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ひきこもり×正月

「――起きて」

 優しい声とともに、さざ波にたゆたうように身体がユサユサと揺さぶられるが、水澤かなたは眉間にしわをよせつつも、まだ夢の中である。

 昨日は強制されたわけでもないのだが、日付が変わるまで起きていた。それは他の二人も同じなのだが、かなたは後片付けを終わらせてから床に就いたため、眠ったのは今日の三時を回った時だった。

「ほら、早く起きなよ」

 揺さぶる力が強くなり、強風に煽られる木のように身体が揺れるが、水澤かなたは目覚めない。むしろ、その揺れがゆりかごの心地良い揺れだと感じているようで、表情が和らいで睡眠が深くなったようにも見える。

 ベッドの傍に立つ人物は細めの腰に手を当て、ふうと息を吐く。

 時刻は午前七時前。

 まだ睡眠時間的には物足りない時間である。

「むー」

 だが、ベッドの傍に立つ人物はまだ諦めてないようで、一度、唇を尖らせてから、二ヤーっと口元を弛ませ、両手の指をいやらしく動かす。

 そして、ベッドに乗ると掛け布団の中へと両手を差し入れ――


――奇声が上がった。




「…………勘弁してくれ……」

 跳ね起きたかなたは、ハァハァと肩を上下させ、自分の身体を抱きしめている。顔は朱くなっている。

「だってー。幾ら揺すってもかなちゃん起きないんだもん」

 ベッドの上に座し、相原なぎさはイタズラっぽく笑う。

「……だからってな……あんなやり方は……」

「フフ……かなちゃんの弱いところはお見通しだよ」

「声が外に聞こえてたらどうすんだ……」

「ごめんごめん。まあ、昔やったことあったし、またやろうかなーって思って」

「ああ、やってたな。やられたらやりかえすてな感じで」

「だねー。やりあいになって息も絶え絶えになったりもしたよね」

「……たかがくすぐりあいを、よくもまああんなに必死にしてたな」

「けど、ホントかなちゃんはわき腹弱いよねー」

 なぎさは指でくすぐる仕草をしつつ、いたずらっ子な瞳でかなたを見る。

 かなたは反射的にわき腹をかばい、警戒する瞳をなぎさに向けたが、ふいに顔を赤らめて視線を逸らした。

 寝起きドッキリとばかりにくすぐりの刑に処されたのは怒りたくもある。だが、子供同士なら何のことはない単なる触れ合いも、年齢的には成人を迎えているなぎさの身体は、しっかりと女性らしい成長を遂げている。

 さらには突然の事でもあり、脳内での状況の把握もできぬまま抵抗してるうちに、肘やらに柔らかい物の感触や、朝シャンでもしたのか、湿り気の残る髪からは鼻孔をくすぐる香りがしたりして、故意ではないとはいえ罪悪感があり怒るに怒れない。

 かなたはその記憶を振り払うかのように頭を振り、寝癖の髪をかき乱しながら携帯電話を手に取って時刻を確認する。

「まだ七時前か……」

 道理でまだ眠たいはずだと、かなたは欠伸をし、何故起こしたのかと理由を問うようになぎさに視線を向ける。

 なぎさはその視線に含まれた言葉を察し、

「かなちゃんに見せたいものがあってさ――よっ、と」

 言いながらなぎさは立ち上がるとベッドからピョンと跳び降りる。

 まだ朝早いというのに元気だなとかなたは思う。昨日(というより今日)は二時までは起きていたし、缶ビールも結構飲んでいた。それなのに身だしなみも整えられていて、眠気は残ってないと言わんばかりのクリッとした瞳である。

 なぎさはサッと軽快な動作で窓際に寄ると、カーテンを掴んでからかなたの方を向いてニッコリ微笑んでから、

「ジャーン!」

 と、効果音を言いながら、勢いよくカーテンを左右に引いた。陽を取り込んで薄暗かった部屋が一気に明るくなり、寝ぼけ眼には刺激が強くかなたは目を細めた。

 なぎさはかなたから窓の外をよく見えるように脇へと移動する。

 なぎさと目が合い、外を見ろと視線で促されるままかなたは眩しさに馴れだした目を少し開く。

 窓から見える風景は雪景色だった。

 深夜に降り続いた雪。まだ誰にも浸食されておらず足跡一つ無い。隣家の軒には牙のように伸びた氷柱が並び、ポタポタと滴を垂らしている。

 雪も滴も氷柱も一様にキラキラと輝いて見え、幻想的だ。

 その宝石のような輝きを作り出しているのは、一際明るい遠くの空に浮かぶ太陽であった。

 水澤家がある住宅街は傾斜が急な坂を上った高い位置にあり、かなたの部屋の窓は東の方向にある。

 背の高い建物も少ないため、山の稜線の上で輝く、限りなく白に近いオレンジ色の朝陽がよく見えた。

「キレイでしょー?」

「まあ、そうだな」

 と、かなたは口元を僅かに緩ませて頷いた。

 なぎさはかなたの隣に寄り、朝陽を拝むとおもむろに手をパンッと打って、


「今年も良い年でありますように!」


 元日の朝。こうして新年が始まった。




「? かなちゃん、頭痛いの?」

 水澤家の台所でお雑煮用の出汁を取りながら、なぎさはかなたを見て聞く。

「……ちょっとな」

 額を手でおさえながら、かなたはしかめっ面で答え、テーブルに置かれたおせち料理の伊達巻きを摘んで食べる。

「二日酔い……じゃないか。そんなに飲んでなかったし」

「いや、酒に強くてあんだけ飲んでも問題ない誰かと違って、二本でもキツい……無理強いだったし」

 曖昧に言うが、かなたの細めた目つきはなぎさを捉えている。

「ふぅん。そういうものなんだ」

 と、無理強いした本人は事も無げに言って、雑煮の調理を続ける。

 ズキズキとする頭痛に顔をゆがめながら、かなたは昆布巻きを摘んで食べた。




 昨日。大晦日。

 水澤家は静かであった。

 居間には人影がなく、かなたの部屋には幼なじみである相原みずきもいたが、互いに雑誌と小説を読んでいるため、言葉を発することもなく平穏な時間が流れていた。

 その時、ガタッと小さな音が耳へと届いた。

 二人はまるで臆病な小動物のように素早く顔を上げ、ドアの方を見る。

 もう一度ガタガタと遠くから聞こえた。

 視線をみずきと合わせ、かなたは「誰だ?」とアイコンタクトを送る。音が聞こえたのは勝手口の方だと長年の感覚で分かる。

 そこを利用するのは限られている。その一人であるみずきも現在目の前にいるため今は鍵も掛けられ、入ることはできない。

 音も止み、かなたは怪訝に眉を寄せ考える。年末に帰省中の家を狙う空き巣……? ここら辺だと車の有無で帰省中か否か分かり易いが……と、“帰省”で一人の顔が浮かんだ。

「そういや、なぎさはいつ来るんだ?」

 頭に浮かんだ人物のことをみずきに聞く。

「……ん、確か――」

 みずきの返答を遮るようにかなたの携帯電話が鳴った。


「もー! 何でカギ閉めてるのわけ?」

 勝手口のドアを開けて目の前に待ちかまえていたのは、ふくれっ面のなぎさであった。

『カギ、すぐ開けろ。五秒以内』にと命令調のメールを受け取り、かなたは急ぎ(かつ静かに)一階に降りた。

「……悪い」

 頭を掻きながら、淡々とかなたは謝る。「ま、この時期空き巣とかも危ないらしいし、戸締まりしといたほうがいいかもね」

「そうだな」

 戸締まりをしっかりしている理由は留守をアピールするためだったが、適当にかなたは頷いておいた。

「じゃ、お邪魔しまーす」

 と、なぎさは一歩で外から家へと入り、キャリーバッグを引きずり僅かな段差を乗り越えて家へと入れる。

 かなたはそれを見て、何故わざわざそんな荷物をこっちに持ってきたのか疑問に思う。

「……その荷物なに?」

 かなたが聞くより早くいつの間にやら近くに来たみずきが聞いた。

「あ、ただいま。お姉ちゃん」

 パァと明るい笑みを花開かせなぎさは実家に帰ってきたかのように、普通に挨拶を交わす。

 みずきは表情を極僅かに和らげ、

「ん、おかえり」

「この荷物はねー」

 なぎさはニンマリと目を細めた笑みを作り、かなたとみずきを見て、

「……えっと」

 また言葉を一旦止め、ふと考えるように片手の指を折って何かを数える仕草をしてから、改まって一度わざとらしい咳払いをする。

「四泊五日。お世話になりまーす!」

 と、元気良く言ってかなたに向けて勢いよく頭を下げる。纏められた栗色の髪が合わせて動き、毛先がかなたの鼻先を撫でた。

 唐突に四泊宣言をされた二人は、少しの沈黙の間、脳内でその言葉を整理し、荷物の意味を理解した。

「そうか」

「そう」

 そして実にあっさりとした反応を返した。


「ウチの方はいいの?」

 かなたの部屋に移動し、みずきは訊ねた。

「それならだいじょぶ。一言メールしといたから」

 床に散乱したゲームソフトのケースや、本を片づけながらなぎさは答える。

「でも――」

「帰る日に寄ってくつもり。その頃には全員帰ってるだろうしさ。あの雰囲気苦手なんだよねー」

 言って、なぎさは苦笑する。

 あの雰囲気とは、親戚一同が会す食事会のことである。十数名が居間に集まり、ワイワイガヤガヤと談笑をする恒例行事だ。最初の方は穏やかに日常的な事が主だが、酒が入るにつれてやかましくなり、陰口めいたことが多くなってくる。

「そう」

 みずきもその気持ちはよく分かる。

 参加しないとはいえ、水澤家に避難をする前までは苦痛だった。嫌でも聞こえてくる騒音。笑い声。はっきりと聞き取れない声が自分の悪口かも知れないという被害妄想。

 その不協和音を遮断するためヘッドフォンでネットゲームをする自分も惨めで痛い。

 そんな昔を思い出し、やや表情に暗い影を落としたみずきを見て、なぎさはパンと手を叩いて話を切るように、

「ま、とにかく。今年はこっちにいることになりましたから。お母さんにもよろしく頼まれたし」

「……何をだ?」

 かなたは怪訝そうに首を傾げる。

「主に食事かな」

 と、なぎさは細めた疑う目で二人を交互に見て、

「どーせ、インスタントとかで適当に済ますつもりだったんでしょ?」

「…………」

 図星のため言い返す言葉がない。

「だから、私が作ります。お姉ちゃんにも手伝ってもらうからね」

 なぎさは胸を反らし、みずきに視線を向け微笑んだ。嫌そうにみずきは眉を少し寄せるが、既に決定事項のようで、なぎさは反論を挟ませる間もなくかなたを見て、

「じゃ、まずは買い物いかなきゃ。でさ、結構買う量あるんだけどさー」

 澄んだ瞳でジッとかなたは見つめられ、やれやれという思いが混ざったため息をわざとらしく吐く。


「……分かった。行く」


 渋々といった様子でかなたは重い腰を上げた。




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