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ひきこもり×緘黙

「かんもく?」

 水澤かなたは初めて聞く言葉だと顔を歪めて疑問符を浮かべる。

 その、かなたには聞き馴染みのない単語を持ってきたのは、幼なじみである相原みずきで、部屋に来て早々に言ってきた。

「知ってる?」

 ベッド端に腰掛け、みずきはもう一度聞いた。知っていても知らなくともどちらでもいいという感情の乏しい瞳でかなたの答えを待つ。

 みずきがこのように唐突にかなたの知らないニューワードを言ってくるのは、たまにある。即座に白旗を挙げ答えを問うのは簡単だが、四六時中暇であるかなたはとりあえず考えて一応は自分の答えを出す。

「完黙。完全黙秘の略のことか?」

 刑事ドラマで耳にしたことがあり、かなたの脳内辞書にある“かんもく”という単語はこれしかない。

 しかし、答えは△すら貰えないようでみずきは冷めた瞳をし、

「予想通り」

 かなたがどんな返答をするか予め浮かべていたみずきは、一言一句ピッタリだったことに内心勝ち誇るとともに、予想を裏切らないつまらない答えだったことにガッカリした。

 その瞳からみずきの心を少し読めたかなたは、別の答えを幾つか言ったがてんで面白くもない答えであったため割愛する。

「…………いったいなんなんだ、かんもくってのは」

 観客から失笑しかもらえなかった芸人の気分を味わったかなたは、降参とみずきに聞く。

「場面かんもくしょう」

 淡々とみずきは答えを言った。

 だが、答えを聞いてもかなたはピンと来ない。

「場面で完黙……取調室だと何も言わないが、留置場だとペラペラ吐くのか」

 もちろん漢字が違うのだと分かっててかなたはボケている。みずきは付き合いきれないと小さくため息を吐いて、

「かんもく。糸へんに減るって書いて緘。もくは普通に黙る。それで緘黙」

 かなたは頭の中で漢字を組み立てる。

 初めて見る漢字であり、熟語であった。試しに携帯電話を手に取り、打って変換をしてみるが、中々見つからずかなり深い位置に埋もれるように『緘』があった。

「全く知らん言葉だな。……しょうは病気とかのアレか?」

「ん、骨粗鬆症とかのしょう」

 早口言葉でもよく見る症状を用いてみずきは説明する。呟くような言い方ながらも噛むこともなく、しっかりと聞き取れる声である。

「何故、こつ――いや、なるほど。場面緘黙症か」

 滑舌に自信のないかなたは、何故骨粗鬆症を例えにしたか聞きたかったがやめ、頭の中で言葉を組み合わせ完成させた。

「で、その場面緘黙症ってなんだ」

 みずきは言葉を整理する時間をやや置いてから、

「無口キャラってどう思う?」

「は? なんだいきなり」

 かなたは苦笑をつくる。何故、緘黙からキャラ討論に移行しそうな話題になるのか。

 しかし、みずきからしたら話題からは外れてはおらず、入りやすい話から入ったにすぎない。ど真ん中直球でパソコンで調べた緘黙の説明を機械的に読み上げるがごとく話してもよかったが、かなたに理解しやすいような話題から入るに至った。

「綾波レイ、最近だと長門みたいなキャラか? いいんじゃないか」

 答えてどうなるかは分からないが、とりあえず話の流れはなるべく切らないのがかなたである。流されやすいともいう。

「ん、アニメだと割と人気あるタイプだと思うけど、現実にいたらどう?」

 かなたは首を斜め上に向け想像する。

 高校生を想像したが、その経験が皆無なためアニメでの情景で補完し、更に都合の良い妄想まで混ざり、教室の窓際で読書に耽る寡黙な少女を思い浮かべ、

「いいんじゃないか」

「……どういう想像したかは知らないけど、そういう無口な人って何でそうしてるかとか考えたことある?」

「ほとんどないが……人が苦手とか、感情を出すのが下手だとか、有機アンドロイドとか、そんな理由じゃないか?」

 二つの理由はまんま他人を前にしたかなたであり、自分の経験則から述べただけだ。最後はいわずもがなアニメキャラである。

「ん、そういうのもあった……けど、とにかく、喋らないんじゃなくて、言語能力はあるけど喋れないのが緘黙」

 ずいぶんと強引かつ曖昧な纏めをみずきはした。当然かなたにはほぼ伝わっておらず首をひねる。

「無口キャラが緘黙ってことなのか? 喋れないってのは声が出せないって意味か?」

 みずきは自分の説明下手にもどかしいさを覚え、どうしたら分かり易いかをもう一度考え、言う。

「精神的な症状らしいから説明しにくい。うつ病とかの類だって、経験ない人にはつらさが理解しにくいみたいな感じ。あとで自分で調べて」

 と、みずきはあとはウィキペディアに聞けと丸投げし、

「多分、経験から言ったほうが上手くいえると思う」

「経験?」

「私も緘黙だった……かもしれない」

「かもしれない、か」

「そう。私も最近知ったから」


 みずきが場面緘黙症について知ったのは言うとおり最近の話になる。

 きっかけは以前の話にも出てきたひきこもりサイト内で、緘黙のことを目にしたからである。

 そこでは僅かな会話の流れでしかなかったが、もしやと思い調べた結果、みずきは自分が緘黙だった可能性が高いという結論に至った。

 現に、緘黙症の認知度は限りなく低く、教師にはおとなしい子として認識され、自宅の家族の前では普通に話せるのもあり、際立って問題視されることもなく年月が過ぎ行くことも多い。

 歳を重ねるにつれ症状が緩和されてくケースも多いため、本人も自分が話せない訳を緘黙だと知ることも少ない。

「私は学校じゃ話せなかった。ほとんど。誰かと言葉で会話したことはなかった。国語の教科書はなんとか読めたくらい」

「そうなのか」

 かなたの反応は至極薄い。

 かなたから見た昔のみずきのイメージは内気であり、活発という言葉からは対極に位置するような性格であり、今とそれほど変わらない。

 友達がいたという話も聞いたことがなく、なので学校じゃ全く喋らないと言われてもさしておかしいとは思わない。

 むしろ、活発で談笑によく加わっていたと言われたほうが意外性があって驚いただろう。

「小一の頃からそうだった。どうしてだか上手くは言えないけど、喋るのが怖かった……そんな感じ。まあ、元々明るい性格でもなかったけど」

 言って、昔のさして楽しくない記憶を思い起こしたせいかみずきは悲哀が混じった自虐的な微笑を浮かべる。

「そういや、みずきが話してる姿見たことない気がする。姿自体あんまり見かけたこともなかったが」

 一学年違うかなたはあまり教室から出歩くこともなく、みずきを見かけても声を掛けることもなかった。もし、声を掛けたとしてみずきの変化に気が付けたかは分からない。かなたの性格上、返事がなくとも特に気にすることもなかった可能性が高いが。

「それに、学校や特定の場でしかそうならないから場面緘黙って呼ばれるみたい。家だと大丈夫だったし」

「ああ。普通に話してたな」

 その頃から二人の間柄は今と変わりなく、滅多に寄り道せず帰宅しては互いの家を行き来しインドアな趣味に興じていた。

「うん。だから、自分がすごくおかしいとは考えてなかった。単に人見知りが激しかっただけだと思ってた」

「今は人すら見ない生活になったな」

「友達もできなかった。喋らないから当たり前だよね、イジメに合わなかっただけマシかもしれないけど。……そして、気付いたらこうなってた」

「終わりか?」

 みずきは頷く。

「で、その緘黙症が原因でこうなったと」

 みずきは首を振り、弱々しい声で、

「一因ではあるとは思う。……他にもいろいろは……」

「……だな」

 かなたはそれだけ言って部屋は静寂に包まれる。

 過去、ひきこもりに至った要因についての話はしない。

 それはいつの間にか互いに一言も交わすことなく、暗黙の了解が成立していた。

 そもそも二人にはひきこもりとなった経緯を上手く伝えられる自信がない。

 一般的な印象だとイジメが第一に挙がるだろうが、そうではないひきこもりも多い。むしろ、深く関わってない方が長期化する傾向がある。


「緘黙の人がひきこもりになることは少ないみたい」

 少し時間を置いてから、みずきは言う。

「目立つ行動、つまりは不登校になるケースは少ないみたい。聞いた話だと長くひきこもってしまってる人もいるみたいだけど」

 かなたは『一人は目の前にいる』と茶化したくもなったが、空気を読んで続きを待つ。

「……多分、そういう人はかなり少ないと思う。なんかそうだと考えると……緘黙じゃないかもしれないのかなとも思うし……」

 不安げに眼を伏せたあと、かなたの言葉を催促するかのように、やや上目遣いでみずきはかなたを見る。

 かなたは髪を掻き、面倒くさそうな表情を作る。

「別にどっちでもいいんじゃないのか。今はそれよか酷いひきこもりだし。緘黙とか無関係な生活してるだろ」

 随分と適当な答えだった。励ましにもならず、自分も含まれるひきこもりを酷いと評し自傷してしまっている。

 だが、みずきにはその言葉がどんな優しい言葉よりも安心することができた。

「というか、今はどうなんだ? 緘黙なのか?」

 ふとしたかなたの質問に、

「ん、分からない。他人と会わないし……今だと話せなくても緘黙なのかヒキだからか判別できないかも。……緘黙の上にひきこもりのステータス異常が上書きされてるみたいな感じ」

「なるほど」

 ゲーム好きな人しか分かりにくい例えだ。


「けど、何故そんなことを話したんだ?」

「別に、なんとなく」

「ここでそっぽ向けばツンデレっぽかったのにな……」

「………………」

「完黙か」



場面緘黙について間違ってる点などがありましたら

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