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ひきこもり×文集(2)

 卒業文集。

 学校生活の総集編のようなその本は、見る者によってその価値はいかようにも変わる。

 価値を決める基準は思い出の良し悪しにある。総合的に良い学校生活だった思えれば価値は増し、逆ならば価値は減る。

 ある者にとっては掛け替えのない大切な宝物。ある者にとっては忌々しい悪魔の書ともなる。


 とある部屋を見てみよう。

 学生達が肩を寄せ合いながら見ているのは卒業文集とアルバム。今日、卒業証書と一緒に受け取ったそれを一人の部屋に集まって眺めている。

 学生達の顔は一様に楽しげだ。

 一ページめくるごとにその時の情景を想起しては、笑顔がこぼれる。

 三年間がびっしり詰まった文集には笑顔のタネが詰まっている。学生達の談笑はページが終わるまで尽きることはないだろう。


 このように大半は思い出語りの有用な物として受け入れられていくのだろうが、一部の者にとっては、一生開くことなく押し入れにでも眠らせておくか、焼却処分を見当したいとも考えるほどの物になる。

 いわば黒歴史。その者の後の人生が光であれ闇であれ永久に封印しておきたい思い出。

 思い出は宝物ともいうが、濃すぎるコーヒーのように苦い思い出は味わうことなく捨ててしまったほうがいいという者もいるだろう。


 望まずともそんな思い出を掘り起こしてしまった、ひきこもり二人の心中はどうなのだろうか。

 少なくとも、重苦しい空気を生み出す材料であったことは事実である。


「次は、何があったの?」

 薄暗い部屋に漂う陰鬱な空気を吐き出すように口を開いたのは、相原みずきであった。

「クラス写真ってのがあるだろ」

 水澤かなたが返答する。その声はできる限り日常会話にするために配慮してるように感じられる。

「うん。写ってなかったの?」

「写ってたらそれは心霊写真だな」

「もしくは合成写真」

「さすがにそんなことされたら、俺は破り捨てていたな。……そこまで変わらんのかもしれないが」

 かなたは苦々しい表情になる。

「結局どうだったの?」

「集合写真で休んだ人はどうなる?」

 苦笑してかなたは問題で返す。みずきは答えは返さずに、

「ご愁傷様」

 気持ちを汲んで皮肉っぽく言った。

「担任に意図はなかったとしても、キツいものがあったな」

「写真はいつ撮ったの?」

 みずきは浮かんだ疑問を投げかける。

 六年生に入り、不登校史に残るかもしれない連続不登校記録を打ち立てることとなるかなたが、学校内に足を踏み入れたことはただの一度もないことはみずきは知っている。少なくとも校内で別に撮った可能性はない。

「家でだ」

 簡潔にかなたは答えた。

「……ご愁傷様。断らなかったの?」

「一つぐらいは何かを残すべきとか言われたら断れるか?」

「私は無理だと思う」

「ああ。不登校で矛盾してるかもしれないが、拒否することは中々難しいしな。それに波風立てずに早く終わって帰ってほしいとも思ってたし。それが今になってこうなるとは考えもつかなかったが」

「その写真が丸枠で載ってたんだ」

「角にな。五、六とロクに顔を合わせたことのないクラスメイトの写真があって、どう思われたんだろうな」

 言って、かなたの表情が曇る。みずきは慰めの言葉をかけようとも思ったが、逆効果だと思い、黙って時が進むのを待った。

 写真くらい誰も気にしない。などという言葉は今のかなたには効果は薄いだろう。どこまでも想像力がマイナスに続く今のかなたには。気にしない人もいるのは分かってはいるが、百人に一人は嘲笑されてるかもという不安を何百倍にも増幅してしまう。

「気にされてなかったとしても、それはそれで……だったがな」

 陰鬱を苦笑いに変えてかなたは言った。少し唐突ではあるが、みずきの心中で浮かんだ慰めをくみ取り、それに対する返答でもある。

「気にされていたら、何か変わっていたと思う?」

 みずきは優しい問題を出すように言った。答えは簡単だ。

「変わらないな。たらればなんて今更考えても無意味だが。つか、気にされているほうがおかしいとは思うがな、当初はともかく。話したこともないクラスメイトが一人いなくなっただけ。普通はそう思うものなんだろ」

「ん、そうかもね。私たちじゃ当時の話を聞ける知り合いいないから、想像しかできないけど」

「なぎさから聞いたりとかはしなかったのか?」

 かなたが聞くと、呆れたように小さくみずきは息を吐く。

「何歳離れてると思ってんの」

 かなたは少々考えてからすぐに理解し、

「ああ」と頷いた。

 姉とは陰と陽のような対極な性格をしている、みずきの妹のなぎさとは三学年の差がある。ちょうど中学、高校と同じ校舎には通えない差だ。進学していればの話だが。

「けど、噂とかはありそうだが。兄弟とかから聞いたりとか」

 みずきとかなたの住む町は小さいため、小中高とクラスメイトの顔ぶれが大きく変わることはない。それは友達に困ることがなく、その逆もある。半ば固定された環境は一度はみ出すと入りがたい気持ちにさせる。

「ん、具体的には何も言われたことはなかった、けど……」

 と、みずきは言葉を区切り顔を俯かせる。

「我慢させてたことは事実だから……」

 弱々しくみずきは息を吐くように言った。

「それは、もう済んだことだろ」

 はっきりとした口調でかなたは言う。みずきが顔を上げてかなたを見た。

「ん、そうかもしれないけど」

「なら、気にしなくていいんじゃないか。なにより、なぎさだってそうしてほしいと思ってるだろうし」

「……うん」

 みずきは頷く。

 今でこそ姉妹仲は良好ではあるが、一時期は互いに積極的な干渉は避けている頃があった。それはなぎさが思春期の多感な時期で、みずきのひきこもり状態が今よりも重かった頃の話だ。

 そんな国交断絶した島と島のような関係が一度壊れて修復したのが、かなたのいう『それ』であるのだが、今は深く語るときではない。

「写真に関しては、俺がうっかり忘れていただけだから自業自得だとは思うが、次がな……」

 かなたは気落ちしたみずきを引っ張るように、話を先に進める。

「何が載ってたの?」

「素直な子供たちの言葉」

 かなたの返答に意味が解せずみずきは首を傾げる。

「一つ聞きたいんだが」

 その反応は分かっていたかなたは、みずきの疑問符はひとまず置いといて、質問する。

「なに?」

「文集の中身ってどんな風に決められてるんだ?」

 普通なら六年生の年度の殆どを自宅(そのうち自室が八割)で過ごしたかなたには、当然文集が出来上がるまでの過程はしらない。

 小学校のなら知っているみずきは少し思い出す時間を置いてから、

「ん、私の時は、各項目は予め用意されてるのもあったけど、意見出し合ったりもして追加していく感じだった」

 当然みずきは、各々が手を挙げ、面白おかしくなるような意見を出し合っていた中、終始黙っていた。が、余計な気を使った教師に意見を求められたのは、数え切れないほどある憂鬱な思い出の一つだ。

「そうなのか。いずれにしても、除けておいてほしかったがな……」

 苦い面もちで言うかなたに、みずきは共通するなにかを感じ取った。

「……クラスメイトの印象」

「お、当たり」

 平淡な声でかなたは言った。

「そう」

 答えが出てもみずきは喜びの感情はなく、むしろ封じた過去をさらに発掘してしまい空気は更に重みを増す。

 この空気感はピエロでさえも道化を演じきることができずに引き返すかもしれない。

「みずきもあったのか」

「うん」

 もはや二人の会話から感情が消えてしまっている。それでも話題を変えないのは中途半端にはしたくないからか。

「なんて書かれてたんだ」

「“もの静か”“おとなしい”“しずか”。間違ってはないけど」

「おとなしい、は俺もあったな。話しかけられない限りはほとんど喋らなかったし」

「行ってなかったでしょ」

「五年の時の印象じゃないか? それも半年あるかないかくらいだったが。まあ、ずっと同じクラスだったのもいるからな」

 二人が通っていた小学校は二年毎にクラス替えがある。もっとも一学年に二クラスしかなかったため、かなたの言うとおり一年から(幼稚園から)同じクラスという同級生も珍しくない。

「それなのに、友達が出来ないなんてね」

 みずきの言葉は茶化すというニュアンスではなく、自分自身にも言うような意味合いが込められていた。

「そういうもんだろ。むしろ逆だ。スタートでつまらない奴と認定された時点でズルズルとぼっちのまま進む。性格なんてそう変えられるものでもないしな。というか、一人でも出来ていたらこうはならんだろ」

「ん、私も似たような感じ。いつしか“喋らない人”が浸透して誰も話しかけてこなくなったし。話しかけられられても、声で返せないからその方がよかったと思ったりもしてたけど……」

 二人の会話のキャッチボールはまたも中断する。

 投げる言葉の球が徐々に鉄球と化しているかのように返すのに時間が掛かるようになってきている。

 部屋に満ちる重苦しさは底を知らないくらいに留まることをしらない。もし、第三者が『友達になれたかもしれない』などと、もしもの慰めをしたところで、二人には効果はない。逆に第三者に対し非難めいた睨みをつけるだろう。幾らでもいえる綺麗事だと。

「何て書かれてたの?」

 数分の間があり、ようやくみずきが重い口を開いた。

 かなたは言う前に記憶に焼き付いてしまった言葉を思い起こし、苦い面もちになる。

「知らない」

 載っていたことを――という意味ではない。かなたはみずきの問いにしっかりと答えている。

「一番重いのがこれだったな。三十分の三……明確にいうと二十九分の三か」

「正直」

 みずきは短く言った。冷静な反応がらしくてかなたは苦笑する。

「だな。ただでさえ影のような存在感だったのが影すらも消失しただけだしな。覚えといてくれってのが無理な話か」

「ラノベとかでも、急にクラスメイトに話しかけられて『誰だっけ』とかあるしね。……残りは?」

「“普通”が七割、“おとなしい”が一割、“優しい”が一割といったところか」

「よかったね。いい評価あって」

「書くことがないからとりあえずって感じだろ、多分。埋めるように言われていたんじゃないか?」

 その“クラスメイトの印象”欄は、名字の横に四角い枠があり、それが人数分縦に並ぶ。どれも埋まっていた。

 ちなみにクラスの人気者は『面白い人』を始め、友人からのフザケたような言葉が並び、実に楽しげな印象を受ける。その人気者から見た各個人の印象も個性的なのが並んでいたが、かなたに対しては『普通』であったのが、かなたの傷を深める。

「ん、そういうのあったかも。出来る限り埋めましょう――とか言われたと思う」

「……残酷だな」

「何も書かれてないと堪える人もいるからじゃない」

「俺に限らず、無理に書かれた感がある方が嫌な奴もいるだろ。ま、自分のとこだけ書かれてなくても嫌だが」

「じゃあ最初から名前自体ないとかは?」

「今ならgoodだと思えるが、当時だったらbadな気分になっただろうな」

「ルー?」

「……どれにしろ読んだ時点で良くない結果しか待ってないみたいだな」

「ん、そうだね」




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