、或いは信頼していたか、避ける動きも見せずに弾を撃ち込む。

 さながら過酷な訓練を乗り越えた特殊部隊か、長年組んだ相棒のような息のあったプレイ。

 当然ながら人生においても、ゲームにしても学ぶことが重要である。二人はゲームに対するセンスはあるかもしれないが、初見で完璧に近い操作ができる天才ではない。当然、理由がある。


 理由といっても、複雑なものではなく、ただ単に昨日から一睡もせずにプレイし続けているだけだが。

 それを示すように二人の目の下には浅黒いクマが出来ている。

 昨日から食事も睡眠も取らず熱中し『三度の飯よりゲーム好き』と評されても仕方ないハマリッぷりだ。

 ずっと協力して狩っているため、みずきも必然的にかなたの部屋で過ごすしているのだが、連絡せずとも誰も気に止めることはなかった。

 みずきの両親は部屋にいなければ、かなたの所しかないと半ば確信しており、かなたの親に一言『すみません』で済ます。

 小春は昨晩から旧知の仲と飲みに行き、早朝に帰ってきて爆睡中。

 部屋は閉じられ、周囲の干渉はない空間だが、例え隠しカメラがあったとしても何も動きはない。ただただゲームしている姿が映るだけだ。

 みずきはベッドの上、かなたは椅子からほとんど動くこともないため静止画に近い映像しか撮れないだろう。

 現実に大きな動きがなくとも、ゲーム機を操作する指の素早い動きにより、ゲーム内のキャラは機敏に立ち回り続けた結果、腕前はメキメキと上達していった。


「これでHR6か」

 モンスターを狩り終えて、一息吐いてかなたは言った。HRとはハンターの強さを表す指標である。それが上がることによって難しいクエストを選ぶことができるようになる。

「ん、残り14」

 みずきが最大HRまであと幾つか伝える。

「長いな」

「GGクラスはモンスターも強力になるから、もっと時間掛かると思う」

 みずきは暇つぶしに、攻略サイトを観ていたことがあるためゲームの情報に詳しい。モンスターとの戦い方もかなたにアドバイスし、効率的に狩れている。

 集中力が切れて疲れが前面に出てきたからか、二人は大きく口を開けて欠伸をする。これも息が合っていた。

「何時間くらいやってるんだっけか」

 かなたは潤んだ目を擦りながら聞いた。

「さっきセーブした時、24時間くらいだった」

「ちょうど一日か」

「やめるの?」

 ゲーム機の電源を切るかなたを見てみずきが聞く。

「ああ。一旦寝る」

「そう。私もそうする」

 と、みずきもゲーム機の電源を切ってから重い腰を浮かした時、部屋のドアが開いた。

「まだやってたの、アンタ達」

 乱れた髪を掻きながら入ってきたのは小春で、半眼で二人を見ながら呆れたように言った。

「酒臭い……」

 かなたは嫌そうに顔をしかめた。

 寝起きの小春は、キャミソールに下着というあられもない姿を晒しており、全身からまさしく『浴びるように飲んだ』ようなアルコールの臭いを漂わせている。

「程々にしなさいよね。身体壊すわよ」

 かなたにグイッと顔を近付けて、小春はアルコールの臭いを浴びせながら言った。わざとである。

 かなたは顔を逸らし、

「同じ台詞を返しとく。……今から寝るとこだ」

「そうなの」

 小春は呆気なくかなたをイジるのをやめて、二日酔いの頭を押さえて顔を歪め、みずきに視線をやり、

「みずきもこれから寝るの?」

 コクンとみずきは頷く。

「家には帰るんでしょ?」

 みずきは頷く。

「じゃ、その前にウチでシャワー浴びてったら?」

「ん、それは帰ってから……」

 困ったようにみずきは言う。一人で浴びた方が気楽でいい。それに小春と入ったことはしばらくなく、気恥ずかしいのもあった。

「それならどっちでも変わんないでしょ。それにワタシがいっしょ入りたいの。成長したみずきの身体を角から角まで見てみたいしー。舐め回すように」

 セクハラ紛いの発言をしつつ、小春はみずきの手を引っ張り立ち上がらせると、まるで恋人のように腕を絡ませてみずきを連れて行く。

 元々の体力の無さと徹夜では、みずきに抵抗する力はなく、なすすべなく半ば引きずられるようについて行くしかない。

 かなたは、みずきの乏しい表情が珍しく酒臭さにか歪めたのを見てから、また欠伸を一つして、仄かな温もりが残るベッドへと潜り込んだ。



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