ひきこもり×初詣
町中心部からそれほど歩かない近い位置にある神社は賑やかだった。
老若男女、様々な年代の人が溢れかえっており柏手を打って様々な願いを神へと送っている。
一目でこの時期だけのバイトだと九割方分かる巫女服を纏った女性が、せっせとおみくじにお守りや正月飾りを求める客に応対し、互いに絵馬に書かれた願いを見せ合って幸せそうに笑い合うカップルもいる。
町の人口のほとんどが訪れているとも見え、人の密集度はこの日町一番なのは間違いない。奉られている神も、願いを聞く仕事を適当にこなしたくなるだろう。
そんな、周囲の道路脇には車の列が並ぶ神社とは対照的に、かつては閑静な住宅街、今は空き地と手入れされていない公園があるだけの寂しげな通り。そこにポツンとある社の神は暇を持て余し、欠伸をかみ殺していそうだ。
未明まで降り積もった新雪にはつい先程まで足跡一つ無く、今し方三人分の足跡が付いた。
「ホントに雪掻かれてるんだねー」
神社の石段の前で相原なぎさが言った。
膝丈のスカートにブーツを合わせ、コートを身に纏ったファッションで、生足が僅かに露出しており寒くないのかと、お節介なオバサンが言いたくなるような姿だ。
「他に誰か来た形跡はないみたいだな」
水澤かなたは周囲の雪の様子を見て探偵みたいなことを言った。
家にいた時の服装にダウンジャケットを羽織っただけのシンプルな格好だ。
「…………」
相原みずきは、懐かしんでいるかはいまいち分かりにくい瞳を斜め上に境内へと向けている。
ジーンズに淡い色のフード付きコートというスタイル。なぎさに貰った物のため少しだけ丈が短い。ちなみに履いているブーツも元はなぎさのである。
「こっちに初詣に来たことあるの?」
境内に続く雪で白に染まる石段を上りながらなぎさは並んで歩く二人に聞く。
みずきは小さく頭を左右に振って、ないと表す。
「前に一度だけ。三日だったかにちょっとな。そん時は誰も見かけなかったな」
「そなんだ。……まあ、見た感じだけだとちゃんとやってるかは分かんないしね」
長年の風雨に曝されたのを物語るくすんだ色の鳥居を見ながらなぎさは苦笑する。
下から見ただけだと、石段の先に鳥居があって初めて神社だと分かり、その手入れされてないくすんだ朱色をした鳥居を見て、もう何も機能していない神社なのだと誰もが思うだろう。
そのため、町中の神社と比べると長い石段を上る気は徒労だと考えるし、アスリートがトレーニングとして使うには物足りない。ここを上がって境内に踏み入れるのは、人気のない場所が好きな物好きくらいだ。
「あ」
残り数段となったところでなぎさは軽快に跳ねるように上りきると、立ち止まって少し驚いた声をあげた。
その様子を数段下で、やや疲れた面もちで見た二人は怪訝そうに顔を見合わせ、重い足取りで上りきって、一息吐いて顔をあげて理由が分かった。
「…………」
「…………」
三人は正面にいる人物を不思議な物を見るように視線を向けている。
視線を向けられた人物はかなた達を見て、少し驚いたように瞳を丸くしたがすぐに柔和な笑みへと変え、手にしていたスコップを水平に両手で持ち直し、深くお辞儀をした。
かなた達は互いにアイコンタクト。それが一般客なら回れ右も選択肢に入っていたが、みずきがそのまま前に一歩踏み出すのを見て他二人も同じようにした。
木々に囲まれた狭い境内は雪が敷き詰められ、入り口から正面にある小さな社までの道が丁寧に雪が掻かれていた。
その道を掻いたと推測できるスコップを手にした女性に近寄ると、
「あけましておめでとうございます」
女性はもう一度丁寧に腰を折り、新年の挨拶をする。なぎさだけ挨拶を返し、
「えっと、ここの巫女さん……ですか?」
かなたとみずきの疑問を代表して聞いた。
女性の服装は白を基調とした巫女装束であった。それを身に纏う女性も大和撫子な美人で、このまま秋葉原に行ったら周囲に人垣ができそうな格好と容姿である。
「はい。そうですが」
巫女は即答した。
「でも、ここってこんな寂れてるし……巫女さんがいるなんて思わなかったです。……バイトですか?」
なぎさが失礼なことを聞くが、巫女は笑みを崩すこともなく、小首を傾げ、
「バイト? ……そうですね。主にこの時期だけしか来てませんし、そうなるのかもしれませんね」
「参拝しに来る人いるんですか?」
「今日はあなた達で初めてです。以前に参拝に人が訪れたのは二年前になりますね。昔は賑やかだったんですけど」
律儀に答えて、巫女は苦笑いを浮かべた。
なぎさはお礼を言い、賽銭箱へと駆けていく。かなたとみずきも巫女へと小さく頭を下げ、後へと続いていった。
巫女は三人の後ろ姿に眺め優しげな瞳を向けていた。
投げられた硬貨が縁にあたり軽い音を立て、賽銭箱に納められまた軽い音を立てた。
なぎさが鈴を鳴らして、三人は柏手を打って目を閉じる。
なぎさは願いを込めてしているが、かなたとみずきは形式上そうしているだけで何も念じてはいない。
数秒してなぎさが隣のみずきを見て、
「ここの裏だったっけ? 昔、二人が隠れてネコ飼ってたのって」
「うん」
「別に隠してたわけじゃないが」
「見に行ってみよっか。せっかく来たんだし」
「何もないだろ」
小さな社の裏側は、林が広がっており、滅多にない参拝客もこちらまで来ることはないに等しい。
社の裏の床下は小学校低学年の児童ならば屈んで入りこめるくらいの隙間があり、かつて二人はそこで捨てネコを世話してた過去があった。ちょっとした秘密の思い出。
「ここ、今じゃもう入れないね」
しゃがんで社の下をのぞき込みながらなぎさは言う。
「ん。けど、昔もギリギリだった」
なぎさの隣でいっしょにのぞき込んで、みずきは懐かしむように見る。
「よく頭ぶつけたりしたな。そういや」
かなたは頭を掻きながら思い出して苦笑する。
「あの頃、ほんと二人して怪しかったよねー」
なぎさはニヤニヤとした笑みを作り、
「お姉ちゃん、ウチ帰ってきたらすぐに出ていってさ、かなちゃんもそうだったし」
「俺はみずきほどは行ってなかったが」
「かなたはすぐ飽きて、あんまり来なくなった」
「それをアタシが付けていって、やっと秘密が判明したんだよね。知っててもアタシはあんまり近づけなかったけど」
「秘密にしてたつもりないが」
「けど、最近じゃ中々ない話じゃない? 捨てネコを拾って人気のない神社で飼うなんてさ」
「そう?」
「確かに、近年じゃ珍しくはなりましたね」
優しく透き通った声に一斉に振り返って、一様に驚いて目をしばたたく。
「驚かせてしまいましたか?」
いつの間にやら近くにいた巫女は柔和な笑みを浮かべ、クスッと息を漏らす。
雪で足音は微かにしか聞こえないとはいえ、気配に敏感なかなたとみずきは全く分からなかったことに少々怪訝な瞳を向ける。
「やっぱり珍しいんですか?」
「はい。そうですね…昔はお二人みたく、家で買えない事情があった子供達が、子犬や子猫をここに連れてきて、よく世話をしていましたから。それはもう親のように、親友のように遊んだりして楽しそうでした」
巫女は過去のその映像を重ね合わせるように社を見て目を細める。
「へえ…そうだったんだ」
三人は祖母の昔話を聞く孫のように巫女の話に耳を傾ける。
「あちらの林も賑わってましたね。子供達の遊び場でした。太い木の上に秘密基地を作ったり、虫取りをしたり。冬は雪合戦も……あ、今でも夏になるとクワガタやカブトムシがたくさん集まってくるんですよ」
言って、巫女の表情が哀愁の色を濃くする。
「……今は寂しい場所ですけど……」
独り言のように巫女は呟く。
三人は巫女に倣うように林の方を見つめる。薄暗くて昼でも少しばかり不気味に見えた。足跡のない新雪が寂しげに奥へと敷き詰められていた。
パン、と巫女が手を叩いた。巫女の方を向くと優しい笑顔に戻っており、
「すいません。空気をしんみりさせてしまいましたね……こういうのKY? っていうんでしたっけ?」
微妙に間違った巫女の言葉にどう返したらいいかと三人は悩み、
「そうですね」
かなたがとりあえず空気を読んで投げやりに返した。
「はい。KYでしたね私。おわびといってはなんですが、おみくじを引いていきませんか? タダにしますから。あと、他にもお守りやお札もありますんでよかったら」
「あ! そだった。おみくじ! おみくじを引きに来たんだったっけ」
なぎさは目的を失念していたかは分からないが、今思い出したという動作をして、社の正面へと駆けだした。
「元気のいい方ですね」
巫女はクスクスと笑い、巫女と二人はなぎさの後を追った。
おみくじがある場所は、境内の中央からやや離れた位置、バスの停留所とも見紛う大きさの建物にある。
畳二畳ほどの狭いスペースに木のテーブルが置かれ、その上におみくじやお札にお守りがあり、料金を入れる木箱がある。社務所と呼ぶには狭く、無人販売所と呼んだほうがしっくりくる。今は巫女がいるが。
「この御札ってどう使えばいいのかな…?」
「これですか? これは除霊の言霊が印されていまして、神棚に置いておくと家の周囲は霊が寄ってこなくなりますよ」
「お守りは一種類だけなんですか? 合格祈願とかないみたいだけど」
「すみません。うちは学問の神ではないので……ですけど、このお守りは強い厄除けになりますので、きっとお役に立つと思います」
むぅ…となぎさは迷うように並べられた品々を眺める。隣で真摯に説明をする巫女は買って貰いたい思いもあるが、無理強いはせずに微笑して待つ。ちなみに値段は高めだ。
中は狭いため、かなたとみずきは外でそのやり取りを黙って見ていた。
「……おみくじだけでいいです。すみません」
申し訳なさげな表情でなぎさは言った。
巫女は内心残念がるが、顔には出さず、
「はい。分かりました。では、これを振ってください」
年季の感じさせる、木で作られた六角柱の箱をなぎさに渡す。
中には数字が書かれた細い棒が幾本も入っており、振ると、中央に小さな穴が開いた木の蓋から一本飛び出してくる。
「あ、七十七番。これは期待できそう」
なぎさは出てきた棒をひょいと摘み、彫られた数字を伝え、再び箱へと押しやり、みずきへと手渡す。
「七十七番ですね」
巫女は小さな引き出しが多数付けられた木棚に手を伸ばし、七十七番の引き出しから丸められたおみくじをなぎさへと渡す。
その間、シャカシャカとおみくじの箱を振っていたみずきが、
「七番」
と、淡々と出た番号を伝えて、箱をかなたへと回す。
「お姉ちゃんもよさげな番号だね」
かなたも二人と同じように箱を振り、出てきた棒の番号を伝えた。
「三十二番ですね」
地味な数字であった。
「じゃ、開くよ……せーの!」
なぎさの合図で一斉に引いたおみくじの中身を確認し合う。
沈黙。おみくじに書かれた内容に目を通している。パソコンの印字ではなく、達筆な手書きのため読みにくい。
傍らに姿勢良く立つ巫女は微笑ながらも少し表情に緊張が見られる。
「どうだった?」
なぎさは真剣な表情と、抑えた声で聞いた。
「中吉」
「大凶」
揃ってアッサリとみずきとかなたは答えた。
「かなちゃん大凶なの!?」
「ああ」
「……ご愁傷様です」
なぎさは哀れみの表情をし、すぐにクスクスと冗談っぽく笑う。
「まあ、末吉とかよりは地味じゃなくてよかったが。珍しそうだし」
「なぎさは?」
みずきが聞くと、なぎさはヌフフフと不敵な笑い声を漏らし、
「じゃーん!」
合格通知を見せつけるかのように、おみくじを開いて見せた。
「大吉だよ。大吉。文字に力こもってそうだし今年はいい年になりそう」
「よかったら、また来年もいらして下さいね」
「あ、はい。絶対来ます。ね、お姉ちゃん?」
「…………」
「お待ちしていますね」
「じゃ、帰ります。色々とありがとうございました」
「いえ。こちらこそ楽しい時間でした。ありがとうございます」
巫女は石段を下りていく三人の背中を、穏やかな笑みで、ほんの少し寂しそうに見送った。
「また、来年…」
そう呟いて、踵を返した。
「……ですが、一人は近いうちにまた気てくれるかもしれませんね」