ひきこもり×ゲーム
鮮明な水色の空を泳ぐように流れる白い雲。下に視点を向けると樹木の濃緑が一杯に広がっている。
鮮やかな景色の中で勇ましく空を駆けていくのはドラゴン。燃えたぎるマグマのような赤い硬質感のある皮膚、口には白く鋭い牙を覗かせ、背中から生えた一対の真紅の翼を大きく羽ばたかせる。
ドラゴンの背中に乗るのは精悍な顔立ちをした青年。白銀の鎧を身に付け、腰には装飾が施された鞘を帯びている。右手には抜き身の剣を持ち、反射で光輝いているようにも見える。
精悍な顔立ちがアップで映され、強い意思が垣間見える碧眼が遠くを見据えている。
ドラゴンが速度を上げて画面から消え、煌々とした太陽をバックに壮大なBGMが流れ、タイトルロゴがフェードインした。
「さすがに綺麗な映像だな」
新作ゲームのプロモーション映像が流れるPCの液晶画面を観て、水澤かなたは率直な感想を述べた。
「最新機種だし。普通だと思う」
かなたの隣、椅子に座りマウスを操作し見終わった映像を止めながら、淡々と言った。
「しかし、いつの間にかこんなにシリーズ重ねてたんだな」
少し寂しさを含ませた声でかなたは言う。
「?までならやれてたのにな」
「ん、結構中古で安くなった後に買ったんだったっけ」
「発売日から三年後くらいにな」
価格はいくらだったか思い出しながら、かなたは壁際に畳まれた布団に腰を落とす。
「結構やり込んだよね」
みずきはパソコンにやる気のない視線を向けながらマウスを動かしつつ、懐かしむように振り返る。
「召還獣揃えたりとか。隠しボスとか」
なお、この物語はフィクションであり実在のゲームとは関係ありません。
「俺はエンディングまでしかやってなかったな……条件揃ったら効率良くレベル上げしたりして」
その方法を具体的に覚えていないかなたがみずきに聞き、正確に答えた。
「よく覚えているな」
「ん、たまに動画観たりしてるし、好きなゲームだから」
「あの頃はずっとやってたからな」
その作品を購入したかなたがさっさとクリアし、次にプレイし始めたみずきは、余程好みに合ったらしく睡眠時間を削ってまでゲーム機を占領し、暗いかなたの部屋に居座っていた。
二人の取り決めによりゲーム機の互いの部屋間への移動は厳禁なため、みずきがかなたの部屋に一日中居座り、イタズラ心が働いて先のストーリーを話しそうになるかなたはみずきの部屋で過ごすことが多く、まるで部屋を交換したような期間が十日ほど続いていた。
「俺は?が一番よかったな」
?は十年以上前の作品である。
「よくやってたよね。古い機種引っ張り出したりして」
「今はリメイクのあるからわざわざ出す必要はないがな。何周くらいしたか分からん」
「アレも結構やりこめたんだっけ。私はあんまりしなかったけど」
みずきは淡々と言いながら、動画サイトでゲームの映像を探す。?の映像の中から一つ選び、流す。
「ああ、レアなのを集めたりもできたが、やっぱり低レベルクリアとか目指すのが面白かった。そういう風に攻略できるようにもなってるし」
「その辺の三作だと私は?が好きかな」
みずきが言う三作とは同機種でシリーズが発売された三作品のことである。
かなたは険しい顔をし、思いだそうとする。
「キャラがいっぱいだったイメージしかない……」
「ん、そうだけど。かなたはクリアしたんだっけ?」
「……いや、崩壊後の世界までは記憶あるがクリアしたかは……」
ラスボスやEDを思い出せずかなたは首をひねる。
「そこまで来たなら詰まる箇所もなかったと思うけど……」
苦い表情をし、かなたは前髪が鼻先まで伸びてきた髪を掻き、
「まあ、どうにも途端に興味無くなると放置気味になるんだよな」
「?も途中でやめてたっけ」
「ああ。みずきはクリアしたんだったよな」
「ん、一応は」
?までは起動できる機種がみずきの家にもあったが、?以降はかなたの家に来てみずきは熱心にプレイしていた。そのたびにかなたはみずきの部屋で主に暇をつぶしていた。
「?辺りまでは買えてたんだな……」
独り言のようにかなたは言った。
「?発売して三年……お小遣いもらってたんじゃなかった?」
みずきが言うとおり、かなたは当時年相応のお小遣いを毎月受け取っており、安定して娯楽を購入できていた時期でもあった。
「まあな。金銭面的には気にしなくて済んでいた頃だった」
「そう」
みずきの表情が僅かに曇る。
「私はなかったから、かなたがゲーム買ったりして結構助かってたかな。PCもまだここになかったし」
みずきの場合は、不登校になり行動範囲が隣家までに狭まってからは小遣い制度が無くなった。
「ひきこもってたとしても小遣いはあった方がいいみたいだがな」
「……何かのひきこもり関係の本の受け売り?」
「そうみたいだが聞いた話。自由になるお金は少しだけは持たせたほうがいいらしい。その、おかげかは分からないが、俺も何とかは外出れてるから効果あるかも」
「ん、そうかもね。……けど、私達が言っても我が侭なだけだと思われるよね」
「…………そうだな」
部屋には?のエンディング曲が染み入るように流れていた。