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ひきこもり×バレンタイン

 深々と降り積もった雪により白く染まる街。人々が白い息を吐き出しながら歩く。

 その街のとある一場面。

 草じゃなく雪の絨毯が敷き詰められた公園で、一組の男女が向かい合って立っていた。

 少年は小指で頬を掻き照れ笑いを浮かべ、少女はマフラーに顔を埋めるようにして上目遣いでその顔を伺う。

 他人から見たら初々しさを感じさせる光景。

 少女は隠すように後ろ手に綺麗にラッピングされた箱を持ち、少年はその様子からすぐに何を隠しているのかすぐに感づいた。

 バレンタインデー。

 その日を男女問わず知らない人はいないだろう。そして思春期前後の年齢ともなると意識しない人はいないだろう。

 だが、意識をして期待をしていても望む結果が得られない人が大半だろう。義理、或いはゼロ。それが現実だ。友チョコが流行る今となっては男は無関係なイベントになり果てつつあるのかもしれない。

 なので、この光景は滅多にお目に掛かれない珍しい光景なのかもしれない。

「――私っ!」

 意を決して女が叫ぶように言う。頬は寒さのせいか、はたまた照れからかリンゴのように紅く染まる。

 男は表情を引き締めて続く言葉を待つ。




 それはさておき。

 そんな光景……いや、行事からは無縁の空気を放っているであろう空間は、

「別に義理なんだからね勘違いしないでよね」

「……なんだその台詞は」

 包装された小さな箱を受け取り、水澤かなたは呆れたように言った。

「ツンデレ」

 相原みずきは必要最低限に説明する。

「なら、感情を込めていってくれ」

 みずきの言ったツンデレ台詞は、カンペでも無理矢理読まされているかのような見事な棒読みであった。抑揚もなく機械的に言うのはある意味才能ともいえる。

「ん、あとこれも」

 感情を入れるのは諦め、淡々とみずきは言い、もう一つ煌びやかな包装紙に包まれた長方形の箱を渡す。

「ああ、ありがと」

 素直に礼を述べ、かなたは受け取った箱を机の上に置いた。

 みずきはベッド端に座りながら、

「なぎさにも言っておいたほうがいいと思う」

「分かってる。あとでしとく」

「手作りらしいから」

 そう付け足されて、かなたは並べて置いた箱を見比べる。片方はコンビニかデパートのバレンタインフェア臭がする在り来たりな包装だが、もう片方はリボンが結ばれていたりと丁寧なラッピングがなされていて、可愛らしさがある。

「開けるの面倒くさそうだな」

 本人が聞いたら怒られるだろう、身も蓋もない感想をかなたは言った。

「もっと喜んだ方がいいと思うけど」

 無表情のみずきの方を向き、

「何でだ?」

「身悶えながら床を転げ回ったり、ベッドにダイブして枕に顔を埋めたりとか」

「思春期の少年じゃあるまいし……そもそも俺はそんなキャラじゃないだろ」

「そんなキャラかと思ってた」

「絶対思ってないだろ」

「ん。けど、少しは喜んどかないと貰えない男からの怨念がくるかもね」

 淡々とみずきが告げる。薄暗い部屋で長い黒髪を床に垂らすみずきが言うと妙に雰囲気がある。もし、口元でニヤリとした笑みを形作ったならば、恐怖がより増しただろう。既に見慣れいるかなたには何も感じはしないが。

「まあ、確かに。こう毎年貰えるというのは有り難いことかもしれないな」

 かなたは当たり前だと思っていた幸せを今一度噛みしめるように薄い笑みを作る。

「ん。ひきこもりが手作りチョコ貰うなんて、普通はありえないこと。市販のでもありえないと思うけど」

 と、みずきはかなたを見つめて目元を僅かに和らげる。

「だから、もっと喜ぶべき」

「……それはフリか?」

「どうだろうね」

 苦笑めいた表情を浮かべるかなたに、みずきはイタズラっぽく口元を緩める。妹よりは乏しいが、やはり姉妹だと思わせる表情だ。

 かなたは髪をかき乱しため息を吐いた。



「俺は何をやってんだろう」

 ベッドにうつ伏せになり枕に顔を埋めたまま、かなたはひとりごちる。だいぶ伸びてきた髪の毛から覗く耳は羞恥により真っ赤に染まっている。

 求められたら嫌々ながらもやってしまう少し芸人めいた気質がかなたにはある。もっとも、それは気の知れた人の前だけで、他人を目の前にしたら、ロボットのようにぎこちない動きで必要最低限の言葉しか発せなくなるのだが。

「ん、悪くはなかった」

 寒いギャグを見せられた女王のように、無表情でかなたを見下ろしていたみずきに、今更慰めるように言われても白々しいだけで、かなたの傷心を癒すどころか逆効果だ。

「バレンタインにチョコを貰えるひきこもりはどれくらいいるんだろうな」

 寝返りをうち仰向けになり、かなたはふとした疑問を言った。

「ごく一部だと思う。貰えたとしてお母さんからとか?」

 少し考える間の後、みずきが言った。床に座り手持ちぶさたなのかコントローラーを無意味にイジっている。

「それは除外したほうがいいな。カウントしたくないだろうし。悲しくなるだけだ」

 薄暗い色あせた天井を見つめながら、過去の黒歴史を思い出し苦い顔になる。他人との交流が既に限られた範囲になっていたとはいえ、年頃の少年には堪えた出来事だった。――まだ、微かな希望があったころの話だ。

「だとすると、誰から貰えるの?」

 脳裏に映るテレビゲームのキャラをコントローラーで繰りながらみずきは聞く。

「妹とか」

「……姉は?」

「さあな。そういう行事に興味ないだろ」

 かなたはつい、しばらく見ていない姉を思い出して、少しムッとした表情になる。

「あ」

「どした?」

「ん、なんでもない」

 脳裏で進めているアクションゲームでミスをしたのだが、他人の脳内の映像が見れるはずもないので、かなたにはみずきが何で声を漏らしたのか分からない。

「従姉妹とかは?」

 手に持ったコントローラーのスタートボタンを押し、コンティニューを選びながらみずきは言った。無論、空想の中のゲームでだ。

「従姉妹ね……」

 かなたは思い浮かべて見るが、ぼんやりと全体に靄が掛かっているかのようにハッキリとは容姿が浮かばない。

「しばらく会ったことないからな」

 帰省に同行していれば、実家に集まる親戚にいて会えるかもしれないが、行ってないかなたが前に会ったのは肩書き上は中三の頃まで遡る。

 お年玉目的で着いていっては見たものの、何も知らない大人たちの、学校はどうだとの問いに黙し、居辛くなり帰省中はあてがわれた部屋に置物状態でいたという、記憶のタンスの奥に閉じ込めた苦い思い出がある。

 そのため、同年代の従姉妹との記憶はそこで止まっている。今は何をしているかは知らないが、もし知ったなら劣等感に潰されるに違いない。

「私も同じ」

 みずきも同調する。

 親戚が従兄弟を連れて訪れても、部屋にずっと閉じこもって会うことはなかった。それが毎年、時期になると来るためにその思い出はかなたよりも重く苦しい。

 部屋に少しの間沈黙が支配する。交えた言葉は少ないが、ひきこもりで幼なじみ同士、互いに気持ちは理解できる。

「後は幼なじみとかか」

 空気を変えるようにかなたは従兄弟の話題を切って、新たな話を持ち出した。

「幼なじみ……」

 オウム返しにみずきは呟くのを見て、

「あー、ひきこもりじゃなく普通の幼なじみな」

「それだったら普通は縁切れると思う」

 みずきの現実的な指摘にかなたは何も返す言葉はない。

「……そうだな」

 天井に向けてかなたは深く息を吐く。

 ひきこもり状態である限りバレンタインにチョコを貰える確率は天文学的に低い。初めから感づいていたが、結局はそれに落ち着く。

 ならば、やはり貰えた自分はかなりの幸せ者なのだろうか。

 かなたは目を瞑り、当然にあった幸せを今一度噛みしめる。


 そして一ヶ月後のことも考えなければならないと、黙考していた。



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