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ひきこもり×アニメ

 寒さも正月休みを終えたのか、深々と降り続ける雪が町を白く染めていた。

 夜の闇に包まれ普段は閑静な住宅街も、雪かきに励む人々のスコップが地面をこする音が響いている。

 その音の発生源に耳を傾ける人影が一つ。水澤かなたである。音の場所が近くではないと判断し、ゆっくりと隣家へ繋がる塀に設けられたドアを開ける。微かに軋む音だけしか立てず、素早い動きで勝手口へと来たところで、

「クシュン!」

 クシャミをした。手で口を押さえていたため音はあまりしなかったが、かなたはさっさとドアを開けて中に入る。数メートルの距離とはいえ上着なしは寒かったと反省。




 凍えた体をさすりながら、かなたは二階へと上がる。明かりも点けず階段は暗闇に包まれているが、我が家も同然に訪れているため躓くことも迷うこともなく、ドアの下の僅かな隙間から微かに白い明かりが漏れる部屋の前に着く。

 いつものように一度ノックをする。

「はーい」

 今日は元気の良い返事が戻ってきた。

 ドアを開ける。

 部屋には姉妹の姿があった。

「どうしたのー?」

 携帯電話スマートフォンから顔を上げ、人なつこい笑みを浮かべてるのが妹、相原なぎさで、

「…………」

 無言で携帯ゲームダブルスクリーンから刹那くらいだけ視線かなたに寄越し、画面に落とすのは姉、みずきである。

 感じさせる明るさは対照的な姉妹ではあるが、仲は良く、壁端に畳まれた布団をソファーにしてくっつくように座っている。

 かなたはパソコンが置かれた机の前にある椅子に座る。

「使っていいか?」

 と、主語もなくかなたは訊く。

 みずきは何をと聞き返すこともなく、

「ん」

 顔も上げずに返すとかなたはパソコンの電源を点けた。この部屋で『使う』と言い表せる物は限られているし、その中でかなたが使う物も限られている。


 パソコンが立ち上がると、かなたはマウスを操り、サイトへとアクセスする。

「何観てんの?」

 なぎさは肩越しにモニターをのぞき込みながら聞く。かなたは答えない。無視してるわけじゃなく、答えはすぐに分かるとマウスを動かし、四角いウィンドウが新しく画面中心に大きく表示された。

 鏡のようにかなたの顔を映す黒いウィンドウは数秒後、鮮やかな色へと変わった。

「アニメかー」

 なぎさが流れる映像を観て言い、みずきの隣に戻る。みずきは顔をあげパソコンの画面を観て極僅かに首を傾げたがすぐに視線を戻した。


 部屋は約二十五分くらいアニメの音が支配していた。みずきはイヤホン着用でゲームに没頭し、なぎさは何回かメールを返しつつモニターを眺めていた。

 かなたが観ているアニメはミコミコ動画(動画配信サイト。デフォルメされた巫女がメインキャラクターになっている)で無料で配信されているアニメだ。

 メーカー公認であり、地上波での放送終了後一定期間だけ観ることができるものである。


「いい所で終わっちゃったね。続きないの?」

 なぎさが見終わった感想を漏らす。アニメは主人公がヒロインのピンチに駆けつけ、主人公の顔のアップで次回へと続いた。

 かなたは椅子を回して後ろを向き、

「ないな。昨日始まったらしいアニメだし」

「珍しい」

 ゲーム機を閉じて、みずきは淡々と言う。

「ネットで観るの好きじゃないんじゃなかった?」

「あー、まあ、そうなんだが」

 かなたは頭を掻きながら言った。

「どゆこと?」

 なぎさは首を傾げる。

 今はネットの動画投稿サイトを探せばいくらでも最新アニメを観ることが出来る。しかし、それを制作側の許可なく配信するのは違法であり、放送でも注意を促すテロップを流してはいるが一向に無くなる気配はない。

 観る側は基本的に懲罰を受けることはないのだが、無論、まっとうな視聴方法とはいえない。グレーゾーンだ。

「え……かなちゃん、そんなの観てたの?」

 アタシもだけど、と罰が悪そうに苦笑する。

「いや、観てたのは公式で無料配信されてる奴だから、問題ない」

 かなたが言うと、なぎさはよかったと小さく呟いて胸をなで下ろす。

「かなた、違法配信観るの嫌いだしね。別に捕まるわけでもないのに」

「それはそうだが、そんな見方したら制作側にも失礼だと思うし、何より後ろめたい気分になるのがな」

「……赤信号を律儀に守るタイプ」

 みずきは皮肉っぽく言った。

「もしかしてお姉ちゃんは平気で観たりしてる?」

 なぎさは隣に細めた目を向ける。みずきは首を小さく振り、

「ん、私はそこまでして観たりしない」

「そっかーよかった。あんまりいいことじゃないみたいだし……」

「でも、それによってDVDとかの売り上げ上がってるとか見たことあるし、いいこともあるみたい」

「それって見てる側の理論武装だろ」

「ん、事実を言っただけ。私はよくないと思ってるし」

「上がったとしても無料で観るだけで買わない人も多そうだしね」

 かなたは『そうだろうな』と言おうとしたが、段々と話がズレてきたと感づいて口を閉ざすと、少しの間の沈黙が訪れ、みずきが口を開いた。

「公式でも今までネット配信の観てなかったのに」

「それなんだが」

 話題が戻り、かなたは小難しい表情をし、

「今期アニメ始まってきたんだが……」

「そう。私、観てない」

 かなたが答えよりやや遠回し気味から話を入れてきたことを、二人には分かったがそのまま進める。アニメをほとんど観ないなぎさは黙って話を聞く。

「秋アニメはそれなりに充実していたんだが、今期がな……」

 かなたはわざとらしい大仰なため息吐く。それを見てみずきは察し、

「減ったんだ」

「ああ」かなたは頷き「四つが二つになった」

 残念そうな面もちのかなたの言葉になぎさが首を捻る。

「あれ? テレビ欄だとアニメそれなりにあったような」

「かなたの言ってるのは深夜アニメ」

 淡々とみずきは補足する。

「そなんだ。さっきかなちゃんが観てたのもそうなの?」

「ああ。こっちだと未放送のやつだけど」

「へえ、結構面白かったよね」

「本放送は二話まで放送済みらしいけど、話題になってるみたい。ネトゲ仲間が言ってた。だから観たの?」

 ネットの評価を見ないかなたは、

「それは初耳だが、続きが気になる話ではあったな。観たのは……何というかアニメ成分が足りないから……だな」

 的確に言い表す語句が見つからず、アニメ成分という意味が分かるようで分かりにくい言葉を用いてかなたは言った。

 そして、相原姉妹の間に微妙な距離感が開いた錯覚にかなたは陥った。みずきからは普段より二割り増しといった冷めた目を、なぎさからはよく分からないと疑問の瞳を受け、かなたは気恥ずかしくなり、

「……いや、あ、アニメが見足りないなと思ってだな……暇だったのもあるし……」

 しどろもどろにかなたは口を動かす。

「そう、分かった。アニメ足りないから。確か他にも無料配信のあったと思う。あとで調べてみる」

 みずきは優しい口調で口元を僅かに綻ばせる。

「よかったね、かなちゃん」

 柔らかく微笑んで、なぎさは言った。

「……ああ、そうだな。……ありがとう」

 かなたは表情の消えた顔で機械的に礼を述べた。アニメ成分という言葉をからかわれたほうがまだ気が楽であった。




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